第25話 先輩、泣く颯太を慰める。そして、ふわふわ枕。



「い、いてえ!いてえー!」


 激痛にのたうち回り、叫ぶ羽村。

 そんな羽村を見下ろしている颯太。


「ぎゃああ!」

「があ?!」

「きゃあ!」


 颯太の拘束が外れたと同時に、羽村の手の者に掴まっていた近や和樹達が反撃しする中、芹が蘭に駆け寄る。


「お嬢様、お召し物を!」

「うむ。ま、それでいい」


 蘭が指差した赤いブレザーを芹が急いで肩にかけて、寄り添ったその時。

 裏口のざわめきが大きくなった。


「風紀だ!羽村雅樹及びその一派、嫌疑が晴れるまで拘束させて貰う!」


 腕に風紀と書いた腕章を付け、十人以上が道場に踏み込んでくる。

 和樹達に倒されて床に転がっていた羽村の手の者達が、即座に反応した。


「うわ、やべえ!逃げろ!」

「羽村はどうすんのよ!」

「金は諦めろ!バックレんぞ!」

「は、離せよテメエ!」


 コスプレ生徒と羽村側の人間達が逃げ惑い捕まっては藻掻いている。

 

 と、そこで。


 羽村の悲鳴が響き渡った。

 颯太が、床に転がる羽村の胸倉を掴んで、引き起こしている。


 腕章を付けた女が駆け寄り、下着を直す蘭の姿を見て瞠目する。


「風紀、ニ番隊副隊長、零条れいじょうと申します。由布院様、大事はございませんか?!そしてそのお姿は!早くお召し……」

「大事ない、構うな。決着がついてからでいい」

「決着……羽村?!そこの君!風紀の者だ!羽村を拘束させてくれ!」


 颯太の頭上に、その両腕で掲げられている羽村を見た風紀が叫ぶ。


 が。


 蘭が零条を手で制する。


「私が、全ての責任を負う。見ていろ」

「は、はい」


 零条がすぐさま頭を下げ、無線のインカムで仲間に連絡を取り始めた。

 

 今、颯太と羽村の様子を見守っているのは、蘭と加賀獅かがしに零条、駆けつけた近達と羽村の手の者達が引き立てられていった後に残った、数人の風紀だけである。


 そしてその眼前で。



 羽村は足をバタバタとさせ、動いた激痛のあまりに颯太を何度も蹴る。

 

 それでも。


 颯太はで、羽村の胸倉を掴んで吊り上げ続けている。


「は、早く!医者に呼んでくれよ!いてえんだよ!金、やるよ!いくら欲しいんだ?!ひゃ、100万でどうだ!もっと欲しけりゃやるよ!い、いてえんだよ!助けてくれよ!」

「……」


 痛みの為に暴れる事を諦めた羽村が、涙声で懇願する。

 対して、颯太は無言のままだ。


 その態度に羽村がキレた。


「お、前!おい、何で喋んねえんだよ、お前!俺にこんなことをしてタダで済むと思うなよ?!お前も、由布院も、邪魔しやがった奴ら全員!絶対に許さねえ!テメエら!全員!死んだ方がマシだって思わせてやんよ!」


 ギリッ!


 その言葉に、颯太が歯ぎしりをした。

 だが、羽村はそれに気付かずに叫び続けている。

 

 颯太の足が、小刻みに揺れ始めた。


「どんな手を使ってでも、俺様に楯突いたことを後悔さ……あ?」




 ドゴォ!!!




 床に叩きつけられ、ゴロゴロと転がる羽村。


 羽村から手を離した颯太が、回し蹴りで羽村を床に叩きつけたのだ。


 風紀の人間が言葉を失い、その場に立ちすくんでいる。

 颯太の全ての動きを捉える事ができていない。


 すると。


 颯太が泡を吹く羽村にゆらゆらと近づいて、その胸倉を掴んだ。

 その背中を見た近を始め、和樹達が息を飲む。

 

 そんな中、蘭は。


「もういい。零条、羽村を連れていけ。ああ、医師も此処に寄越せ」

「……は、はい!」 


 零条に指示を出し、そして。





「颯太!!!」





 凛とした、凄まじい気迫が籠る声で颯太を呼んだ。

 ビクリ、と震えて動きを止めた颯太。


「決着はついた。そんな痴れ者の命より、傷を治療しろ。割に合わん」


 ドサッ。


 颯太の腕から離れた羽村が床へと落ちた。





「では、由布院様。後ほどご足労頂けましたら……」

「うむ」

「それでは、失礼いたします」

 

 羽村が風紀の手の者によって、運ばれていく。


「あ、青空君!」

「そーた君!」

「颯太!」


 加賀獅、近、和樹が声を掛けるが、背中を向けたまま動かない颯太。


「颯太、こっちを向け」


 蘭の言葉に振り返った颯太は、悔し気に大粒の涙を零している。

 駆け寄ろうとする面々を手で制した蘭が、颯太にゆっくりと近づく。


「どうした、颯太。何故なにゆえに泣く?」


 蘭が、怪我をしていない腕にそっと触れて、ゆっくりとさすった。

 まるで赤子や幼子をあやすような、優しい表情を浮かべている蘭。

 

「僕のせいで、僕のせいで!蘭先輩が、みんなが……!」

「私も皆も無事だ。気にする事はあるまい」


 ちょん、と蘭は涙に濡れた颯太の頬を突く。

 それでも、颯太は俯いてしゃくり上げている。


「私がこの格好になり、皆が危ない目にあったのは自分の所為せいだ、という事か」


 颯太がこくり、と頷く。


「ふむ」


 蘭が顎に手を当てて、天井を見上げた。


「では、颯太。久世宮を助けなければよかったと思うのか?あのまま、痴れ者共に久世宮達の乙女が散らされていても、良かったというのか?」


 俯いたまま、横にぶんぶん、と首を振る颯太。


「私達も一緒だ。身体と心が動いただけだ。それに、颯太。私を見ろ」


 また、横にぶんぶん、と首を振る颯太。


「いいから、私を見ろ」


 颯太の顎を持ち上げ、視線を合わせた蘭。


は久世宮の窮地に立ち上がった。私達はお前の窮地に駆け付けた。事は終わり、お前が望んだ結果がここにある。胸を張れ。そうだろう?」


 そう言って蘭は辺りを見渡した。


 和樹、近、那佳、笹の葉、芹、加我獅が笑顔で頷く。


「ま、終わり良ければ総て良し、だな。もう休め」

 

 そう言って、颯太の頭をそっと抱え込んだ蘭。


「また、ゆるりと話すとしよう。よくやったな」


 その言葉に、颯太は頭を預けたままようやく意識を手放した。

 ふわふわの、むな枕の上で。


 そうして、医者に応急処置をされながら、颯太は由布院家に所縁ゆかりのある大病院へと運ばれたのだった。

                                  

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