第20話 颯太、そして男嫌いの特別待遇生の噂

 朝の教室。


 少し疲れた顔で、皆にいつものように挨拶する颯太。


 タブレットを弄っていた和樹が、近づいてくる颯太に気付き、声をかけた。


「おはよ」

「おはよー和樹」

「何だか疲れてるけど、大丈夫?」

「あはは……」


 苦笑いの颯太に、和樹が切り出した。


「昨日の昼、今度は何があったの?」







「それで、颯太はどうやって脱出したの?まさか、蘭姉ぇとお風呂に……」

「入るわけないから!回避する為に必死に考えてたら、『何してるんですか!』って遠鳴さんが飛んできたんだよね。びっくりしたけど、それでになって。遠鳴さんがヒーローに見えたよ!」

「そ、そうなんだ。颯太にはいいタイミングだったね」


 まさか3〜4階から飛び降りたとかじゃないよね……と和樹は考えつつも、疲れ気味の颯太が気になってしまう。


「颯太、大丈夫?僕から蘭ぇに言おうか?」

「え?本家……上司?に当たる人達に物申したら大変な事になるんじゃないの?いいよいいよ!まだこれくらいならお姉ちゃんの方が大変だったから」

「噓でしょ……?」


 両手を前に出し、わたわたと手を振る颯太の言葉に愕然とする和樹。


「あ、そうだ。話変わるけど、和樹がこの前話してた蘭先輩以外の特別待遇生ってこの学校に何人くらいいるの?僕昨日見かけたかも」

「基本は各学年で三人ずつ選ばれるらしいね。今の高等部だと確か三年が男子一人と女子二人、二年が蘭姉ぇと女子一人、一年は秋になってから初めて選ばれるから、まだじゃないかな。中等部も各学年三人だね」


 天井を見上げ、指折り数える和樹。


「あれ?今年の二年生は二人なの?」

「二人なのは聞いたところによると、男子の特別待遇生が一般の生徒に戻されたらしい。それで三人から二人」

「え、そんなことあるんだ!」


 家柄はともかくとして、勉強や実績で特別待遇生になってもすぐに格下げになるのは厳しいんじゃないだろうか、と颯太は考えたのだ。


「この学校皇星院で特別待遇生になるという事は、政財界で幅広く活躍し、国内外でも名高い名門中の名門といわれる皇城家、由布院家、共同設立者のもうひとつ、桜二条家のお墨付き、という事。在学中にも卒業後にも色々な特典があるんだ。綾乃さんのように辞退した人もいるんだけどね」

「うわー……」


 颯太は、綾乃や蘭が雲の上の存在である事を改めて認識する。


 そして。


 突如思い出した綾乃のも無い姿や、蘭の柔らかな身体の感触を思い出して、必死に頭を振る。


「も、もしかして!僕……お嬢様に手を出した不埒者ふらちものとして捕まったりしない?!」


 あわわわ!と慌てる颯太に、和樹は肩をすくめた。


「いや、颯太は被害者でしょ……それに綾乃さんの時も、もし颯太が仮に不埒な真似をしてたら御付衆が黙っちゃいないよ。だから颯太が悪いなんて思われてないと思うよ?綾乃さんの時は芹もいたんだよね?」

「あ、芹って蘭先輩が呼んでた人、いたかも……」

「そういう事。だから問題ないよ」


 和樹の言葉に、颯太は胸をなでおろす。


「話を戻すね。特別待遇生は一度指名されれば、実力派ならある程度の実績を維持する、家柄なら学校指定の祭事や行事に参加していれば、余程の事が無い限り只の学生に戻ることはないんだ。ただ……」


 そこで、和樹は颯太の耳元に唇を寄せた。


 きゃー!

 ふあ?き、キスぅ?!

 ぶふぅ!ぼたぼた……

 夜之院やのいんの顔は私の顔にすげかえる、くふ。

 うお!何か……やべえな!


 ちらり。


 騒ぎ始める生徒達をジト目で見やった和樹に、皆が一斉に顔をそらす。


 和樹は机に突っ伏しているツンデレお嬢をじいっ、と見つめた後に肩をすくめて、颯太の耳元で再度囁く。


(二年の男子は学校側も大目に見る事ができないほどの不祥事を起こしたらしい)

(ふ、不祥事?)

(自分の部の大会で勝負のギャンブルを開催して荒稼ぎしてたらしいよ。それをもう一人の赤ブレ先輩に見咎められて発覚。無期停学の上、特別待遇生の資格を剥奪されたっていう噂)

(……)


 和樹の説明に、ギャンブルで荒稼ぎする高校生のイメージが湧かず戸惑う颯太。


(その咎めた人が、前に蘭姉ぇが来た時に少し話した男嫌いの赤ブレ女子だよ)

(……そうなんだ)


 和樹は、ガタガタと自分の机まで椅子を戻して声のトーンを戻した。


「ま、そんなところさ」

「その女子の先輩、勇気がある人だね」

「そうだね。まあ、もともとその男子と特別待遇を目指して競い合ってて、女子の先輩が男嫌いなものだから尚更犬猿の仲だったらしいけど……それでも、告発をするには覚悟がいると思う。逆恨みで報復される可能性もある」


 それを聞いた颯太が、眉をひそめる。


「いいことをしたんでしょ?学校や周りでそういうの、何とかできないのかな」

「本人が取り合わないらしい。旧華族で、本人も気位が高い。同情や憐れみなど受け付けない程にね。先代当主のせいで力を落としたとはいえ、由緒は皇城をはじめとする学校創設三家と変わらないんだ」



 キーンコーン、カーンコーン。


 そこで予鈴が鳴り、和樹が、思い出したように右京院羽遊良はゆらの席に近づいて、小声で話しかけた。


「颯太に頼んだら?盗み撮りとかしなくても颯太なら写させてくれるよ?」

「……夜乃院、貴様は何を言っている?」

「さっきの話の補足とかしてあげたら、感謝されちゃうかもね。颯太ならお願い色々聞いてくれたりして、さ」

「?!……!!………………小賢しい!」



 ●




 文芸部に顔を出した後、家の迎えが来ていた近と校内で別れた颯太は、傾き始めた日差しに照らされる廊下を校舎の出口に向かって、ゆるゆる、と歩く。


久世宮聖良くぜみやせいら先輩……名門中の名門としての、プライドかぁ。皇城先輩や蘭先輩とはまた違う、お嬢様。……蘭先輩、まさか瞑想で犬になるとは……瞑想は禁止って言ったのに……)


 蘭が、わふ!わぅん!と昼休みのあいだ中まるで大型犬のようにじゃれついてきた事を思い出して、颯太は自分のコメカミをグリグリと揉んだ。


 何とかその記憶を振り払い、羽遊良から授業の合間ごとに教えてもらった財閥や華族の内情を考えている。


 ちなみにそのお礼にと、颯太が羽遊良にねだられた顔写真はともかくとして今日使った体操着の洗濯権に関しては、首を捻りながらも押し切られてしまった颯太。


(何か申し訳ないなぁ。汗をかいて汚れてる体操着なんて汚くて渡せないよって言ったのに体育がある明後日には洗って持ってくる、洗濯の練習をしたいからなんて、せっぱつまった表情につい……お嬢様の洗濯修行、ねえ)


 もちろん、自分の体操着が違った用途に絶賛使われる事など露知らぬ颯太であったが、子息や令嬢が非常に多いこの学校の中での派閥や力関係に関しての情報は、外部入学の颯太からすればありがたいものだったので、望むがままに渡してしまったのである。


 その夜、いつもの羽遊良の一人大運動会が颯太の匂い付きの体操着のおかげで、盛大な一人オリンピックになった事は、言うまでもない。



 タライで体操着を洗ってボロボロにしてしまったり、洗濯機を泡だらけにしてしまう羽遊良を想像して、くす、と微笑んだ颯太は思考を戻してまた考える。


(逆恨み、怖いなぁ。でも、皇城先輩や蘭先輩でさえ跳ねのけるような人なら、自分で何とかしちゃうのかもしれないし、僕が考えたってしょうがない、か)


 そう思った颯太は、立ち止まって伸びをした。 


 助けを求められた訳でもなく、自分の選んだ学校の中でのトラブルを見聞きし、憂いただけであった。


 思い悩んだところで、現状はどうにもならないし、できはしない。

 颯太は気持ちを切り替えた。


 だが。


 事態は既に動き始めていた。







 本屋に立ち寄る為に、校舎から出た颯太はいつも通る門ではなく別の門に向かって歩いた。


 見たこともない学校内の施設をきょろきょろと見ているうちに颯太は楽しくなってきて、スマホと学生手帳をリンクさせて建物と照らし合わせていく。


(へー、こっちにも武道場があるんだ。何部なんだろう?……弓道部……弓道場が建物の奥にあって……ん?)


 弓道部の建物の入り口の前で仁王立ちする男子生徒二人を発見した颯太。

 

(あの人達は……門番?すごい!何だか気合入ってそうな人たちだね)


 ワクワクと門番を見つめていた颯太に、仁王立ちのの一人が声を荒げた。


「じろじろ見てんじゃねーよ!あっち行きな!」

「わ?!は、はい!」


 その声に慌ててその場を立ち去ろうとした颯太の耳に、建物の中で言い争う声と物がぶつかり合う音がかすかに聞こえてきた。





 


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