第26話 颯太、聖良にお願いをする。
(ふう……退屈だなあ)
羽村の騒動が終わって四日目。
由布院財閥に
(いつ退院できるのかな。肩の痛みも我慢できないほどじゃないし……だけど、学校から騒ぎが収まるまで病院に待機って言われちゃったしなあ。お見舞い来てくれるのは嬉しいんだけど)
毎日、入れ代わり立ち代わり誰かしらが見舞いに来る中で、颯太は
●
「青空君、傷の具合はどうだ?ああっ、無理はするな!」
見舞いの品を携えた加賀獅が、ベッドで身体を起こした颯太に手を伸ばして、慌てて引っ込める。
「加賀獅さん、一人で何回も来てるんだからわかるで……もごぉ?!」
呆れた東峯の突っ込みが言い終わる前に、その口を抑え込んだ加賀獅。
「ご心配をおかけして、申し訳ありません。痛みは結構引きましたし、今は時間を持て余している感じですね」
颯太の言葉に、加賀獅は胸を撫でおろす。
必死に逃れた東峯は、信じられない!といった顔で加賀獅を凝視する。
「そ、そうか!それは
「へぇ、じゃあ前回迄は青空様と何の話をされ……?!」
口のあたりを含めてチョークスリーパーをかけられた東峯が、再度
「東峯、口が過ぎる。で、だ。羽村達の処遇だが」
●
羽村は病院で警察に事情聴取された当初、断固として否認していた。
罪を人に被せて、自分は脅されて仕方なくやらざるを得なかった、と。
全て、後から来た闖入者達が企んだ事、として。
だが。
そこで、颯太が弓道場に連れ込まれてからのほぼ全ての録音データが、羽村の目の前で開示された。
颯太の機転であった。
結果、動転した羽村が勝手に観念して口汚く聖良や颯太を罵り始め、洗いざらいをぶちまけた為に、殺人未遂や暴行未遂など様々な罪状で警察病院へと移送された。
そして今回係わったとされる全ての人間達も、
学院アプリ内蔵のスマートフォンを幾ばくかの謝礼で貸し出し、中に部外者が入ってこれるように手引きをしたとされる生徒達も同様であった。
●
加賀獅がそこまで説明して、颯太に頭を下げた。
「聖良お嬢様、私達がこうして無事でいられるのは青空君、貴方のお陰だ。何の係わりもない、縁も
顔を起こした加賀獅が、目に一杯の涙を溜めてベッドへと近づく。
そして、驚く颯太の怪我のない左手を両手でそっと包み込んだ。
東峯も、颯太に深々と頭を下げている。
「ありがとう、ありがとう……ありがとう!私達の命を、尊厳を、未来を……その身をもって、志をもって、守ってくれた貴方の事を……私は、忘れることはないだろう……!!この御恩は、必ずや!」
感謝の意を述べつつ涙を零す加賀獅に、颯太は。
「あの場で助かる為に、死力を尽くして頑張っていた先輩方の力だと思います。そして、僕達を助けに来てくれた由布院先輩や皆様がいてくれたから、このような結果になったんです。僕の力ではないですよ。だから……」
「……!」
奇も
と、そこに。
扉が叩かれ、久世宮聖良が病室に入ってきた。
「ここまでで、いいわ。下がってなさい」
「はっ」
「お嬢様、お待たせして申し訳ございません。青空君、今日の私達の本当の目的は、お嬢様が青空君に御礼をしたいとの事、なんだ」
従っていた御付きを下がらせ、颯太の前に進み出た聖良。
だがその表情は堅く、瞳の奥が揺れている。
加賀獅と東峯は壁際まで下がり、聖良の言葉を待った。
「青空……君」
「はい」
「私達を助けてくれて、ありがとう」
「いえ、そんな!たまたま通りがかっただけですので!」
わたわたと手を振る颯太の言葉に瞠目した聖良。
が、すぐに話を続けた。
「君は誰かから聞いて知っているとは思うけど、私は男が嫌い。だから、こうして私達の事を助けてくれた君が……どんな要求をしてくるのかと疑ってしまう。芝居を打って同じ様に近づいてきた男も、私を飾りとして、女として、値踏みする男ばかりだったから」
「……お嬢様!それでは、余りにも!」
加賀獅の顔が、聖良の物言いに青ざめた。
自らに詰め寄ろうとする加賀獅を、手で制した聖良。
「でも。君は命の恩人のようなもの。だから……お父様にお許しを得てきた。何でも、ひとつだけ……お願いを聞いてあげる。それで、許して」
「……聖良、もうやめろ!!青空君の顔に泥を塗る真似も!何もかもを諦めた、その態度も!それのどこが!恩人への心尽くしだというんだ!」
「
聖良の言葉に激高し、幼き日々の親友の物言いで叫ぶ加賀獅を必死で止める東峯。
そこに。
颯太が口を開いた。
「じゃあ、久世宮先輩。一つだけ、僕の頼みを聞いてもらえますか?」
「……青空君!まさか!」
「……!!」
その言葉に聖良が哀しげに口元を歪ませ、加賀獅と東峯は啞然とする。
「いいよ、何でも言ってみて。でも、例えば身体に消えない跡が残ったり、赤ちゃんができちゃったりするのはさすがにダメ……よ」
聖良が自ら言い出したに事にも係わらず、男と身を重ねる自分を想像してぶるり、と身を震わせる。
だが。
颯太の次の言葉は、息を吞んでいる三人の誰もが予想できなかった事だった。
「僕の事を忘れてください、久世宮先輩」
「……えっ?」
「僕一人で成しえた事ではありません。そして僕を助けてくれた人達は……見返りどころか感謝さえ望まないでしょう。だから」
忘れて、下さい。
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