第33話 【第二章終幕】和樹、にゃあ、と鳴く。そして蘭の膝枕。


 涙する颯太と目が座る蘭、猫和樹に凍り付いた五人。


何故なにゆえに颯太を泣かせた。事と次第によっては……」


 蘭の殺気に驚いた五人は、慌ててベッドから退いた。


 そこに。


「蘭姉ぇ。近達がわざと泣かした訳じゃないと思うよ?」

「……む?そうなのか?」


 すんすん、と鼻をひくつかせる蘭に和樹は切り返した。


「それよりも、いいの?颯太こんなに泣いちゃってるのにほっといて」


 すたすたすた、とベッドに歩み寄る和樹。


「やりすぎ、急ぎすぎ。颯太の気持ち。」


 しょんぼり、と肩を落としうつむく五人。


「まかせて」


 五人の近くで囁いた和樹は、猫手で颯太の頭をぽんぽん、とする。


 そしてその顔を覗き込んだ和樹は、猫手を伸ばしては引っ込め、周りを見回して。


 蘭を見た。


「颯太、こんなに泣いちゃって。どうしようどうしよう、困ったな。これじゃ、いくら颯太の一番弟子の蘭姉えでも無理、か。ここは僕の出番だ……にゃうあ?!」


 どん!


 蘭の肩で突き飛ばされた和樹が、よろよろとベッドから離れる。


「ちょっと!何するの!僕のターンなのに!」


 和樹が、シュババ!と猫の手を振りかざして構えた。

 そんな和樹に片眉を顰めた蘭が肩を竦めて、言い放つ。


「一番弟子がいる前で何を戯けた事を。私しかおらぬ。颯太と師匠と仰ぐ、颯太の私しか、な」


 颯太の横に座った蘭を見た和樹が、五人をそっと促す。


 涙を浮かべて、ごめんなさい!とそれぞれの頭を下げる近達を見た颯太は、目を大きく見開いた後に、首を横にぶんぶん!と振って。


 眉をハの字にしたまま、微笑んだ。





 ぱたり、と扉が閉まった後の、二人だけの空間。


 蘭が颯太の頭を撫でながら、微笑む。


「意外だな。私の師匠は、よく泣くものだ」


 蘭の言葉に颯太は、ふいっ!と横を向き唇を尖らせる。


「そう膨れるな。戯れで言っている訳ではない」


 頭や頬を愛おしげに撫でてくる蘭に甘えるように、首を傾げた颯太。


「私の前で泣いて、笑って、時にはたしなめ、真っ直ぐに瞳を向けてくる。由布院の蘭としてではなく、只一人の蘭として向かい合う颯太が、嬉しいのだ」

「そう、なんですか?」

「うむ。これからも、私に稽古をつけてくれ。私の至らぬ部分は窘めてくれ。昼餉を、共にしよう。他愛もなく語ろう。私の事を。颯太の事を」


 そう言った蘭が、すす、と颯太から距離を離して、掌を差し出した。


「……?」


 つられる様に、颯太の左手がその手に伸びた。


 蘭がその手を引き、怪我のない肩を支えてゆっくりと颯太の体を傾けさせていく。


 颯太は自分の頭がどこに向かっていくのか、理解した。



 とすん。



 颯太の頭が、蘭の太ももに着地する。


「む。胸部が邪魔だ。颯太の顔が見えぬではないか」


 唇を尖らせた蘭が、颯太の顔が見える位置まで体をずらして、満足げに頷き。


 そして颯太の髪を、頬を、ひたいをさらさらと撫で始めた。


「颯太。次の昼休みはまた、台詞の稽古をつけてくれ。私の修行の成果、存分に披露してやろう」

「先輩、くすぐったいですよう……」


 体の強張りがすっかり抜け、なすがままに撫でられている颯太。


「ら・ん・だ」


 颯太の頬を人差し指で押した蘭が微笑んだ。


 温かさに、暖かさに包まれ。


 颯太の声が、途切れ途切れになっていく。


「蘭先輩……なんか僕……ねむく……」

「疲れたのだろう。構わぬ。そのまま眠るがいい」

「…………」


 すやすやと寝息を立て始めた颯太を撫でる蘭が呟いて、ふふっ、と笑う。


「呼び捨てにしていいと、何度言わせるつもりなのやら」


 





 数日後の朝。


 久しぶりの登校となった颯太は、級友達に思う存分に構われた後、席についた。


「颯太、おはよう」

「和樹おはよ……色々ありがとう。それに迷惑をかけて……」

「それ以上言ったら、引っ搔くよ?」


 和樹が猫手で『んにゃ!』と小さく構えを取る。


 それを見た女子達が、赤らめた顔を手で覆い隠し、男子達が和樹の真似をして周りから『余計な事すんな!』と叩かれている。


 あの騒ぎの後、和樹の立会いのもとに近達がそれぞれ謝りに来て、颯太が今まで通りにいてほしいと話して、騒ぎは幕を閉じた。


「しかし、颯太も勇気あるよね。『今まで通り』って事は、今度は受けて立つ!って事だよね。蘭姉えが焼き餅焼かなければいいけど」

「ちちち、違うよ!何言ってんの!」


 わたわた、と慌てて顔を赤らめる颯太に。


(ま、今は蘭姉えがダントツのリード。ラノベまっしぐらだね、颯太。あんな殺気を籠める蘭姉え見たことないし)


 などと、考えた和樹。



 そこに。



 がらがらっ!

 ビッターン!!




 びっくぅ!!!




 大きな音を立て開いた教室の扉に、またも驚く生徒達。




「「あ」」




 その後に振り向いた颯太と和樹の声が重なった。

 つかつかと颯太に向って歩いてくる蘭。



「颯太、おはよう。和樹、そこは私の席だと何度言ったらわかるのだ」

「だから違うって言ってるのに……!言ってるのに!」

「わわ!もうすぐHRの鐘が鳴りますってば!先輩!」

「蘭だ!」





 今日もまた、息もつかせぬ蘭と颯太のドタバタが幕を開ける。




【第二章 了】

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