第32話 【二章終わりまであと一話】みんなで、にゃあと鳴く。そして立ち上がる颯太⑥



「どうした。滑稽な格好をして」


 闖入者達を見やった蘭が呆れ顔で問いかけた。


 にゃあにゃあと鳴きながら、制服に猫耳カチューシャと尻尾ベルトを装着し、個室に入り込んできたちか那佳なか、何故かおでこに「びょう」と赤ペンで書いている笹の葉、そしてどこで噂を聞きつけて来たのか、赤面して猫手を型のようにして構える加賀獅かがしとノリノリで顔にひげを描いた東峯とうみね、何故か猫の着ぐるみを着た羽遊良はゆらが並ぶ。


 にゃあ、と鳴きながら颯太にくっつく蘭を覗き見て、『猫になれば私達も優しくしてもらえる!』と思い込んでの下心たっぷりの行動であった。


 そして、そこで。

 抜け駆けが発生した。



 我が先だ!と颯太に向かって駆け出した羽遊良。


 毎日の様に颯太を盗み見て、颯太の体操着やら箸やらボイスレコーダーに撮った声やらを駆使して毎晩のように小さな身体を震わせる少女が、何やら淫靡いんびな雰囲気を漂わせる颯太に気付かぬ訳がなく。


 だが、颯太と邂逅かいこうしてから(※幕間)ここ二年ほどでつちかった残念要素がここでも発揮された。


 駆け出して数歩で足をもつれさせた羽遊良が颯太に飛び掛かる形で突っ込む。


 慌てた颯太がを差し出して、羽遊良を抱きとめた。


「へぶぅっ?!」


 颯太の腕の中で、服は着てはいるものの妄想で思い描いていたシーンが再現されて、ぶるり、と震えた羽遊良。


「「「「「あー!!」」」」」


 蘭以外の五人から、絶叫が上がった。


 一人、蘭だけはベッドに腰掛けてスカートをパラリ、とめくっては首を傾げている。


「だ、大丈夫ですか?右京院さん」

「は、はひっ。颯太しゃまこしょさまこそ、だいじょぶでしゅか」

「しゃまこしょ?」


 妄想だけが突き進む耳年増少女は真っ赤になりながら、予想外の事態に慌て、藻搔もがいて手をついた。


 少し落ち着きを取り戻した、『颯太』に。


「あっ!ダメ!」

「ひにゃあ!!!」


 何やら固いものに触れた、と颯太の腕越しに自分の手の先を覗き見た羽遊良が体を離してベッドから飛びのくのと、颯太が前を押さえ込んだのは同時だった。


 床で逆でんぐり返しをし、座り込む羽遊良。


 ガッ!!


 そこで、茫然としている羽遊良の腕を掴んだ笹の葉と東峯が羽遊良を壁際まで引きずり、ゼスチャーをし始めた。


 笹の葉は体の前で手を合わせ、すぅ、と手を離す。


 東峯はOKマークを縮めたり大きくしたりしている。


 近、那佳、加賀獅は顔を赤らめ、口元を押さえながら見守っている。



 羽遊良は無言で手を合わせ、すすすす、と大きく手を離し、悩みながら指先が大きく離れたOKをする。



「「「「「!!!!」」」」」


 驚愕に、大きく目を見開く笹の葉達。

 皆が同時に動きを見せた。


 近、東峯が内股で下腹部を押さえ、那佳は小さな口を大きく開けた後に両耳の前を指先で揉んで苦悶し、笹の葉は尻をバッ!と抱え込み、加賀獅は床にへなへなぺたりと座り込んで、耳まで赤い顔を手で覆った。


 じっと掌を見つめていた羽遊良は、その手をぺろり、と舐めた後に大慌てで病室から飛び出していく。


 全ての意味が分からず、呆然とする颯太。

 

 そこで。

 蘭が声を発した。


「うむ。どうにも、秘部が、とするのでな。花を摘んでこよう。後ほど、迸りを見せてもらうとするか」

「見せませんってば!!もう!」


 颯太の叫びをよそに蘭が立ち上がり、するすると病室を出て行く。


 キラリ。


 少女たちの目が、光った。





 笹の葉が、動いた。


「空気の、入れ替えー。入れ替えだ、にゃー」


 と、窓際にあった丸椅子に立膝をついて、手を伸ばした笹の葉。


 何気なくその声の方角を見た颯太は叫んだ。


「うわ?!」


 ぺろん。


 スカートの後ろがめくれ上がり、半分下がったパンツ。

 付け尻尾はご丁寧に、尻に挟み込まれている。


「わー!何してるんですか笹の葉さん!」

「何をしているんですか、!丸見えですよ!」


 叫ぶ颯太と那佳。


 刺激に敏感になっている『颯太』を押さえ込む颯太。

 耐性のない颯太は顔を赤くして前屈みになるしかなく。


 そこに。


 ベッドのふちにストン、と座り込んだ近。

 笹の葉の尻に反応した颯太に、顔を上気させている。


「そーた君、どうしたの?苦しそうだよ?大丈夫?」


 颯太に体をそっと寄せて、鈴のような声で甘く囁く近に、颯太は。


「だ、大丈夫!遠鳴さん、近い!近いよ!」

「笹の葉を見て、ドキッてしちゃった?」

「!!……そ、そんな事……」

「むー」


 明らかに動揺する颯太に唇を尖らせた近。

 顔を赤らめて、……うん!と頷いた後に。


「そーた君、ここがね?私もこすれて苦しいにゃ」


 人差し指でブレザーの胸の左右のある部分を押さえた。


「あぅ!……ここ、つんつんしすぎて苦しいの。ここ、なーにかな♪」


 そこは。


 中庭で、近自らが暴露した、胸の突端の場所。

 颯太はさらに前屈みになって、『颯太』を覆い隠した。


「あはは♪私にもドキッとしちゃった?……うれしいな。うれしいよぅ」

「か、からかわないでよ!」


 恥ずかしそうに、じりじり、と体を背けていく颯太。


 周りを見回して、んー、と眉根をひそめた近は、


(抜け駆けは無理かぁ)


 と考えて、颯太の耳元に唇を寄せて、囁いた。


「私……私達で。そーた君が楽になるお手伝い、してあげよっか?」




 

「お、お手伝い……って?何をするつもりなの?!」

「……そーた君は、つんつんしたサクランボと、ぷっくりしたクコの実、どっちを食べてみたいにゃ?」


 制服の胸とスカートのへそ下を、それぞれの手でそっと抑えた近に颯太は絶句した。


 びくびくしている『颯太』にまた、痛みが走る。


「いた!またエッチな事言って、からかって……!」

「ほんとにつらそう。何でも……してあげる、よ?」


 耳元で囁かれる声に、意識が遠のく颯太。


 そこに。


そーそー君。笹の葉のどこでも、使うにゃー」


 颯太の前から近づいた笹の葉が、長い舌をぺろりぺろり、とうごめかし、尾てい骨の辺りを押さえながら腰をフリフリする。


「青空さん、私の口小さすぎて痛くしちゃうかもしれませんが一生懸命心を籠めます、にゃあ。あ、別のところがいいなら、また……えぅ」


 近の横で、そっとパジャマの腰の部分を掴む那佳。


「颯太さん颯太さん、実は私、この年になってまだつんつるてーん、なんです。何が原因か、見てもらえますか?もしかしたら、ちゅっちゅぺろぺろ、ずんずん!ってしないとわからないかもですですにゃ♪」


 いつのまにか颯太さん呼びに変わっている東峯が、近の反対側に腰を下ろして颯太の首筋に熱い息を吹きかけた。


 そして、加賀獅は。


「あ、青空君!青……空君!君が苦しいのなら、私も苦しい!……君の、思うがままに……私を導いてくれれば……嬉しい………………にゃぁ」


 颯太の背中に顔をうずめ、頬をこすりつけた加賀獅。


「そんな……み、みんなおかしいですよ!!ふ、くぅ!」


 淫靡で濃厚な雰囲気に包まれる空間の中で、荒い息遣いが重なる。


 はち切れそうな『颯太』を必死に抑えて、目を閉じる颯太。

 だが、颯太の鼻をくすぐる様々な薫りが、意識を捉えて離さない。



 慎ましげな、夏の柑橘系の薫り。

 淫靡に揺らめく、芳醇な夜の薫り。

 採れたての乳製品を思わせる、甘く濃密な薫り。

 削りたてのチーズを想像させる、濃厚な薫り。

 香を焚き詰めたような、柔らかく深い薫り。



 どこから漂ってくるのか、颯太は、わかってしまって。

 


 五人の熱い息遣いと、異なる甘い体臭と、その薫りに。

 颯太はもう、『颯太』に触れられない。

 触れたら、何かが起きてしまいそうで。

 触れるだけで蘭の言っていた『何か』が迸りそうで。

 もう、触れない。


 それでも、前を必死に隠そうとした颯太が『颯太』の上にかざしていた手を離し、より前傾姿勢になった瞬間。



 五人の女子は、見てしまった。

 何が詰まっているのか想像できないほどの、大きな盛り上がりを。



 そして。



 ゴクリ、と顔を見合わせた近達が、震える手を颯太のパジャマのズボンと『颯太』に、そうっと伸ばし。










 

「お前ら、何をしている?」


 と、蘭が胡乱うろんげな目で唸り。


「ふ、く……くぅ……」


 恥ずかしさと混乱のあまりに颯太が涙をこぼし。


「それまで。それ以上やったら、引っ搔くよ?」


 和樹が猫耳カチューシャを着けて、『んに”ゃあっ!』とモフモフの猫手を振りかざしたのは、同時だった。



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