第31話 先輩、にゃあと鳴く。そして立ち上がる颯太⑤


 もぞり。


 暖かい感触が、颯太の意識をとらえた。


 気だるい意識の中で颯太は顔を起こし、重みのある自分の胸元を見る。


(あ。あれから、寝ちゃったんだ……)


 胸を枕にしている蘭がその動きに反応し、きゅ!と両手で颯太のパジャマを握りなおして、顔をこすり付けてから、ぽてり、と顔を横たえた。


 そしてそのまま、すうすう、と寝息を立てる蘭。

 

(……この、状況。しかも僕、蘭先輩に何て言った?!『もうちょっとだけですよ?』とか何なの?!)


 足の先に、きゅう!と力が入り、じり、じりと体を動かして見悶えて、颯太は両手で顔を覆った。


(だってだって!あんな顔で『離れがたい、な』とか言われて、ドキドキしちゃうし!でもでも、僕も……何かもう少しこのままでいたいなあ、離れたくないなあ、とか)


 顔をプルプル!と小刻みに振り、恥ずかしさに叫びたくなった颯太は、顔も体もカッ!と熱くなっていくのを感じながら、細く長く息を吐く。


(甘えるような先輩が可愛くって……。僕、どうしちゃったのかな)


 颯太、更に、きゅう!

 じりじり。

 もじもじ。

 ぐっぱ、ぐっぱと手を動かし。

 再度覆った顔の中で、声のない叫びを上げる。


 すると。


「…………む?どうした、颯太」


 蘭が猫手でくしくし、と眠たげな眼を擦り、颯太を見上げた。


「どこぞ、痛むのか?辛いか?」


 気遣わしげに颯太の胸をそっとさすった蘭。


 その行動に、気持ちに。


 胸が締め付けられて頭がくらり、とした颯太はかろうじて答えた。


「体は平気、です。起きた時に蘭先輩の顔が見えて、驚いただけなので」

「む、そうか。それならいい」


 颯太に覆いかぶさっていた体を起こし、蘭が背筋を伸ばした。


「幼い頃はよく母上や姉上の布団に潜り込んでいたのだが、温もりと共に眠ったのは久方ぶりだ」

「僕も、です。あ、逆に僕の布団にお姉……っ?!」


 颯太一年ほど前まで自分の布団によく潜り込んできた蒼花の、パジャマの上だけを羽織った姿や下着だけの姿を思い出して絶句した。


「む?おねえ……がどうしたのだ?」

「いえ、あの……ははは」


 颯太を溺愛し、夜な夜な颯太の布団に潜り込んでは離れなかった蒼花から逃げまどい、時には夜中に目を覚ましては蒼花を追い出していただけなのだが、やましい事は何一つしていないにしても蒼花と同じ布団で寝ていた事を何故か蘭に言い出せない、言いづらい颯太。


「どうした。早く続きを話さないか」

「あ、あのですね……」

「私に秘め事、ときたか。ならば」


 颯太を見下ろして腕を組み、むむぅ、むむぅと唸る蘭。

 嫌な予感しかしなくなってきた颯太。


「あ、あの……」

「にゃあ」


 蘭は颯太の胸に覆いかぶさり、腰をフリフリとしながら颯太を見上げた。まるで獲物に飛び掛かる寸前の猫のようである。


「ふしゃー」

「ちょっと!蘭先輩!」


 楽しげに下から見上げてくる蘭だったが、颯太は気が気ではない。

 蘭の胸部が、颯太の敏感な部分の上で蠢いている。


「この体勢は非常にまずいですよ!ちょ……!」


 得体のしれない感触に、ゆらゆらと眼前でなまめかしく揺れる腰。颯太の体に電流が走った。

 

 ベッドに手をついて、体を引いて逃れようとする颯太だったが、そうはさせじと、蘭はそのままの体勢で颯太の腰にしがみつく。


「逃さん。早く吐かぬか」

「だから!先輩の胸が!」


 ここで、颯太にとって不幸な偶然が生まれた。


 視覚と感触で刺激されていても、姉との日々のおかげで悪ふざけには慣れていた颯太だったが、その光景に息を詰まらせて目をそらした。


 ベッド近くのテーブルの上に、『誰が来てもいいように、身だしなみを毎日キチンと整えなさい』と置いていかれた小さめの鏡の中で。


 反対側から見た、蘭の太ももと下着が揺れている。


 ふりふりと、ゆらゆらと。

 下着が、蘭の尻の形にピッタリと張り付いて。

 艶めかしさが、浮かび上がっている。

 


 おはよう!

 おはよう!



 颯太も立派な思春期の男の子であった。





「え!ひゃあ!何で!!ダメダメダメ!離れてください」

「む?何だこれは。いつから武器を忍ばせていたのだ?」


 確かめるように『颯太』に何度も胸部を押し付ける蘭。


「胸が……あたってるんですよ!お尻!パンツ!鏡で丸見えですよ!」


 指をさしつつ前かがみになる颯太に、蘭は鏡に映る腰を見た。


「どうだ。綾乃にも引けは……む?また固くなったぞ?」

「……!…………!!」


 颯太は顔を真っ赤にして蘭から腰を引こうとする。


 まだまだぁ!

 これからだよ!


 が、その動きのたびに蘭の胸部の感触に包まれ、硬さを増す『颯太』。


 そして。


「そうか!これが、反り返りなのだな!」

「ぎゃー!」


 そう言って自らの胸の下に手を滑らせようとした蘭から腰をひねり、ようやく颯太は腰を抜いた。


 だが、ベッドから降りて立ち上げる事が出来ずに、前かがみになって手で押さえるばかり。


「おお!反り返ったのちには、感極まると何やらほとばしるのだろう?綾乃から聞いたぞ!颯太、見せてくれ!」

「できる訳ないでしょう!あの人はまた余計なことを!」

「見たいのだ!颯太の反り返りを、迸りを……む?」


 蘭が首をひねって、すんすん、と鼻を動かした。

 次いで自分の下半身と颯太のパジャマの下を見比べる。


 静かになった蘭に、声をかけた颯太。


「蘭先輩、ど……どう、したんですか?正気に戻りました?」

「いや、な?この前の綾乃の尻見せと同じ薫りが、颯太の反り返りと私の足の付け根から漂ってくるのだが」


(……あれって、まさか?!)


 その生々しさに、『颯太』がより逞しくなっていき、痛みすら覚えるほどになってきている。


「颯太。差し当たっては鍛え抜かれた武具のように固く反り返ったものを見せるのだ!早く出さぬか!迸る所を間近で見せてくれ!」

「できるかー!!」


 パジャマの下をぐいぐい!と引っ張って迫る蘭に颯太は絶叫した。


 そこに。


「「「「「にゃー」」」」」


 猫のコスプレをしたちか達が乱入してきて。


 誰かの手が、『颯太』に触れる事となる。


 


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