第38話 加賀獅、正座で待ちわびる。

 といつものように登校してきた颯太。

 

 教室の扉を開けると、どこかしか雰囲気が違うことに首を捻り、辺りを伺う。


「?」


 すると。


「颯太、おはよ……お客さんだよ」


 肩をすくめた和樹を見て、あれ?蘭先輩来てるのかな……と和樹の席を見るも、視界に入るのはそこから少し離れた席にスヤスヤと幸せそうに眠る右京院羽遊良はゆらくらいである。


 そこで和樹は、自分と颯太の席の間を指でさし示した。


 艶やかな黒髪に、輝く天使の輪が席の間に見える。

 

「え?!」


 慌てた颯太の視界に入った女子は、久世宮聖良の御付き付き人である加賀獅かがし夏津奈なづなであった。


 数週間前に、自らの悪行を棚に上げて久世宮聖良を襲撃した羽村の事件で颯太に窮地を救われた中の一人であり、『颯太、立ち上がる』でも関わりのある女子。


 その加賀獅が、正座で颯太を待ちかまえていた。


「青空君、おはよう」


 そう言った加賀獅が、三つ指を付いて頭をふわり、と下げる。


 ざわり。

 ざわり。


 教室内に、動揺が駆け巡る。


「何で正座を?!加賀獅先輩、ちょっと!!」

「実は、夢見が悪かったのだ青空君。私が朝の眩い光の中で、君に詰問されていた。早く顔と腰を上げてください、と。なので、丹念に朝風呂に浸かり、いそいそとやってきたんだ」

「朝風呂は今の話に関係あるんですか?!というか詰問が始まる展開にしないですよね?」


 颯太の言葉に加賀獅は顔を赤らめてそっぽを向き、颯太は加賀獅の返答に、目を白黒させる。


(『早く顔と腰を上げてください』の後が、颯太には言えないような展開だったんだなあ)


 と、生暖かい目線で見つめる和樹。


 そして、何がまた始まるんだろうと息を呑んで見つめる側と、想像力豊かに自分の席に座り込んだ側と分かれた生徒達。


 あの先輩の見た夢が、とても知りたい。

 それは、共通していた。



 もとより、颯太に関わる人間達は蘭や和樹、ちかを始めとして、中性的な雰囲気とあどけない顔立ちの颯太を抜かせば、誰もが目を見張るほどの美少女美男子ばかりである。


 もちろん、加賀獅もその例にもれず。


 さらり、と背中に流れている美しい黒髪。

 意志の強そうな目元から時折見せる恥じらい。

 透き通るような肌が、顔から首元まで赤く染まり。


 なぜ、恥じらっているのか。

 顔を赤く染めているのか。

 何を今、思い浮かべているのか。


 美少女の表情が、周りの妄想を掻き立てていく。


 だが。


 皇星院という学校の中で、御付きの存在と実力を知らぬものはいない。


 しかも、噂によるとそこで正座をしつつ可憐な表情を見せているのは、先だって羽村の事件で久世宮聖良を悪漢50人から守り抜き、青空颯太へと引き継いだ二人のうちの一人であるという。


 いろんな尾ひれがついた情報に惑わされつつも、そう言った事情から下手に絡んで痛い思いをせずにドキドキしたい生徒達。


 そして、そんな生徒達と羽遊良の寝息を乗せて、舞台は進む。


(よかった。蘭姉ぇ今日式典で休みで……)


 それだけは胸を撫で下ろした和樹だった。


 が。


(何か、加賀獅先輩って……蘭姉ぇがこじんまりとして、ポンコツ化したような……)


 そんな失礼なことを考えていた和樹は、とりあえず颯太の自習時間確保の為に、先手を打った。


「加賀獅先輩、もうそろそう授業が始まりますよ。颯太が加賀獅先輩を怒る理由も、夢の中だけみたいですし」

「お待ち下さい、夜乃院やのいん様」

「ここは学校です。様はいりませんよ、先輩」


 家の格で言えば、名家といえども久世宮家の御付きでしかない加賀獅と由布院の重鎮の夜乃院では天と地ほど差がある。


 が、学生間でそう言った格付けを嫌う和樹はそう付け加えた。

 ましてや、和樹が年下なのだ。


「わかった。和にゃんこ」

「お前は日が暮れるまで黙ってていいんだぞ、右京……!」

「む、無礼千万」


 机から顔を上げて、やれやれ、と肩を竦めた羽遊良をジト目で睨む和樹。


「加賀獅先輩、もう授業始まっちゃいますし、僕が怒っているのは夢の中だけか勘違いなので安心してください。どうぞ掴まってもらえますか」


 加賀獅の瞳を見つめて、ゆっくりと語り掛けながら手をさし出した颯太に、しぶしぶと応じた加賀獅。


「そういうことなら、納得がいった。仕方ない……可憐な下着で駆けつけてきたのに、残念だ」

「いえ、手を取った瞬間にドヤ顔で言われても困りますよ?!それに何で、僕の胸に頭を押し付けようとしてるんですか!」

「十秒、いや、ひと呼吸分三秒だけでも……一生をかけた願い、ここで使い果たしても悔いはしない……!!」


 ぐぐぐい!と瞳を潤ませつつ上目遣いに見上げ始めた加賀獅に、いっそ十秒くらいならすぐ済むし、と思い始めた矢先。


夏津奈なづな、あうとー」


 ごんっ!!


 同じく、久世宮聖良の御付きである東峯とうみねから拳骨を喰らって悶絶する加賀獅。


「颯太さん、おバカは連れて帰りますね。今度は、私をご飯……私とご飯しましょうね~」

琉伽るか!お前はいつまで青空君を『颯太さん』と……!」

「最初からですよ~?ほらほら、聖良様が『加賀獅はどこ?まさかお兄ちゃんのところ?!』とか騒ぎ始めてますから早く早く」


 舌をチロリ!と出した東峯が、加賀獅をに巻きつつ、教室を出る時に颯太に向かって可愛らしくウインクをした。


(うっわ……颯太、気を付けないとハーレム展開だよー)


 そんな和樹の思いとは裏腹に。


「先輩達、余裕だよね。僕は少しでも予習しとこっと!」


(颯太も切羽詰まらないと、大物だよね……)


 などと、ボンヤリと颯太を見つめる和樹だった。




 

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