第18話 先輩、僕のお弁当食べてましたよね?

 

「はあ、はあ、はああ……。天国に行ったみんな動物達の姿が一瞬見えた……。何のつもりですか!」


 地面に手をついている、涙目の颯太。


「む。颯太が目覚めぬから、きゅっ!とな……そもそも、だ!颯太が私の分の弁当を食べたのみでなく、あまつさえ寝こけていたではないか」

「蘭先輩、僕のお弁当食べたの覚えてないんですか?それと、僕の頬についたご飯粒か何かを……あの、その……」


 颯太が先ほどの蘭の行動を思い出し、顔を赤らめる。

 

「あれほどに楽しみにしていた弁当だぞ?……しかし、だ。瞑想しておったからな。もしやすると、それでかもしれんが腑に落ちん」

「瞑想、ですか?……あの、瞑想するとその、覚えていない行動をしたり別の人格とか出てきたりするんですか?」


 一番気になっていた事を尋ねた颯太。


「別の人格ではない。瞑想はだな、失態を許されぬ式典に参加する、剣道や剣術の大会でお披露目をする、といったような場の前に平常心を保ち理想の自分であるように、心気を研ぎ澄ます為にしているな」

「心気を研ぎ澄ます、ですか?」

「うむ。瞑想が関わっているのかは知らんが、気がつけば式典が半ばまで進んでいたり、滞りなくお披露目が終わった時に我に返る時もあった。流石に母上が手医者お抱えに相談したらば、私はトランスという状態に入りやすいらしい」


(トランス……?ゾーン?とも言うんだっけ。そういえばお母さんも似たような事を言ってた気がするなぁ)


 母の奏女かなめが、強敵やと渡り合った時に、気がついたら相手が横たわっていた事があった、と。


 誰もが達する事ができないような、境地。


 その凄さを垣間見た事で、高みに登れる蘭という存在を何となく理解した颯太。


 だが。


 蘭の説明が腑に落ちた颯太だったが、ふと首を捻った。


 先輩は何で瞑想したのか、と。

 そして、先程の蘭の行動も理解できないままである。


 唇に、そより、と鼻やそれ以外の何かが触れた感触を思い、口を押えて俯く颯太。


 すると。

 

「弁当については、致し方あるまい。理解した。瞑想後の私が、知らぬところでと弁当を平らげてしまったのであろう。腹立たしい事ではあるが」

「は、はあ……」

「まあ、ここからが今日の本懐だ。綾乃がな、より親密になれるという策を伝授してくれたのだ。これをす事によって、一番弟子の座を揺るぎないものとする」

「だから、僕には一番も二番も弟子はいませんけど……」


 そんな颯太の言葉をよそに、蘭はベンチにおいてあった菓子の箱を手に取った。


「この菓子をだな。口で咥えて互いに端からかじっていけば、心の距離を縮める事が容易だ、と言っていた」

「ポッキーを、端から齧っていって……?そんな事したら、ちゅ……キ、キス……唇が触れ合っちゃうかもしれないじゃないですか!」


 ポッキーゲームというものを小耳に挟んだことはあっても、実際にやった事はおろか、ルールさえ理解していなかった颯太はその凶悪なゲーム内容を知り、戦慄する。


「私もそこは懸念した。それなら菓子を使わずに接吻する方が容易なのではないか?とな。すると、綾乃がルールを教えてくれた。これを見るがよい」


 蘭が制服のポケットからスマホを取り出し、颯太に差し出した。


「見てもいいんですか?」

「うむ。只のチャットだだ見られて恥じる事などない」

「じゃ、じゃあ……失礼します」


 颯太は恐る恐るスマホを受け取り、画面を見た。



♦♦♦


【蘭ちゃんと颯太くんのポッキーゲーム!ルールだよ☆】


 そのいち お鼻がくっついたらそのまま10秒間以上見つめあわなきゃダメだよ!

 そのに お口が触れたら、最低でも一分以上ちゅっちゅすること!

 そのさん 相手のお口の中に舌を入れたら30秒以上はレロレロしないとだよ!

 そのよん 『はうん!』って盛り上がって違う事をしたくなったら場所変えてね!


 追伸


 赤ちゃんができたら大変だから、にね!

 芹にグッズ避妊具持たせて待機させてるから、その時は呼んであげてねー!


♦♦♦



「ひっ……ひに?!蘭先輩!ビックリするほど人目を憚る内容じゃないですか!」

「む、そうなのか?そもそも、『ちゅっちゅ』やら『レロレロ』やら『はぅん!』からして判らんが、何なのだ?それに避妊具とは一体」

「わー!わーわー!!ストップー!」


 颯太が慌てて発言をさえぎる。


皇城すめらぎ先輩……!もう何と言っていいかわからないほどにヤバい人だ!)


 スマホを手にしている颯太の手が、プルプルと震える。

 耳まで赤くなっていて茹蛸さながらである。 


「あの!勝ち負けのルールいっこも書いてないじゃないですか!しかも!き、キスをしたらダメなんじゃないんですか?!キスした後の事ばっかり書いてあるし!」

「……?こういうものではないのか?」

「絶対違うと思います!!僕はこんな如何いかがわしいゲームしませんし、学校ですよ?!そもそも……蘭先輩は、そんな簡単にキスとかできる人なんですか?!」


 慌てふためいて叫ぶ颯太に、 


「ふむ。私も学業に励んでいた故に接吻の経験なぞはない。が、一番弟子の座が揺るぎないものになるのであれば、やぶさかではない。それに、だ。学び舎とは、学業以外の事でも機会があるのなら、学ぶべきではないのか?」


 そう言い放った蘭。

 蘭は涼やかな瞳で颯太を見ている。

 その揺るぎない瞳に本気を感じ取った颯太は、それでも言い募る。


「だ、ダメです!恋人同士でもない男女がキス前提のゲームだなんて!絶対ダメ!」


 そう言った颯太に蘭は、むむぅむうぅ、と唇を尖らせた。


(あ、これ……嫌な予感がする……) 


 颯太がこれまでのパターンを思い出し、たらり、と冷や汗を流した。


 数巡の間。


 右腕の肘を折り曲げて胸元を、ぽより、と叩いた蘭。


「颯太が難色を示した場合、綾乃は第二案として示唆してくれたのだ。流石、綾乃といえよう」


 そう言った蘭は赤いブレザーを、ぱさり、とベンチに置いた。


 そしてシャツのボタンに手を掛けながら颯太に近寄る。

 存在感のありすぎる胸部の谷間が、あらわになっていく。

 颯太の目の前で三つ目のボタンを外し、くい、とシャツの胸元を広げる蘭。


「ななな!何してるんですか?!」

「さあ、颯太。ここからここまでの間に吸い付いて、思う存分跡を残すがよい」


 蘭が、白くまばゆい首筋から胸元までを、指でなぞる。


 颯太が慌ててシャツの胸元を閉じようとして、触れてしまう危険性に手を伸ばせずに自分のブレザーを脱いで覆いかぶせる。


「む。何をする」

「それはこっちの台詞です!何でそうなるんですか!」

「綾乃がな、『最近蘭ちゃんと颯太君いつも一緒でしょ?蘭ちゃんが首筋とかにキスマークつけてたら、周りからすれば颯太くんが?!って思うよね♪ほら、これで颯太くんの一番弟子は蘭ちゃんのもの!首とかお胸?いっぱい吸ってもらいなよー!』と言っていたのだ。確かに左様な意思表示は必要かと思ってな」


 その言葉を聞いて、崩れ落ちそうになった颯太。


(僕も穏やかな高校生活を送る権利を主張したいですよ?!皇城先輩!)


 が。


 颯太が放心している間に、事は進んでいく。


 胸元を隠すブレザーを、ばさり、と払った蘭。

 再度その胸の谷間があらわになり、揺れる。


「颯太、早く決めるがよい。この菓子を齧りあうか、キスマーク、とやらを私の肌につけるかどうかだ。後者は胸の突端は避けたがよいらしいぞ。跡が残りにくい、とな」

「でででで!できる訳ないじゃないですか!」


 よろよろフラフラと後ずさりしようとする颯太。


「もしどちらも嫌だというのであれば、私も鬼ではない。代わりの案があれば、受け入れよう。だが、颯太の一番弟子、という証は外せぬぞ?それに、無いとは思うが、もし何も解決しないままに颯太がここを立ち去ったなら……」

「す、するのであれば……?」


 姉との日々のように、理不尽から脱出するべく動こうとしていた颯太が固まる。


「私はここで動かずに颯太を待ち続けよう。譲れぬのだ」

「そ、そんな!」

「さあ、決めるがよい」


 蘭はそう言って、5センチほどの菓子を咥えて唇を突き出した。


(どどど、どうしよう!逃げられないなら……だ、代替え案!何か!)


 ふと、そこで颯太は助けを求めるように周りを見た。

 そして、那佳と笹の葉に目をやると。


 駄菓子屋で売っているような、黒い麩菓子を咥えて顔を真っ赤にする那佳。

 気絶から回復し、ちくわを咥えて唇をのようにしている笹の葉。


(貴方達まで何をしてるんですかぁ!!)


 危うく叫んでしまいそうになり、こらえた颯太。

 ならば自分で何とかしようと、必死で代替え案を探し始める。


 颯太が待ち望む昼休み終了のチャイムはまだ、鳴る気配がなかった。

 

 

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