第21話 颯太、赤ブレとの邂逅


 私に………………な!

 お嬢……!

 ………………やがれ!


 颯太の耳に、言い争いの声と目の前の横開きの扉に何かがぶつかる音等が今度はハッキリと聞こえてきた。


「あ、あの、中でケンカされてるような物音が……大丈夫なんでしょうか」


 だが。


 問いかけに、門番二人が眉をひそめて目くばせをした。


 竹刀を持った男子生徒が颯太に近づいてくる。

 

 卑怯…………助けを……!

 逃が…………!

 この…………!…………


(気になる……よね)


 微かに聞こえてきた『助け』と言う言葉と激しさを増す物音に、颯太は唇を引き締める。


「今、取り込み中だって言ってんだ。痛い目にあいたくなけりゃ、どっか行きな!」


 そう恫喝してきた生徒に、颯太は。


「わかりました、僕は行きますね……あー!間違えて『緊急コール』をタップしてました!ごめんなさい!」

「てっめえ!何してくれてんだ!くっそ!」

「おい!や、やべえぞ!」


 男子生徒二人は慌て始めた。


 ピッ。


 ピッ、ピッ。


 周囲に設置された防犯カメラが一斉に弓道場の入り口を向いた。





 皇星院は財閥、華族を始めとして子息令嬢が生徒の大半を占める学校である。


 それに加え、一般の生徒達も特別優待生制度だけではなく、優秀な生徒達に対しては他の学校とは一線を画す破格な待遇の奨学生制度が設けられている。


 将来有望で非常に優秀な生徒、そして優秀な教師達が集う学校であるが故に、セキュリティ対策は有人、無人設備ともに国家施設並みとなっている。


 例えば、この学校の敷地内に入る場合は学校指定の識別用アプリにログインしてシリアルナンバーと本人情報を登録しておかなければ、登録を促す警告が鳴り響く。


 それでも無視して進もうものなら、武装をした警備の人間達が次から次へと駆けつけるのである。


 また、アプリをインストールすると『緊急コール』アイコンがスマホ等のトップ画面に表示され、学校敷地内でタップされる、一定以上の衝撃がある、等の条件下でもGPSを通じてカメラが作動するようになっている。





 そして、今。


 カメラが自分達の方向を向いたであろう事に、二人の男子生徒が慌てたのである。


 この状況で怒りに任せて手を上げる訳にはいかず。


 結果。


「えっ?わぁ!な、何するんですか?!」

「オラ!早くしろ!」

「おい!雅紀に報告しないで勝手な事していいのかよ」

「バッカ!風紀が来んぞ!中に入れ!」

「げっ!!」


 そして。


 抵抗する振りをして建物に押し込まれた颯太が、弓道場の中で見たものは。


 木張りの床に座り込んだ赤いブレザーの女生徒を背に庇うようにして膝をつく二人の女生徒と、それを取り囲む男女の生徒達の姿だった。





 颯太を引き摺ってきた門番の二人を見て、集団の先頭にいた男子生徒が呆れた顔で文句をつける。


「お前ら、何してんだ?見張ってろって言っただろうが」

「い、いや……通りががったこいつが、間違えて『緊急』押しやがったから……」

「はあ?!」

「羽村、お、俺らちゃんと見張ってたんだ」


 その返答に男子生徒、羽村は舌打ちをする。


 顔立ちが整い、スラリとした身長にガッチリした身体。

 一見、爽やかなスポーツマンのように見える。


 胸ぐらを摑まれて大人しくしている颯太を見て、羽村は話を続けた。


「このクッソ役立たず共……風紀が様子見に来ちまうな。おい、久世宮ぁ。男嫌いのお前とオマケ付き人でたっぷり楽しんだ後は、たのしーいデータで荒稼ぎしようと思ったが、こうなりゃ話は別だ。この証書に血判押せ。5億で許してやる。地下に潜んなら、金はいくらあっても困ることはねえ」

「ひっ!……い、イヤよ血判なんて!大体、貴方が悪いんじゃない!自業自得よ!」


 取り囲まれ、羽村の言葉に改めて恐怖した久世宮聖良が、ズリズリと後ずさりながら叫んだ。

 

「何言ってんだ?みぃ~んな、あれだけ当たっただ外れただ盛り上がってたじゃねえか。何が悪い?娯楽の場を提供して、奴らが外した分は場代で徴収しただけだ。それをお前、邪魔しやがって……ま、血判を押さなけりゃ押すまで延々と狙い続けるが、な」

「貴様!いい加減にしろ!女子を使って『羽村が良からぬ企みをしている』などと謀った上にこれか!外道が!!」


 聖良を背にかばっていた女生徒が立ち上がり、羽村に殴りかかる。

 

 が。


「ぐうっ!」


 三人を囲んでいた生徒達に阻まれて、床に転がった。

 羽村が、鼻で笑う。


「お前らのお陰でお殿様御前会議で明日にゃ退学、サツも動いてやがるらしい。地下に潜ってやり過ごすには金がいくらっても足んねえ。よくもやってくれやがって……おい」


 羽村は聖良達を囲む生徒達に指示を出した。


「久世宮が血判を押さなけりゃ、五秒ごとにオマケ二人の手足の骨を折れ」

「なっ?!やめなさい!今の久世宮は、お父様は……私の為にそんな慈悲を費やしはしない……そんな力はない!無駄なことよ!」


 羽村の言葉に、聖良が上ずった声で叫んだ。


 これから自分達の身に降りかかる事への恐怖で、真っ青になっている。


「あん?無けりゃどうにかしろよ。オマケから始めて、それでも押さなきゃお前もバッキバキ、3人で1分だな。おい、入り口を固めとけ。裏口もだ。風紀も様子見じゃ一気に来ねえし、もうすぐ迎えが来る。血判さえ取れればこっちのもんだ。やれ」

「お嬢様!時間を稼ぎます!血判など、いけません!」

「風紀の本隊がくるまで!この命に代えても!」


 自らの御付き付き人の悲壮な表情に、聖良が叫んだ。


「……わかったわよ!血判でも何でも押す!だからこの子達には手を出さないで!」


 聖良の御付き達が驚愕し、羽村が、ひゅうっ!と唇を鳴らす。


「お嬢様!!」

「私達に!私達にお任せください!」

「いいね、いーねえ~♪お涙頂戴!じゃあ、早速押してもらおうか!迅速になぁ~」


 ゴトリ。


 羽村がニヤニヤと聖良の側まで近づき、紙とナイフを眼前に放り投げた。

 その音にびくりと肩を震わせた聖良が紙を拾い上げた。

 

 が、


 読み進めるうちに驚愕の声を上げる。


「な、な!『久世宮家から羽村雅樹へ、一年以内に金5億の支払いがなされなかった場合は……羽村雅樹と久世宮聖良との婚姻を以てその弁済の代わりとする』?!」

「ま、そういう事だ。旧華族の肩書がありゃあ、逃げ道もやれる事も満載だ。押せ」


 


 血判状を前にした二人のそんなやり取りとは別に。


 羽村の手の者が慌ただしく動き始める中で、門番二人は自分の役割を探していた。


「お、おい。俺達はどうするよ。入口固めるか?」

「そうだな……ぐずぐずしてっと雅樹にぶっ飛ばされる。報酬も減らされちまう。行くぞ」

「このガキはどうすんだよ?」

「ほっとけ!……おいお前!ボコにされたくなけりゃ動くんじゃねえぞ!」


 スマホを握りしめてぼんやりと無抵抗で佇んでいた颯太を突き飛ばそうとした門番の片割れが、


「ぬお?!」


 宙を舞う。


「ぐあ!」

「テメエ!」


 颯太の投げで床板に叩きつけられて悶絶する相方を見た門番が、竹刀を振った。


 が。


 颯太の足によって出足を止められて、よろめく。


「うっ……わ?!ぎゃ!」

 

 床板に叩きつけられた。

 場が静まり返る。


 先に我に返ったのは羽村だった。


 一人、前に出て捕まっていた聖良の御付きを人質にするべく指示を出した。

 

「何だ、てめえ!……おい、お前ら!オマケ抑えろ!」

「は、はい……ぐぶっ?!」

「ぎゃあ!」

「きゃ!」


 隙をついた聖良の御付きが、自分を捕まえていた生徒達に反撃をして抜け出した。


「き、君は……?」

「あはは……通りがかって捕まった者です。武芸は習ったことないですが、時間稼ぎくらいならできるかもです」


 その言葉に先程の颯太の投げを目の当たりにしていた御付きが瞠目するが、主を守れる可能性が僅かでも上がることに越したことはなかった。


「……かたじけない!私達は、あちらの久世宮聖良様御付きの加賀獅かがし、あ奴は同じく東峯とうみね。何かあらば、指示をくれ」

「青空颯太です。僕にも指示をください」


 言葉少なに礼を言い、頭を下げた御付き。

 血が滲む唇と汚れた制服が痛々しい。


 二人はすぐさま聖良の側まで下がった。


 

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