39話目 近、テレテレする。そして那佳と笹の葉。
放課後、文芸部の部室で。
近と颯太が大きめの机を前に並んで座り、那佳と笹の葉は少し離れたソファーで文庫本と電子書籍を読んでいた。
「そっかぁ。蘭様、演技はダメなんだね…。っていっても、演劇部の綾乃様が指導してそれなら厳しいね。そもそも、蘭様が他人を演じるってとこから難しいのかも」
そう言って、アヒルのように唇を尖らせ、天井を見上げて考え込んだ
「そうだよね……皇城先輩が他の人に吹替をお願いしてたっていう話だから、蘭先輩には殺陣の部分にだけ期待して、集中してもらって劇に仕立てていたのかな」
「今回も、誰かに吹替をお願いするのは難しいの?」
「うーん……もう一回聞いてみようかな」
「そーた君大変だね。私にできる事があれば嬉しいから、何でも言ってね?」
近は颯太の前で顔を上気させながらニコニコ顔である。
久しぶりに文芸部に来た颯太と、相談とはいえゆっくりと話す事自体が嬉しくて嬉しくてたまらないのだ。
文庫本を手にしたまま、うん、うん!と二人を微笑ましく見ていた
●
文芸部。
颯太は放課後にバイトを始めた関係で、あまり部活に訪れる事がない。
そんな中、今日は颯太のバイトが休みと知った近が部活へと誘ったのだ。
そして部長を含めた他の部員が掛け持ちの部活や急用で不在、部室にいるのは近達主従三人と颯太の四人だけであった為、颯太が相談を持ち掛けたのだった。
●
文芸部に颯太が幽霊部員として認められているのは、春の時点で存続が危ぶまれていた部、という理由による。
卒業を機に一気に部員が減り、二人となった文芸部は近達の見学に驚喜した。
近達が入部したのは、読みたかった、もしくは見たことがないラノベを発見し、『入部すれば、ここの数百冊と私達の秘蔵の数百冊、読み放題ですよ!お願いしますっ!お願いじばずぅ~』と部長に泣きつかれた結果だった。
そして後日、渾身の秘蔵のモノ《薄い本》を読んだ三人はその破壊力に悶絶する事となる。
その後、入部した近に誘われて見学に来た颯太も、バイトをがっつりとしたいので……と断った所、『幽霊部員!幽霊部員でもいいからっ!お願いしますっ!お願いじばずぅ~』と泣きつかれ、今に至っている。
ちなみに、颯太はメガネっ子達が描いた
●
近が何かを思いついたように、ぽん!と手を打った。
「もしかして、台詞を棒読みしちゃうのは、蘭様の中でイメージとして置き換えられてないから、とか。だったら、こういうのはどうかなぁ?」
そう言った近が、颯太においでおいでする。
「え?あ、耳を貸せばいいの?」
笑顔で頷いた近に、颯太は耳を寄せた。
「あのね?こしょこしょ、こしょこしょ」
「わ!くすぐったい!こしょこしょしか言ってないし!」
慌てて耳を遠ざけた颯太。
「あはは!ごめんごめん!次はホントに喋るから!」
ちろりん!と可愛く舌を出した近が、颯太のシャツを摘んで引き寄せた。
ソファーに腰かけ、いいなぁあれも……と見ていた那佳の腕を引き寄せた笹の葉が、耳をぺろり!と舐めて那佳に拳骨を食らっている。
「あのね?私のおうちまでデートしながら、四人でいっぱい作戦会議しようよ」
「え?それって内緒話する必要があったの?!」
「最近、そーた君とちゃんとお話しできなかったし……だめ、かな」
颯太が耳を離して近を見ると、上目遣いのその瞳が不安げに揺れている。
その顔を見た颯太はすぐに返事をした。
「そっか、バタバタで文芸部来れなかったし……作戦会議、お願いしてもいい?」
「うん、うん!やったあ!!」
満面の笑みでガッツポーズをした近が、椅子の上で尻をぽよぽよと弾ませる。
「那佳、の葉!今日は四人で帰ろ!」
そう言った近に、ばっ!と那佳が頭を下げた。
「お嬢様、申し訳ありません!今日、私達は立ち寄る所を思い出したので!」
「え?立ち寄る所?」
近が目をパチクリとさせ、首をひねった。
「……そーそー。那佳のおごりで一つ2000円のジャンボパフェ食べるからー」
「えっ……えええ?!あ、はい、そ、そうなんです!なので、申し訳ありませんが帰りの護衛は一般の
「ふっううううん?」
おどおどアセアセと視線を
そこで、笹の葉の助け舟が入った。
「……今、お
「の葉!そんなに引っ張らないで下さい!お、お嬢様、颯太さん、失礼します!」
「ちょ、ちょっと!那佳?!の葉?!」
必死に頭を下げる那佳と、構わずズルズルと引っ張っていく笹の葉に、顔を見合わせた近と颯太。
「ず、ずいぶんと勢いよく出てったね」
そんな呟きを聞いた近は、部室の入り口に手を合わせた後で颯太のシャツの袖口を掴んでから、言った。
「後で二人には聞いてみるね?……じゃあじゃあ、帰ろ?二人で作戦会議だね」
「……うん!よろしくお願いします!」
顔を見合せた二人はニコニコと笑いながら部室の戸締りをし、校外へと向かった。
颯太のシャツをしっかりと近の手が掴んだままで。
●
「パッフェパフェー、パフェパフェー♪来たー!」
「ううう、2000円が……」
さも嬉しそうに、注文したジャンボパフェを自分の前にしっかりと引き寄せた笹の葉と、ホットカフェオレを飲みながら恨めしそうにパフェを頬張る姿を眺める那佳。
すると。
「那佳、あーん。」
一口目、イチゴに生クリームをたっぷりつけて差し出してきた笹の葉。
「な、何ですか……いいんですか?」
「頑張った賞ー。早く食えー」
慌てて小さな唇を開けた那佳は、あむ!とイチゴを受け入れる。
「甘くておいしい!」
「顔がえろー。次はバナナ丸ごと一本、たっぷりと生クリーム付きでー」
「の葉は私に何をさせるつもりですか?!」
思わず立ち上がった那佳に、店内の客の目が向いた。
あうあう、と腰を下ろし顔を赤らめる。
「……私が奢る、お嬢思いの那佳に。パフェ、食べろ」
「の葉……」
「私も那佳も、食べきれない量じゃない。楽しみ」
スタッフを呼ぼうとした笹の葉の肩に手を置いた那佳。
笹の葉の物言いの語尾が伸びない時は、本音で話しているから、と知っている。
だから、つい嬉しくて。
「このまま取り分けて、全部半分こしませんか?」
「ん?お金なら持ってるから心配無用」
「お嬢様思いは、の葉も負けてないでしょう?」
「無論」
那佳はスタッフをを呼んで、小さめの新たな器を貰う。
そもそも、家族皆で分け合って食べる事を推奨の量、なのである。
●
(何でバナナと生クリームばかり乗せるんですか!)
(遠慮するなー。好きだろー?逞しいのと白いのとー)
(またそんな誤解を招く言い方!)
(夜の
(だから、それは何なんですか?!)
小声で、わいわいきゃあきゃあと楽しそうに顔を寄せて騒ぐ二人。
帰宅後、近に抱きつかれて小言とお礼を散々言われる事を、まだ二人は知らない。
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