第37話 先輩、しょんぼりする。


 手をぎゅう!と取られたまま、颯太が蘭に語りかける。


「あ、あの、あんまり手を身体に押し付けないでください!……まあ、僕は主に小説を読む側なのであまり偉そうなことは言えないんですが……例えば、この部分って今から闘いが始まりそうな場面ですよね」

「む、言われてみればそうだな」


 蘭が、むむむ、と唸る。


「敵の部隊が目の前にいて、今から闘いになる。そしてそこで、蘭先輩の演じるキャラが敵の事を煽る。そんなものがお前らの言う理不尽なのか、と」

「ふむ。立ちはだかった敵なれば、すぐさま斬り倒す、ではいかんのか?」


 蘭はそう言って、不敵な笑いを浮かべた。


「お芝居ですから、そこからカッコいいところを観客は見たいんじゃないですか?敵が出てくる、蘭先輩が圧倒的に不利な状況に見えるけれども、カッコよく台詞を言って、そこから打ち破る」

「そうか!その方が確かに見映えがよいな!」


 キラキラに目を輝かせる蘭に、颯太は台詞が伴ったらもっと蘭の動きが映えるのではないかと考えて。


「じゃあ、練習してみましょうか。僕が蘭先輩の前に立ち塞がる敵のリーダーで、仲間を7〜8人連れています。蘭先輩を軽んじる感じで台本の台詞を言いますので、怒らないでくださいね?」

「うむ!私の度量を見くびるな!」

「わかりました。僕も頑張りますね!ええっと……」


 こほん、と咳払いをした颯太が顔を赤らめつつ、台詞を言う。


『…………待ちな。ここをどこだと思ってやがる?泣く子も黙る白帝の縄張りを挨拶無しに通り抜けようなんざあめえんだよ。この人数に白帝の右腕と言われるこの俺さ。痛い目見る前に、とっとと引き返すか、有り金出しな!』


 少し悪者っぽく言えたかな!足止めっぽいかな?!めちゃめちゃ恥ずかしい!と内心思っている颯太の前で、蘭が怪訝な顔をする。


(おお!そっか……台詞を言わないでも蘭先輩の気持ちがわかる!急いでいる所を、敵に立ちはだかられて『何言ってんだ、こいつは……』という感じに見える!さあ、蘭先輩!次はその感じのまま、『笑止、笑止……!』でいいと思いますよ!)


 ワクワクと蘭の台詞を待つ颯太。


 すると。


 蘭が唇を尖らせ、しょんぼり顔で言い募った。


「私は、颯太の敵なのか?」

「……えっ?」


 言葉の意味が分からずに聞き返した颯太。


「颯太の在り様に心を打たれて師匠と仰ぎ見る私ではあるが、そのように軽んじて扱われると、分かっていた事とはいえ心に来るものがあるな。勉強になる」

「……あ、あの」

「皆まで言うな。わかっている。この苦境に耐え忍べばこそ、真髄に近づいていけるという事を。私も武道の高みを目指している身だ。たゆまぬ努力、飽くなき修練。必要な事だな」


 颯太はその言葉を聞きながら、息を飲んで蘭を見つめる。


 手を後ろに組んで唇を尖らせ、しょんぼりと地面の葉っぱや小石を蹴り始めている蘭と、語られている言葉が結びつかない。


(あ、あれ?何か僕やらかした?!台詞の稽古だよね?!)


 そんな事を思う颯太であったが、しょんぼりとしている蘭を見て気が気ではない。

 

「せ、先輩!あくまでも台詞の稽古ですよ!」

「……蘭、だ」

「いつもの台詞にも元気がない?!」

「颯太、何をしている?稽古が進まぬではないか。時間は有限。歩みを止めれば止めただけ、高みから遠ざかろう」


 そういう蘭はベンチの端にちょこんと座り、颯太に向かって手を伸ばしては引っ込めている。


 颯太は蘭の横に座った。


 が、そんな蘭は瞳を逸らし、ぷぅ!と頬を膨らませた。



「あの、嫌な気分にさせてしまってたらごめんなさい」

「む?颯太は何を言っておるのだ?台詞の稽古だろう」


 蘭が首を傾げながら、一瞬はヘコんだ頬。

 が、またぷっくぅ!と頬が膨らんでいく。

 

 颯太は、先程の蘭の言葉を思い出した。

『私は颯太の敵なのか?』という言葉。


 蘭との出会いの一番最初に台詞を言った時も『笑止、笑止!』と同じ台詞ではあったが、こんな風にならなかったよね……と首を捻る。


 とはいえ、颯太がこの状況を見過ごせる筈がない。


(言葉だけじゃなくて、ちゃんと伝わるように……!)


 颯太は蘭の眼前に、自らの両手を差し出した。


「蘭先輩、両手をお借りしてもいいですか?」

「む?」


 蘭の差し出した両手が、颯太の両てのひらに乗る。


「僕は、先輩のカッコいいところ見てみたいなあ。こうやって一緒に練習をして、もし先輩のお役に立てたのなら……すっごい嬉しいです。蘭先輩、舞台ではきっと凛々しいんでしょうね」

「む」


 蘭が、颯太の指をきゅ!と握った。


 少し嬉しそうに、きゅ!きゅきゅ!と断続的に動いているその指に気を緩めることなく、颯太は懸命に言葉を紡ぐ。


「確かに役柄では今は敵味方ですし、僕の物言いや雰囲気が気に障ったのならごめんなさい……。でも、一生懸命やったら先輩の力になると思えば、本気で取り組みたいんです。それに、先輩は覚えていないかもしれませんが……、『後輩として先輩の側で過ごしたい。笑顔を見たい』って言った気持ちは変わらないです」

「忘れるわけがないだろう。師が私と共にありたい、と言ってくれたのだ。心が震えたぞ、あの言葉は」


 蘭の顔が嬉し気に綻び、重ねた両手が勢いよく上下に動く。


 にゃん、にゃん、にゃん!

 にゃーん、にゃーん、にゃん!


(飼い主と猫が戯れている感じになってきた……けど)


 颯太は、蘭先輩の機嫌が少し直ってきたかなあ、もっと伝えることはないかなあと考えて、そして。


「去年この学校に見学に来て、この中庭を気に入って……入学できたらここで静かに小説読んだりしたいなって思ってたんです。夢が叶いました」

「そうなのか」

「はい。でも」


 颯太は顔を赤らめながら、それでも。

 掴みあう両手に少しだけ力を込めて。


「一人じゃなくて……先輩や誰かと一緒に過ごすこの場所がとても心地よい気がしています。わがまま、ですね。もともと一人で過ごせる場所だって思っていたんですから。でも、今は先輩も誰もいなかったら、寂しくなっちゃうかもしれません」


 だから。


「僕を、敵だって思われたら……悲しいかも、ですね」


 そう、困ったように眉をハの字にしながら笑った颯太に。


「ん」


 蘭は迎え入れるように、両手を突き出した。


「そんな顔をするな。全く、可愛げで手のかかる奴だ。これだから、颯太には私がいないとダメなのだな」


 蘭が、ん!と催促をする。


『早くギュっと!早く!』と言わんばかりに嬉しそうに、固く目を閉じ唇を尖らせる蘭に、颯太は慌てる。


(甘えて可愛げなのは先輩じゃないですか!でも、機嫌が直ってよか…………?!」


 しびれを切らした蘭が、颯太に飛びついた。

 顔が蘭の胸に深くうずもれ、苦しげにもがく颯太。 


「む、むぐー!!」

「こら、暴れるな。全く、手のかかる……」

「(い、息が!!)……ぶはあ!先輩、苦しいですよ!」

「よし、よし。私はここだ、安心しろ」

「よしよし、じゃなーい!」


 颯太を抱き寄せたまま嬉しそうに頭を撫で続ける蘭と、わたわたと慌てる颯太を見る那佳と笹の葉は。


((いーなあ…………))


 と、指をくわえて見ているばかりであった。




 


 

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