第13話 【幕間】近、颯太との出会い〜中盤戦〜


(ち。手打ちが聞いて呆れますね。とは言っても、半端な警戒心で来ちまった事はこちらの油断でした……まあ、この馬鹿右京院がここ迄揺らいでいた事には驚きですが)

 

「あはは?あはははー?どうした遠鳴。今日は随分、慎重」

「……右京院の御息女ともあろうお方が、何故このような卑劣な真似を!」

「黙れ、護衛の分際で。……そうか。今日からは『護衛出来なかった者』か」

「!!……姑息女こそくじょ、ぬっころ……!!」


 近と同学年で御付きの二人、九十九那佳つくも なかは右京院を非難し、篠条しのじょうささは、憤りつつ右京院を睨みつけている。


 呼び出された中等部の校舎屋上。


 近、那佳、笹の葉三人は、十人以上の男女に取り囲まれていた。

 右京院の手勢は、三人をじりじりと柵際に追い詰めてきている。


(ほぼ全員、得物持ってやがりますね。稽古刀でも持ってきてりゃ、なんて言う段階は超えてます。どうする?)


 近は那佳と笹の葉と背中を寄せ合い、それでも油断なく辺りを伺っていた。



 ●



 中等部のなぎなた部に所属している、近と右京院羽遊良はゆら


 幼い頃からなぎなた薙刀を学んでいた近は、中等部に上がったタイミングで部に入部した。


 近は、入部してすぐに頭角を現した。


 下級生でありながら、大会のレギュラーメンバーとして選ばれたのだ。


 近が幼い頃から続けている習い事の一つであるなぎなたが近に向いており、また本家由布院の令嬢である蘭に、修行と称して同輩の夜乃院やのいん和樹と一緒に野山を引き擦り回された事も下地となった。


 そして、厄介事や面倒くさい事が嫌いである近も、習い事は本家とそして自分の為と、幼い頃からひた向きに取り組んでいたのだ。

 

 もちろん、初めは部の上級生や同級生達のヤッカミや暗い羨望もあった。


 だが、個人戦に参加する機会を与えられても頑なに拒み、口調は盛大に崩れる時も多いが、常に周りの人間を立てようとする近。


 皮肉屋だが気遣いのできる、さばさばした性格の近と部員達は打ち解けていった。


 

 しかし。



 右京院羽遊良はゆらはそんな近を敵視していた。

 

 自分と同級生で、しかも分家として本家を盛り立てる役割も同じ。


 それなのに、何故にこうも違うのか。


 羽遊良も部の団体戦のレギュラーとして時折選ばれる事があったが、実力で近に遠く及ばず、陰で続ける努力が中々芽吹かなかった。


 また、訥々とした話し方と人見知りする性格で、部で浮いてしまっていたのだ。


 そして、いつしか。


 両親や兄弟姉妹達に、近と比べられ呆れられ罵倒され。

 届かない実力と名声に、努力や修練が鳴りを潜めて。

 近がいるから、近がいなければと思い詰め。


 上を向くべき所を、視線を落としてしまった羽遊良は。

 近を敵として見るようになり、事あるごとにちょっかいをかけていたのだった。


 だが、近と相対する度に羽遊良の鬱憤は、より積み重なっていくばかり。

 

 そして、とうとう。


 羽遊良は決壊し、この日が訪れた。  


 ●



 どがぁ!!

 がいんっ!

 ぎぃん!


 囲め!油断するな!

 護衛は手練れだぞ!

 遠鳴は無手と小太刀に注意しろ!


 柵の近くで近を取り囲み、次々と攻撃を仕掛けてくる敵。

 時折、へこむ程の打撃が加えられた柵が、音を上げて歪んでいく。


 十人以上対三。

 多勢に無勢。


 それでも、近達三人は懸命に闘っていた。 


 近接戦になった為、那佳は武器にしていた特殊警棒を近へと渡して素手で闘っており、笹の葉もヌンチャクと体術を使い分けて応戦している。


 近はと言えば、慣れない警棒に冷や冷やしながらも、敵にダメージを与えていた。


(全くどこで調べたんだか。由布院様じゃあるめーし、刀なんて、ですよ?)


 そんな事を思いつつ、近は非常口をちらり、と見た。

 羽遊良の手の者が、二人待ち構えている。


 ち。


 用意周到な布陣に、舌を鳴らす近。


 そこに。 


「ぐうっ!」

「やられたー」


 近の視界の隅に、相打ちをして片膝を付いた那佳、そして倒しながらも別の敵に木刀で打ち据えられた笹の葉が、苦悶の声でフェンスを背に座り込んだのが見えた。


「那佳!!」

「アンタもだよ!」


 近の左右から、蹴りと竹刀での袈裟斬りが同時に来た。


(男の蹴りより、女の袈裟!)


 警棒で竹刀の勢いに逆らわずに流した近は、逆の手で女の顎に掌底を入れた。

 が、そこまでだった。


「がっ?!」


 男へと身体をひねった近に、蹴りが入った。


 咄嗟に後方に飛んだものの、柵まで飛ばされて背中を打ち付けた近。

 倒れこみそうになる身体を柵に預け、辛うじて持ちこたえた。


 そこに。


 暗い微笑みを浮かべた羽遊良が近へと歩いてくる。


「あはは?いい気味。調子に乗ってるから。安心しろ、部活引退まで竹刀を握れないようにするだけだ」

「戯けた事を……!お嬢様にそのような真似は絶対にさせません!」

「……!そんな真似をしたら全員殺す!殺す!殺すぞ!」


 羽交い絞めにされて叫ぶ那佳。

 涙を浮かべながら、もがき、暴れ、絶叫する笹の葉。


 そんな二人を横目に、近の胸倉を掴んだ羽遊良は。


「アンタさえいなければ……アンタさえアンタさえアンタさえ……!!」


 羽遊良は何度も近を揺さぶり、柵が軋んだ。

 近は、そんな羽遊良に呟く。


「右京院、もういいです。お前がそこまで追い詰められてんなら、お好きになさ……好きにしろ。だが、那佳とには関係ない、手を出すな」

「お嬢様、何を戯けた事を!!絶対に嫌!嫌ぁ!死んでもさせない!……うぐ!」

「ぐあ!……があああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!お嬢!!ふざけんなあ!!」


 暴れては叩かれ、打ち据えられる那佳と笹の葉。

 それでも近の言葉に、ぼろぼろと涙を流しながら叫び、狂ったように暴れている。

 

 近を揺さぶり続ける羽遊良は、周りも目に入っていないように呟いていた。


「全員同じ目に合わせてやる、苦しませる、絶望を……」


 ぎしり。

 ぐらっ!


「味わ……え?」

「な?!」



 そこで、誰もが予想だにしなかった事が起きた。



 衝撃と打撃によって、近の凭れた柵が、外側にぐにゃりと一気に曲がったのだ。


 湧き上がる悲鳴と怒号。


「きゃあ!お、落ち……」

「うわ?!」


 胸倉を掴んだまま、近に倒れこむような態勢で悲鳴を上げた羽遊良を。


 ち。


 舌打ちをした近が、最後の力で突き飛ばした。

 そしてそのまま仰向けに、曇り空を背景にして倒れ行く近。


「え!…………と、遠鳴!遠鳴ぃ!掴まってぇ!!」

「間に合えええええええええぇぇぇぇぇぇあああああああああ!!!!」

「お手を!お嬢様!お嬢様ああああああぁぁぁぁ!!」


 屋上の縁で引き上げられながら、手を伸ばす羽遊良。

 皆の意識が外れた時に、隙を縫って猛然と走り出した笹の葉と那佳。

 だが、近の身体は羽遊良を突き飛ばした為に勢いがついている。


 近の視界に最後に見えた、泣きながら必死に手を伸ばす那佳、笹の葉。

 飛び降りんばかりの二人は流石に周りに止められ、暴れている。

 ゆっくりと落下を始めた近。


(……ごめんな?私の御付きでさ)


 心もとない浮遊感に既視感を覚えながら、近は覚悟を決めた。


死ぬな。高すぎる。だが、その前に)


「那佳ー!ー!親友!大好き……だ?!」


 そんな、気持ちを込めた言葉は最後まで続かなかった。









 何故なら。

 

「わわわ?!……つ、掴めば!!」


 そんな声とともに、三階の窓を乗り越え手を伸ばす少年が見えたのだ。


 近は思わず、少年に手を伸ばしていた。

 伸ばしてしまっていた。

 

 助けて、と。


 そして、青空颯太は願いを叶える為に全力を注ぐ。


「もうちょい……掴んだ!」

「きゃ?!」


 近の身体がかなりの勢いで、颯太によって、ぐい!と窓側に引き寄せられた。

 だが、近の手を掴んだ手は校舎から離れている。


 そこで、颯太の裂帛の気合いが迸った。


「はあっ!!!」


 颯太が、引き寄せた近を軸に大きく回転する。





 三十秒後。


 颯太の足は窓枠に引っ掛かり、そして近は颯太に抱えられた態勢から窓を越え、校舎に座り込んだのだった。


 

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