第12話 【幕間】近、颯太との出会い〜前半戦〜

 

 颯太が、演劇部の部室で綾乃と邂逅した次の日の朝。


 予習を終えた和樹が、のんびりとタブレットで読書をしていると。


 からから、と教室の扉を開けて、にこにこと颯太が入ってきた。


 颯太もその日の予習ができる時間帯に学校に来る為、登校は早い。

 クラスメイトも、まばらである。


 しかし。


「お、颯太来たね。さて、今日は何分で席につくかな」


 和樹はタブレットを置き、頬杖をついて颯太を見た。



 右京院さん、おはよー!

 ……朝っぱらから騒がしい奴。

 ご、ごめん!みんなと会えると嬉しくなっちゃって。

 別に悪いとか言ってない。……そういえば、うちの蔵で、そう、偶然。偶然に出てきた古書があった。どうしても私の物を借りたいというなら貸してもいい。

 うわー!借りたいです!読みたい!お願いします!

 ふ、ふん。ほら。恩に着ろ。

 ………………。


 

 金澤さん!おはよー!

 うひゃい!

 あ、おぞらくん、おひゃよう……。

『悪役令嬢は今日も怒髪天を衝く』更新されてたね!

 見た見たぁ!今読み返してたの!青空君も読んだんだ!

 ………………。



 葛籠橋つづらばし君、おはよー!

 よぉ、颯太!今日も嬉しそうだな!はは〜ん?さては湯布院先輩とイチャライチャラしてたんじゃねえの〜?

 し、してないよ!そんなんじゃないから!

 がっはっは!照れんな照れんな!ま、なんか困った事がありゃ、声かけろよな?

 うん!ありがとう!



 ………………………………。

 ………………。

 ……。



 クラスメイト達と挨拶をかわした颯太。


 嬉しそうに、とてとて、と自分の席に向かってくるまでに、約10分。


「和樹、おはよー!」

「おはよ。登校からイベント盛りだくさんだね。右京ツンデレになってるし……」

「え?右京院さんめちゃめちゃいい人だよ?この前は、鎌倉時代の秘伝書みたいなの、今日も平安時代の絵巻、貸してもらったんだよね!楽しみ!」


 颯太は豪奢な風呂敷包みを、大事そうに、きゅ!と抱きしめる。


(まさか全部……国宝級の原典だったりして、ね)


 和樹は、ちらっと右京院を見た。


 机に突っ伏して視線を向けていた右京院が、ふしゃあ!と和樹を威嚇する。    

 が、颯太の視線が向くと慌ててを向く。


(近としょっちゅう揉めてた” 狂い猫 ”右京院羽遊良はゆらが、ね。颯太、フラグお化け)


 和樹は、やれやれ、と肩を竦めた。

 と、和樹はそこで思い出した。


「あ、そうそう。ちか、家の用事があるみたいで学校休むってさ。御付き付き人から聞いた」

「僕もチャットで聞いた。学校以外でも忙しそうで……財閥って大変なんだね。昨日も文芸部に行ったら、遠鳴さん帰った後だったんだよね」

「ま、親じゃなく僕らも出番はあるから、そこそこね」


 近と小説の話ができなかった事に、残念そうな颯太。


 いや、颯太の家もある意味十分大変だから……と思う和樹だが、実家から離れていた颯太にツッコミは入れない。


 ただ。


(分家で持ち回れる式典のスケジュールは入ってない。じか指名のやつも……近に後で聞いてみるかな)


 そのあたりが気になった和樹だった。


 



 そして同時刻、遠鳴邸。


 近の部屋の扉を、御付き付き人がノックする。


「近お嬢様、入ってもよろしいでしょうか」

「入っていいよ」


 御付きの女性は、近の声に扉を開ける。

 朝食を抜いた近に、軽食と飲み物を運んできたのだ。


「お加減は如何でございますか?今、手医者お抱えを屋敷へと向かわせております」

「少し寝たら調子戻ってきたから、見てもらわなくてもいいかな。お越しになったら私からも先生にお話するから、丁重におもてなししてゆっくりして頂いてね」


 ベッドで半身を起こしていた近が、髪を撫でつつ笑う。

 近のふわふわの笑顔に、御付きがホッ、と息をついた。


「仰せのままに。今、お茶をお入れします」

「自分でやるからいいよ、ありがと」

「はっ。では下がらせていただきますので、御用があればお申し付け下さいませ」

「うん、よろしくね」


 ぱたん。





「………………」


 御付きが部屋を出ていくと、近は視線を落とした。

 

 そう、そこは。


 乙女の秘密が、外にも中にも詰まっている部分お胸




『ここだよ!由布院先輩のこの辺りぎゅー!ここっ!ここぉ……ここ……』




 一昨日の事を思い出してベッドにうつ伏せになった近。

 枕をひっかぶり、足をジタバタ!とさせる。

 朝からずっと、この調子である。


(昨日はそーた君を見たら隠れてたけど、やっぱり一日一回は顔見たいよ!話したいよぅ!……でもでも)


 違うクラスである事をこれ幸いとして、近は颯太を見かける度に全力回避をしていたのだ。


 だが。


 日が変わり、朝のシャワーを済ませた近が制服に着替える時に、恐ろしい可能性に気が付いてしまった。


(もし……もし!私が『そーた君、おはよー!』って言って、言ってだよ?そーた君が私の制服の、お胸の敏感さん二ヶ所あたりをちらっと見て、顔を赤らめたりなんかされたら……!し、死ねますわっ!)


 ジタバタ、ゴロンゴロン!

 近の動きが加速した。


 髪が乱れまくる。

 パジャマも荒ぶって、おへそと背中も丸出しである。

 感情がたかぶり、昔の癖が出てる事に気付かない近。


(いや!そうなったらいっそ!耳元で、『そーた君なら、つんつん、きゅっきゅって……し・て・も・いー・よ?』とか囁いたらどうなる?!かしら!)


 ジタバタジタバタジタバタ!

 ゴロンゴロンゴロンゴロン!


「わ?!」


 どっすん!!


 近は勢い余って、ベッドから転げ落ちた。


「いってー!……あ、まずっ!言葉っ!」


 あう!と口を押さえた近。

 足音と共に、扉の外から御付きの声が聞こえてくる。


「お嬢様、どうなさいました!お嬢様?!」

「……ごめんね大丈夫!ストレッチして転んだだけ!」


 近は適当に思いついた理由を御付きに告げた。


「ご無理はお控え下さいまし」

「はーい!心配かけてごめんね!」


 近の言葉に、御付きの足音が遠ざかっていく。


 「あいたた……妄想しすぎたや。一年かけて、言葉遣いラノベ少女っぽく変えてきたのになぁ……」


 ベッド脇で座り込んでいた近は、ベッドに突っ伏して伸びをした。

 そしてそのまま、ふと部屋の出窓を見上げる。


 曇った空から、雨が今にも零れ落ちてきそうである。


(あの日も、こんな天気だったっけ……)


 近は、颯太と初めて出会った日の事を紐解いた。


 

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