四の鐘 あれから、もう幾星霜。颯太は達者にしているか?

第43話 先輩、稽古の成果。


 大樹に手を付いた蘭が、風に揺れてハラリと落ちた葉に目をやった。

 

 昼休み、一人佇む蘭。

 中庭には、誰一人いない。


「あれから、幾星霜。颯太は達者で過ごしているか?」


 拾い上げた、緑の瑞々しい葉を手にして目を伏せる。


「別れが、こんなに苦しいものだとは思わなんだ」

「せんぱー……い?」


 そこに弁当の包みを二つ手に持って、颯太が駆け込んできた。

 颯太の後に那佳と笹の葉もついてきている。


「蘭だぁ!待ちかねていたぞ、颯太!今日も楽しみだ!すまんな。弁当の借りはきっとこの尻で返そう」

「お尻でどうやって返すつもりなんですか!」

「いや、母上や姉上に褒められたこの尻をだな、このようにぐぐぅ!とな」

「好きでしてるからお礼は結構ですよ!しかも今見せようとしないで下さいよ!」


 背を向けてスカートの後ろをめくりあげようとする蘭を必死に止める颯太。


「む、離さんか。聞き分けのない奴だ」

「どっちがですかぁ!」


 ぐぐぐ!と互いの腕を掴み小競り合いをする二人。


「颯太、手を離さんか。弁当が食えぬではないか」

「スカートを捲ろうとしなかったらすぐに離しますよ!」


 ぐぐぐ。

 ふぬぬぅ!


「発表会、あんなにかっこよかったのに!」

「私の尻は、そんなに映えたか」

「お尻の話はしてませんっ!」


 

 演劇部の定期発表会。

 皇城ミュージアムにて。



「天下、王道、覇道などといくら声高こわだかにほざこうが、貴様らのたかが知れよう。今日この邂逅は巡り合わせ、貴様らの運の尽き。天が、地が、人が、星が、貴様らを許すなとむせび泣いている。そして貴様らをここでちゅうさねば、彼の地で待つ主の後顧の憂いとなろう。喜べ。苦しむ間もなく天に還してやる」


 蘭の持つ刀が、ざん、ざん、ざん、と宙を駈ける。


 客席の一番前から食い入るように見ていた颯太は、そっと溜息をついた。


(やっぱり先輩はかっこいいなあ……)

(蘭だ……)


 どこからともなく聞こえた声に颯太は固まった。


(……ほわぁ?!ど、どこから?!)


 舞台の上にいるはず!と蘭を探す。


 すると。


 剣を構えながら颯太を横目で見つつ、ふふふ、ちろりん!と舌を出す蘭と視線が合わさっておののく颯太。


(ま、まさか蘭先輩の心の声?!最近バリエーションが半端なくないですかっ?!)


 そんな颯太の心の声をよそに、舞台は進んでいく。





 10人程の敵に囲まれ、美しい顔立ちの青年がセットの木にもたれ掛かっている。

 圧倒的な不利の中、それでも青年は声を張り上げる。 


「私は、このような卑怯な手を使う貴様らの手で、倒れはしない!」

「はーん?ご自慢の手下がいねえのに、ここから逃げられる訳ねえだろ?」

「くっ!!」


 余裕の表情で嘲る達に、よろよろと刀を構える青年。


 そこに。


 客席の間、舞台後方から駆けてきた袴姿のポニーテールの美少女が、艷やかな黒髪を揺らして舞台に飛び込んだ。


 客席から黄色い声援と歓声が上がった。


 青年の前のを斬りはらい、打ち倒す蘭。


「ぎゃー。やられたー……(そー君、見て見てー)」

「ぐう、バカな……(あ、青空君!私の演技を見てくれているっ!)」

「ら、らんお……何故ここに……ぐふぅ!(颯太さん、那佳ですぅ!)」


 舞台に倒れこんだ斬られ役の笹の葉、加賀獅かがし、那佳。

 三人の顔が何気に颯太の方を向いていて異様さを醸し出し、震える颯太。

 

 笹の葉などは時折、びく!びく!とブリッジをしながら颯太に向かってウインクをする為に、二度目のブリッジで黒子に両足を引きずられて退場していった。


 そっと目を逸らした颯太は、慌てて舞台に集中した。 


「綾女様!よくぞご無事で!うぬら、ここまでだ!」

「蘭桜……蘭桜!」

「我が主、遅くなり申した。この蘭めが駈けつけましたからには、ご安心召され」


 舞台では、凛と刀を構えては、背中に綾女を庇いながら敵と相対する蘭と、水を得た魚のように蘭の横で刀を構えた綾乃がいた。



 背景には、輝かしい夜明けの光が映し出されている。


 綾乃が、自分に向かって跪く、麗しい四人の乙女達を見下ろしている。


「皆、よくぞ無事でいてくれました。駆けつけてくれなかったら、私の命はとうに潰えていた事でしょう。さ、立ってください。私達は主従ではなく、同じ魂の欠片なのですから」

「「「「主!!」」」」


 綾乃の言葉に、蘭、近、羽遊良、が立ち上がった。

 きりり!と音が鳴りそうな雰囲気の中で、他の三人とは違い真っ赤な顔でプルプルと袴を握りしめる和樹。


(和樹、女装しても違和感がないってスゴいなあ。めちゃめちゃ恥ずかしがってるけど頑張ってる……客席も、クラスメイトの一部も感極まってるし)


 颯太はチラリ、と周りを見回した。


(あの玄武役の娘は男の子……男の娘……お姉さんにお顔、よく見せてえ!)

(かじゅきさんかじゅきさんかじゅきさん……んくぅ!)

(あ、アンタ!何回白目剥いてるのよ!ビクビクしっぱなしで集中できないよ!)

(和樹さん、ぱねっす。この隠し撮りで大儲けだぜ!)

(や、やべえ。夜乃院から目が離せない。これが、恋?)


 不穏な空気に、颯太は慌てて周りから目を逸らした。


 そして。

 再度舞台に集中する颯太の目の前で。


「さあ、いきましょう!私達の旅は、これからですよ!」

「「「「応!!」」」」


 

 幕が下り、割れんばかりの拍手喝采が湧きおこる。


 颯太も数々のシーンを思い返しながら、手が痛くなる程に拍手をした。


(何か最後は打ち切り最終回みたいになってたけど、皇城先輩のお茶目なのかな……。でも、でも!すごい良かった!それに、寿限無のような台詞を言ってた蘭先輩のあの台詞!演技力!感動しました!)



 そうして。


 蘭が自ら台詞を発しての初の舞台は、歓声とともに見事、幕を閉じたのであった。


 和樹の黒歴史を残して。


 


 

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