(幕間/蘭SS)蘭と君とのクリスマス①



 ひっそりと、しんしんと、雪が降っている中。


 二人で手荷物を抱えながらやっとたどり着いたマンションの扉の前で部屋の鍵を探すが、見つからない。


 手荷物をいったん下ろし、ポケットやカバンの中を片っ端から探す。


 楽しそうに、ふう、ふうと白い息を吐いていた蘭が、首を傾げた。


「部屋に入れぬのか?鍵が、ない?どれ、私の鍵で開けてやろう。私の鍵で、な!」


 何故か嬉しそうな蘭がバッグからキーホルダー付きの鍵をちゃらりんと取り出して、ばっばーん!と天に掲げた後、鍵を開けた。


「寒がりなのだから、先に入るといい」


 ほら!ほら!と言わんばかりに上半身をトン!トン!と寄せてくる蘭に苦笑いしつつ、荷物を玄関に運び込む。




 玄関先でお互いのコートにかかった雪を落とした後に、


「む。いかん」


 切れ長の瞳を大きく見開いた蘭。

 笑顔を浮かべて、こちらを向いて両手を広げる。


「お帰り」


 ただいま、と蘭を抱きしめる。


「うむ!」


 そして一旦離れて、役柄を交代する。

 首すじに当たる蘭の頬の温もりが、心地よい。


「ぎゅう!とするのはまた後の楽しみだ。ぬ?こら、放さぬか。これから湯船と夕餉の支度をせねばいかぬ」


 そう言いながらぎゅうぎゅうと体を離さない蘭が可愛くて、あやすようにポンポン、と触ってみる。


 蘭は、むう、と見上げてきて唇を尖らせた。


「何故に赤子や幼子おさなごをあやすような真似をする?それは私の役目ではないか。よし、よし!今日も頑張ったな!」


 抱きついたまま背筋を伸ばし、お返し!とばかりに背中を叩いてくる蘭の、上半身の感触に辟易しながら、蘭の気の済むまでしたいようにさせておく。


 二人で過ごす、初めてのクリスマス。

 嬉しくて、ドキドキしてしまう。


 



「いち。に。さん。し。にい。にい。さん。し。えい、えい、てやー」


 食事の後、謎の掛け声とともに蘭が洗った食器を手渡してくるたびに受け取って、拭き上げていく。


 時折、リズムに合わせて腰をとん、とん、とこちらに当ててくるのが、愛らしい。


「これで最後だ。先に湯船に浸かるとよいと言ったろうに、聞き分けのない奴だ」


 言葉とは裏腹に嬉しげだ。


「あとで背中を流しにゆくからな。それとも、今日は一緒に入ってみるか?」


 赤いエプロンを外しながらニンマリと笑って、そんな事を言い始めた。


 顔まで一気に血が上る。

 ごくり、と生唾を呑んでしまう。

 初めてはお風呂で、になってしまわないだろうか。


 細身だが出る所はとんでもなく出ている蘭。

 この、ほんのりと赤く染まる陶磁器のような肌の全てを間近で眺めながら、あんな事やこんな事を……。


 いや、いやいや。

 落ち着こう。

 ヤバい、顔と腰に血が移動していく。

 何か小難しい事を考えて……。

 

「ほら、はよう暖まってくるといい」


 そんな気持ちを知ってか知らずか、蘭が着替えとタオルを手渡してきた。


 背中を押されて、脱衣場に向かう。



 確かに、今日、と約束をしたけれど。

 最後まではクリスマスに、と二人で決めたけれど。


 本当に。

 いいのだろうか。


 こんなに幸せすぎて、いいのだろうか。


 自分で、いいのだろうか。





 同級生だった蘭に、卒業式の日に告白して。


「そうか!頼む!」


 蘭の即答で、付き合い始めた。


 一緒に大学に通い、一人暮らしのこの部屋に蘭が通うようになって。


 幸せだ!って叫び出したいくらいに、自分が想像していたものが比べ物にならないくらい、幸せがこれでもか!と詰まっている日々。




 でも。

 だからといって、不安がない訳じゃない。


 皇星院に通常の特待生として入った自分と、蘭。


 釣り合っていない、と自分でも思う。

 蘭は筋金入りのお嬢様で、箱入り娘だ。


 この学校皇星院の創設者の一族の令嬢で。

 名実共に日本の中枢である家柄で。




 学校から与えられる、特別待遇生の証の赤いブレザーを私服になった大学で身につけなくなっても。


 剣道に、剣術にしても。

 高等部の頃より更に磨きがかかったと評判であったり。


 目力めぢからあふれる切れ長の瞳に、腰まで伸ばした艶やかな黒髪をなびかせ、モデル顔負けのスタイルで背筋をピンと伸ばして歩けば、老若男女誰もが振り返るほどだ。


 そして。


 その横にいる自分に、蘭とは違った意味で視線が集中するのが、いつも分かる。


 今はそんな視線にも慣れて、蘭と一緒に背筋を伸ばして歩くけれど。


 本当に、自分でいいのか。

 

 好きすぎて好きすぎて。

 ずっと一緒にいたくて。

 その気持ちは変わるどころか、増すばかりなのに。


 蘭の事を一番愛しているのは自分だって。

 もう離さないって、言いたいけれど。

 腕の中に抱きしめて一緒に、幸せに眠りたいけれど。


 そんな小さな不安は、小骨のように刺さり続けている。



 


 湯船に体を向けて洗っていると、摺りガラスの向こうから蘭の声が聞こえてくる。


「湯加減はどうだ?どれ、背中を流してやろう」


 最初のうちは申し訳ないのと恥ずかしいのとで断固として拒否していたが、蘭があまりにもしょんぼり顔をする為に、肩と背中だけを頼むようになった。


「今日はな。綾乃の指南を受けて、趣向を変えてみたのだ。どうだ?」


 また、とんでもない事を吹き込まれてないだろうか。

 その声に振り返ると。

 本当に、とんでもなかった。


 全く、皇城すめらぎは!


 ミニスカートどころか、ズボンを履き忘れたサンタのような恰好の蘭が、内股で衣装の裾を前に引っ張っている。


 しかも、その上着の胸元では蘭の胸の谷間が丸見えになっていて、揺れている。


 インナーさえつけていないのか、と焦る。


「む、む。綾乃はこの格好で恥じらいを持って隠した方が効果覿面こうかてきめんとは言っていたが……丈が足りぬのではないか?」


 羽織った時点でわかるだろ、とツッコミを入れてみる。

 

 むむ、と首を捻る蘭は何げに前を隠そうとしているが、こちらからは白く艶やかな太腿と淡い緑の下着を至近距離で見上げる形だ。


 しかも前かがみになっている分、たわんだ衣装から胸が零れ落ちそうである。


 明らかに形を変えた部分を隠し、湯船に飛び込んだ。


「ぬ?湯船に浸かってしまったら、背中が洗えぬではないか。どうしたというのだ」


 コスプレとはいえ、薄着すぎるのではないか、と抗議をする。いつものショートパンツにTシャツくらいなら、まだ我慢できた。


「む?風呂場での薄手の格好なら、いつもと変わらんであろうに。よく見るがいい」


 そう言って、蘭がくるり、と背中を向けた。

 

 前かがみな分、蘭の下着の半分しか隠し切れていない。

 形の良い尻が、しなやかな太腿が目の前にある。

 そして、尻の僅かな隙間から見える神秘の場所。


 もう、ヤバい。


 初めて背中を洗ってもらった時にダウンした事を思い出し、蘭に背中を向けて脱衣所に駆け込んだ。

 

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