第27話 先輩、にゃあと鳴く。そして立ち上がる颯太①


 

 僕の事を忘れて、ください。

 

 颯太の言葉に三人は瞠目した。

 

「……青空君、それは……」

「えっと、待って。待って。君は、『お礼はいらない、自分があの場所にいた事も助けた事も、自分の事さえも忘れてほしいって言うの?」

「そう、ですね。はい」


 加賀獅かがしは戸惑い、聖良が眉根をひそめる。


「信じられない!理解できない!そんな私にばっかり都合のいいはな……し……」


 聖良の声が尻すぼみになっていく。


 そう。 


 縁も所縁もない、顔を見たことさえない人間達の窮地を救い、そればかりか自分達の為に危険に踏み込んでいった人間が、目の前にいるのだから。


「あと、これは個人的な話なんですが……昨日、家族が見舞いに来てくれた時に、母に言われたんです」



 颯太が、自分の意志でに飛び込んだのなら、それでいい。

 だけど、今回の件で誰が喜んで誰が悲しんだかは心に留めておきなさい。

 大切なことよ。



「……僕は今回の件で、由布院先輩や親友、友達達に心配をかけてしまいました。無謀な事をして、怪我をしました。みんなが助けに来てくれなかったら思うと、ゾッとします。そして由布院先輩は……窮地に陥った僕をそれこそ何の駆け引きもなく、自分を犠牲にして助けだそうとしてくれました」


 言葉を切った後に、颯太は聖良達に微笑んだ。


「そんな僕が、久世宮先輩から感謝される理由なんてありません。お礼なら、由布院先輩や皇城先輩、そしてもし機会があったら僕の親友達に。……もしいつか、久世宮先輩が僕を見て心から笑える日が来たらその時は……改めて先輩後輩として仲良くしてもらえませんか?」

「そんな……青空君!」

さん!」


 颯太の意思表示に、どう言葉をかけていいかわからない加賀獅と東峯とうみね


 だが。


 聖良は躊躇ためらいがちに、ゆっくりとベッドに歩み寄っていった。

 

 そして。


「ね……青空君。顔、ちゃんと見てもいい……?」

「え?……はい」


 聖良が何かにすがるように、颯太をじっ、と見つめる。

 颯太は、聖良の目をニコニコと眺めている。


「怖く……ない……。怖くない!」


 驚きの声を上げた聖良が、今度は手を差し出した。

 少し考えた颯太は、触れ合わない距離で掌を見せる。


 ふわ。


 聖良の指先が颯太の手のひらに触れた。


「あったかい。君の手、瞳、あったかい…………!」


 颯太の手を固く握ってぼろぼろと涙を零す聖良。


「お嬢様!」

「聖良様ぁ!」


 駆け寄った加賀獅と遠峰も、聖良に寄り添って涙を零したのだった。




 

(何か眠いや。薬が聞いてるのかな、少し横になろう)


 電動ベッドを操作して、背もたれを倒した颯太。


(それにしても皇城先輩と蘭先輩、電光石火だったなあ。当主同士の話し合いの場を作って、久世宮先輩の婚約を取り消させるなんて。加賀獅さんも嬉しそうだった)


 今回の騒動を受け、皇城家を始めとする学院創設三家は、蘭と綾乃の進言から久世宮本家に内密に会談を申し入れ、そこで聖良が嫁ぐ代償として得る予定の援助を遥かに超える金額を提示した。


 聖良の婚約の白紙と、久世宮の当主の代替わりを条件に。


 久世宮の当主、春峰はるみねは震えた。

 日本を名実ともに支える名家に睨まれて、できる事などが知れている。


 春峰のそもそもの悲願が、隆盛を誇ったと言われる久世宮家を再興して優雅な日々を過ごしたい、という程度のものだった。ただそれだけの為に娘が幼い頃からその相手を吟味して、利を得ようとしていたに過ぎない。


 それならば。


 結果、春峰は開き直り飛びついて、全ての条件を呑んだのだった。


(……久世宮先輩達が夜にまた来た時の、あれは何だったんだろう……)


 うつらうつらとしながら、颯太は聖良達の事を思い出していた。



 


「青空君!」


 個室に入ってきた加賀獅がベッドに近づき、颯太の手を両手で包みこんだ。


「お嬢様の婚約が、白紙になったんだ!」

「あ……そうなんですね!」


 その内幕を和樹から聞いていた颯太だったが、嬉しそうな加賀獅と東峯の表情を見て、あえて知らないふりをした。


 だが。


 聖良はといえば、微妙な表情をしている。


(……もしかして、久世宮さんは結婚したかったのかな、その人と)


 自分の手をぎゅっと握りしめ、興奮している加賀獅越しに聖良を見た颯太。


 すると。


 ドンッ!


 ツカツカとベッドに歩き出した聖良が、加賀獅に体当たりをした。

 そのまま、よろけた加賀獅を押しのけてベッドに腰かけた聖良。

 

「うっ!お嬢様、何を?!」

「あ、あの……久世宮先輩?」


 二人の驚きをよそに聖良は両手の指先を合わせ、人差し指の追いかけっこをさせている。


 そして。


「颯太……君。年上は……好き?」

「……はい?」


 思いもよらない言葉に、固まる颯太。


「……?」

「……?!」


 聖良の発言についていけない加賀獅が目を大きく見開き、東峯が息を詰める。

 颯太が年上好きかどうかという質問に、はらはらと答えを待つ三人。


「そうだ。……由布院と仲がいいという事は、年上もいけるはず」


 聖良の呟きに顔を見合わせた加賀獅と東峯が、無言でハイタッチをする。


「でも……リハビリは必要よね。よし!私が颯太のお姉ちゃんになってあげる!」

「……えっ?」

「な?!何を!」

「は?」


 啞然とする自らの御付きをものともせず、颯太の腕にしがみつく聖良。


「ちょ、ちょっと!先輩!」

「えへへ、こっわくないー♪きっもくないー♪颯太、お姉ちゃんに何してほしい?」

「僕、お姉ちゃんいるし、結構ですよ!」

「……」


 颯太の言葉に黙りこくった聖良。

 加賀獅が、ここぞとばかりに颯太から聖良を引きはがしにかかった。


「お嬢様、お気を確かに!青空君もお困りではないですか!」

「やだー!やだー!颯太の傍がいいのー!……わかった!」


 颯太にしがみついている聖良が、顔を輝かせた。


「聖良、お兄ちゃんだーい好き♪」

「「あほかああああああ!」」

「妹も結構ですから!」

「ああ、お兄ちゃーん!」

「私だって!私だってな!青空君の匂い、胸いっぱいに嗅ぎたいんだぞ!」

「聖良、夏津奈なづな、あうとー」


 東峯の拳骨を喰らって、別の御付きに抱えられた聖良と加賀獅は病室から去ったのであった。





(久世宮先輩とお姉ちゃん、何か似てるなあ……お姉ちゃん、留学中でよかった……)


 颯太はゆっくりと眠りに落ちていった。

 



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