第42話 先輩、迸る。


退け」


 颯太との台詞の稽古用に、手にしていた竹刀を脇構えに構える蘭。

 

 蘭の気合いに、震える空気。


 そんな蘭に向かい合っている笹の葉と那佳は、冷や汗を掻きながら、無手で腰を落として構えを取っている。


(……の葉!の葉!由布院様の様子が!)

(わかってる。だが、目を離すな、隙を晒すな。一撃でぞ)

(ですね。まあ、私達でも……こうなるでしょうね、

 【※12~14話幕間 近と颯太の出逢い】


 本気になって口調が変わった笹の葉に同意し、薄く息を吐き始めた那佳。

 颯太はそんな三人の様子を、中庭の中心にある大樹の陰で見つめている。


 芝居の台本に沿って、蘭は危機が迫っている颯太の元へと急ぎ、蘭の前に立ちはだかる那佳と笹の葉、という形である。


(こ、これ……大丈夫かな。先輩が役柄に入り込んでいるんだろうけど、気合いが半端じゃない。どこかで止めようか……)


「退かねば……斬る」


 唸るように紡がれた言葉で、また空気が張り詰めた。

 


 遡る事、数分前。


『敵の策略によって分断された主従。主の元に早く駆け付けたい。が、敵の配下達に足止めをされる』という内容を説明し、何とか蘭に理解させた颯太。


「じゃあ、実際にやってみましょうか。まず、仮の主を思い浮かべてください」

「うむ!決まっている!」

「早っ?!うーん……どうしようかな。とりあえずは台詞を考えないで、どういう気持ちでその窮地に立ち向かうのか、というイメージから始めましょうか」

「イメージだな!」


 元気はいいけど、途中で妄想して犬猫化しないで下さいね!と祈りつつ、颯太はベンチから立ち上がり、蘭から距離を取る。


 蘭も颯太の動きに合わせて立ち上がった。


「じゃあ、僕から行きますね!」

「うむ!」

「んーと、は、恥ずかしい、んんっ!…………待ちな。ここをどこだと思ってやがる?泣く子も黙る白帝の縄張りを挨拶無しに通り抜けようなんざあめえんだよ。この人数に白帝の右腕と言われるこの俺さ。痛い目見る前に、とっとと引き返すか、有り金出しな!」


 顔を赤らめながら、できるだけ相手を軽んじるように言い放った颯太。

 また、しょんぼりとしないよね、しないで下さいね!と蘭を見る。

 蘭はふむぅ、と考え込むように唸り、腕を組んだ。


(あ、あれ?僕、何かやらかした?!それともこの前のしょんぼり?!)※37話


「先輩?ど、どうしたんですか?僕何か変でしたか?」

「蘭だー。いや、な?主の元へ馳せ参じる私が、主に足止めされるのが不思議でな」

「まさかの僕が主ですか?!」

「当たり前だろう。身内や知己を含めても、主と言えば師匠の颯太しかおるまい」


 突然の蘭の言葉に、あうあうと顔を赤らめながら口をモニョモニョさせる颯太だったが、すぐに我に返った。


 台本のシチュエーションだと、蘭と二人でできる稽古では無くなってしまうのだ。


「ここで颯太の業物を使わせてもらえれば、より気合いが入るのだが」

「そもそも取り外し不可能ですから!そこは忘れてくださいよ!」

「ぬ?」


(……冗談はともかく、どうしよう。この場面は皇城すめらぎ先輩にお願いして借りて、別の場面を練習するとか……)


「あ。あの……由布院様、颯太さん。ご機嫌麗しゅう」

「由布院様、失礼仕ります。そー君そー君」

「む?おお、那佳に笹の葉。どうした?」


 むむむ、と唸っていた蘭が、近寄ってきた二人に声を掛けた。

 那佳は授業中にこっそりと手を挙げる生徒のように、笹の葉は『はいっ!』と右腕を天に向かって掲げている。


「僭越ながら……私共が敵役になるのはいかがでしょうか」


 妙案!と蘭が頷き、颯太が『た、助かります!』と二人の手を両手でぎゅうっ!と交互に握りしめた。


 あうあう!と顔を赤らめてうつ向きながら、きゅ!きゅ!とこっそりと握り返す那佳に、何とか恋人繋ぎをしようと颯太の手に指を絡ませようとする笹の葉。


 あえなく失敗に終わり手を離された笹の葉は颯太の手が触れた部分をぺろぺろと舐めまくり、那佳の拳骨を食らった。



「くうう……の葉!その黒兎の面を私に貸してくださいよ!」

「那佳は夜のちょーちょー、夜な夜な足……羽を広げまくるー」

「にゃにゃにゃ!、にゃにをを言ってるんですかあなたはぁ!」


 一度目は颯太の時と同じように蘭に首を捻られた二人は、笹の葉がカバンから取り出した黒い兎の和面をかぶり、鞭が似合いそうな女王様のアイマスクを付けた那佳と並んだ。


 颯太は蘭の視界に入らないように木の陰に隠れ、仕切り直しが始まった。


(……先輩、何を気にしているんだろう?)


 颯太は首を捻った。

 蘭は、いつも颯太が座っているベンチをジッと見つめている。

 次いで、キョロキョロと辺りを見渡した。


 笹の葉が感情たっぷりに、敵役の台詞を言い放ち、那佳と二人で立ちはだかり。


 そして、現在。



何故なにゆえに貴様らは私の邪魔をする。わが師、颯太を私から遠ざけんと画策し、分断し、我らをまとめて亡き者にせんと思うたか。その愚劣、卑怯な振舞い。天下、王道、覇道などといくら声高こわだかにほざこうが、貴様らのたかが知れよう。今日この邂逅は巡り合わせ、貴様らの運の尽き。天が、地が、人が、星が、貴様らを許すなとむせび泣いている。そして貴様らをここでちゅうさねば、彼の地で待つ師の後顧の憂いとなろう。喜べ、苦しむ間もなく天に還そう」


(由布院様、めっちゃ饒舌ぅ?!)

(ダメ!先輩!)

(こんな由布院様、見た事が……!の葉!)


 颯太が木の陰から飛び出したのと、笹の葉の叫びは同時だった。

 那佳の言葉は、四人の怒涛の動きにゆらり、と消えていく。


「噓っ?!速すぎ……」


 蘭が半眼で笹の葉を見上げながら、脇構えの身体を沈み込ませていた。


「先輩!おしまいです!」


 飛び込んだ颯太が、蘭にしがみついた。


しかり。青空颯太の一番弟子、由布院蘭とは私の事だ……ん?」

「もう十分です!迫真の演技でした!すごかったです!」


 思ってもみなかった事態に颯太がアセアセとしていると、蘭が颯太の肩に触れた。

 

「あ、あの……蘭先輩?」


 無言でぽん、ぽん、ぽん、と何かを確かめるように颯太の腕や頭、胸に触る蘭。


 そして。


 必死で地面に転がった笹の葉と立ち尽くす那佳が唖然と見守っていると、蘭が颯太に抱きついた。


「え?え?どうしたんですか?」

「颯太がいなかった。いつもの時間に、いつも座っている所に颯太がいなかった」


 颯太は蘭のその言葉に、身を離そうとする事さえ忘れて、語り掛けた。


「お芝居ですよ!僕はここにいますよ?」

「本当にどこぞ遠くへといなくなってしまったように感じた。どんな苦境に陥っているのかと。これが、いてもたってもいられぬという心情なのだな。身に沁みた」

「……」


 蘭が、何も言えずにいる颯太の髪に鼻を寄せ、すううう、と深呼吸をした後に耳元で語りかけた。

 

「颯太。お前は優しく、心も体も強い。だが、人であれば、存分に力を発揮できない時もあろう。縁ありて、颯太の一番弟子となった私だ。苦しい時、辛い時、悲しい時は私が颯太の安らぎの場となろう。共に、明日を語りながら羽を休めよう。だから、一人で無茶をしてはいかんぞ?」


(あ、愛の告白ぅ?!)


 互いの身体をびったんびったんと叩く那佳と笹の葉。 

 

「すごいですね、僕の事そんなにわかってるなんて。でも蘭先輩だって同じですよ?辛い時や悲しい時は僕言ってくださいね?」

「む、そうだな。不肖の弟子ですまんが、迷惑をかける事もあろう」

「師匠の実力はありませんが、苦労を共にする師弟って物語みたいですね!」


 んん?と那佳と笹の葉が首を傾げた。

 何か違う!とは思いつつも、二人はハグをしたままなので気を取り直す二人。


 ここでもう、行っちゃってぇ!チッス!チッス!


 が、蘭から出た言葉は、二人の予想を超えた。


「気合いが入りすぎた。颯太、汗を流そう、背中を頼む。演劇部の部室に行こう」

「え?ななな!何言ってるんですか!第一、お昼休み終わっちゃいますよ?!」

「颯太の業物、今日こそは手に取らせてもらうぞ?」

「ちょ、ちょっと!やですよ!一人で入ってくださいよ!授業出ますからね?!師弟と弟子がする事とは逸脱してますってば!」


 叫ぶ颯太を抱えて引きずっていく蘭。


 期待していたような告白やキスシーンはなかったものの、二人が醸し出す雰囲気に少しだけ、口の中が甘さでモニョモニョした那佳と笹の葉だった。




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