第19話 颯太、混浴は回避したい。


 颯太は、打開策を必死に考えていた。


 目の前には、胸を第三ボタンまで開け、折れたポッキーを咥える蘭。

 斜め後ろには、麩菓子とちくわを咥えた那佳と笹の葉。


(どうしよう……でも、後ろの二人は冗談っぽいからとりあえず置いといて、蘭先輩のキスマークとポッキーゲームは回避しなきゃ!)


 と、颯太が考えていると。


んーん颯太んんんまだか?ん!」


 蘭がずずい、と唇を突き出してきた。


 そこで、ふと颯太は気がつく。

 ポッキーゲームで負けたらどうなるんだろうと。

 話を聞けば、時間も少しばかり稼げると思った颯太。


「あの!蘭先輩、ゲームですよね?キスをしたら負け、目をそらしたほうが負け、という」

「ん?」


 蘭は目を開けて、パチクリとさせた。

 話す為にポリポリとポッキーを齧り始める。


「そうだな、ゲームなれば勝負かちまけもあろう」

「例えば、僕が負けたらどうするつもりですか?」

「む」


 蘭は眉をひそめて腕を組み、むむむ、と唸る。

  

(やっぱり今回も皇城先輩に乗せられて来ただけで、そこまで考えてなかったんだ!なら……!)


「じゃあ先に、勝った時の希望を言うのはどうですか?」

「おお、成程なるほどな。それは名案。では、ひとつずつ望みを出し合うとするか」


 うむ!と大きく頷いた蘭に颯太はホッとする。


「颯太の希望からでもいいのだぞ?」

「ぼ、僕はまだ考え中なので……先輩からどうぞ」

「蘭だ!……むぅ、、だな」


 ラノベ回避の思い付きである。

 颯太の頭の中はフル回転だが、案は浮かんでいない。


 だが。


 焦りの為に、颯太はある言葉を付け加え忘れていた。

 イヤらしい事柄を含んだお願いは禁止。


 その為に颯太は更なる窮地に立たされることとなった。


 蘭は腕を組んだまま、至極真面目な表情で颯太に語り掛けた。


「ふむ。風呂だな」

「……お風呂、ですか?お風呂?」


 いきなりの蘭の言葉に首をかしげる颯太。

 だが、颯太の頭の中で微かに『しゅこしゅこ……』や『どっぱんどっぱん!』という言葉が響いてきた。


 既視感に囚われた颯太。


「あの……まさか。一緒にお風呂に入ろうとかそういう訳じゃないですよね」


 恐る恐る問いただした颯太に、蘭のジト目が降り注ぐ。


「颯太。昨日、綾乃の尻に見惚れておったであろう」

「な?!見惚れてなんかいませんよ!」


 大慌てで否定する颯太。

 目に焼き付いた衝撃のシーンだったが、颯太はすぐに目をそらしたのである。


「私の尻は、綾乃にも決して引けを取らんぞ!だのに、颯太は披露させてくれぬ」

「当り前じゃないですか!目の前でお尻を出そうとしたら、止めますよ!」

「だからだ。私が勝利した暁には一緒に湯船に浸かり、私の身体を見るがいい。を見ろ。艶やかだという尻。突端が上を向く胸は、母上や姉上にお褒め頂いた。そして、私も不肖の弟子として颯太の身体を観察し、得たい事が山ほどある。綾乃が言うには、男子は身体の一部がそそり立つと聞いた。興味深い」


(ま、また皇城先輩は余計な知識を……!)


「お、お風呂なんて一緒になんか無理ですよ!」

「私が勝ったらの話だ、本気でゆくぞ」


 それを聞いた颯太は顔を赤く青くさせる。


「颯太が勝利したら、何を望む?」

「お風呂は拒否ですけど……そうですね、僕は……」


 蘭の言葉に考え込む颯太。


(どうしよう。すぐに思いつかないや……)


「じゃ、じゃあ!今は思いつかないので勝ったらひとつ決める、でどうですか?」

「そうか。裸体にエプロンで颯太の食膳を見繕う、でも構わぬぞ?試しに自室で羽織ってみたら、尻がよく映えた」

「お断りします!そんな希望はありません!」

「む。つれない事をいう。にもかくにも勝負だ」


(お風呂は絶対回避!負けられないっ……)


 気合を入れる颯太は気づいていない。


 一緒に風呂に入りたいという蘭の願いの衝撃と、姉との日々で、勢いとノリでの性的なアタックに慣れているが為に勝負自体を受けてしまっている事を。


 迂闊うかつである。

 そして、その結果。


 颯太の予想を超えた蘭に、向かい合う羽目になった。


「では勝負だ、颯太!」


 蘭がゴソゴソと菓子の袋を漁る。


「ぬ?残りあと僅かか。よし、颯太。来るが良い。ん」

「……………………え?」


 唇を突き出す蘭。

 

 だが。


 齧るどころか、ポッキーが蘭の唇に埋もれている。

 これでは、ポッキー以前に100回中100回キスである。

 

んーんんさあ来い!」

「待って下さいよ!ポッキーが見えてないじゃないですか!これじゃ、き、キス確定ですよね?!」


 蘭は叫びを上げる颯太をジッと見つめ、催促をする。


「ん!」

「ん、じゃないですよ!他のないんですか?異議あり!」

んんん一度んんんんーん受けた勝負んんんんんできぬならんんんんんんん聡太の負けだ

「何を言ってるのかわかりませんよ、先輩!」

んんん蘭だ!」


 ずずい!と颯太に迫る蘭。


「……んんんんっんんん盛り上がってきたんんんんわくわく

んんんんんんんんんんっんツバが全部吸われちゃってんんんんんんんんん……お口が痛いです……


 別のベンチには、未だにちくわを咥えて顔を輝かせている笹の葉、麩菓子を咥えた涙目の那佳が勝負の行方を見守っていたのだった。

 

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