第8話 先輩、それは見せパンじゃない。


(ようっし、これで先手を握るよ~!楽しみ!)


 朝の送迎の車の中。


 綾乃はわくわく!と、調査結果が記されたタブレットに目をやった。



(なるほどねえ~。規模は小さいけど、知る者ぞ知る古武術。蘭ちゃんに色々と言ってたみたいだけど、そんな颯太くんがラノベのテンプレ主人公みたいだよ?)


 綾乃はクスクスと笑いながら指をすいすすい、と動かし、タブレットの情報を頭に流し込んでいく。




 ※※※

 

 "青空颯太に関しての報告


 古くから連綿と続く古武術、青空流の次男。

 青空流の現当主は入り婿で颯太の父親、青空晃一。


 次世代の当主とされる、颯太の兄そして姉は共に青空流の皆伝目録を受けている。

 ただし、颯太に関しては道場で青空流を学ぶ所を目にしたものがいない。

 その母親、奏女かなめと颯太は別の地で暮らした為、と推測される。


 なお、青空流は青空奏女と颯太が帰着した二年前に、奏女の父で前当主の弥一から晃一へと代替わりが成されている"


 ※※※



 

(可能性まるいち、颯太くんはものすご〜く強い、が消えたかな?そもそも、強そうな人なら蘭ちゃんが試さない訳ないし、そんな話はしてなかったもんね!)


 ふぅむふむ、と綾乃は先へと進めた。




 ※※※


 "青空颯太の人間性は、極めて温厚と評される。


 母親の意向で幼い頃から実家を離れ、自然の中で暮らしていた颯太の表情所作は常に柔らかく、外部入学を果たした皇星院高等部においても内部外部の生徒問わず友人関係を構築しつつある"

 

 ※※※




(可能性まるに。蘭ちゃんも颯太くんを見て何か声をかけてって言ってた……よっぽどいい子?蘭ちゃんも外面だけ、とか慮る人間は小さい頃から見飽きてるし、その辺を見る目はあるもんね。あとは……)


「蘭ちゃんの側にいさせていいものかどうか、だね。そこは、準備おっけー!ふふふ、楽しくなってきたかも〜」


 自分の腰を、ぽんっ!と叩いた綾乃の言葉に、付き人の長、せりが笑う。


「綾乃お嬢様は蘭様に、おやさしゅうございますね」

「そーねー。蘭ちゃんは本能特化型だから危なっかしくて危なっかしくて、ほっとけないのよねえ」


 困った困ったー、という表情でため息をつく綾乃。

 そんな綾乃に芹は。


「お嬢様。蘭様の為とはいえ、くれぐれも度を過ぎた試しや悪ふざけはお控えなられますよう。護衛はで配置しておきますから」

「ありがと!ま、ルンバ実行部隊達と蘭ちゃんもいるしね!たっのしみ~♪」

「はあ……」


 うきうきとしている綾乃に、芹はため息をついた。




 キーン、コーン。カーン、コーン。


 昼休みを告げる鐘が鳴った。


 「じゃ、テラス学食行ってくるよ。颯太、綾乃さんの悪ふざけに要注意ね。あと蘭ぇの暴走にも」

「それ、注意してどうにかなるのかな……」


 その瞬間。


 がらがらっ!

 ビッターン!!


 びっくぅ!!!


 大きな音を立てて開いた教室の扉に又も驚く生徒達。


「「えっ」」

「颯太!昼だぞ!綾乃の所だ!」


 連日の蘭の登場に、一気にわー!きゃあきゃあ!と盛り上がっていく教室。

 その状況を気にもせず、歩幅も大きくズカズカと颯太に歩み寄る蘭。


「蘭先輩!来るの早すぎますよ!しかも鐘が鳴った瞬間に入ってきましたよね?!」


 蘭に物申しつつ、和樹を必死に隠そうとしている颯太。


「うむ。30分ほど前から扉の前で居合のイメージトレーニングをしていた。300たわけ者ほど叩き斬る事ができたぞ」


 たわけ!

 たわけ!


 そんなかけ声とともに脳内でたわけ者を片っ端から切って捨てる蘭を想像した颯太。


 その中に僕はいないよね……と震える。


「と、いうか!授業受けてから来てくださいよ!」

「私は成績優秀であるからな。問題ない」

「大ありだと思いますよ?!」


 慌てふためきつつツッコミを入れる颯太の肩に、後ろから手がかかった。


 和樹がその背から顔をひょこっ!と出したのだ。

 いいの?!と驚く颯太の肩を、ぽん、と叩く。


「和樹ではないか。どうした?」

「僕のクラスはココで、颯太とは席が隣なんだよね」


 諦めの顔で、蘭に話しかける和樹。


「む!そうか!では午後から和樹は二年A組のクラスに向かうといい。席交換だ!」

「蘭姉ぇ?できると思う?」

「ま、それは追い追い頼む。今から颯太と一緒に綾乃の所へ向かうのでな」


 蘭はそう言って颯太の腕を、むんずっ!と掴んだ。

 そしてそのまま、嬉し気に教室の出口へと向かう。


「え?蘭先輩、ちょっと待って下さい!僕、ご飯これから……!」

「問題ない、私も昼餉はまだだ!その弁当を後で共に食べればいいだろう?仲良く半分だ」

「僕のお弁当なのに、当たり前のように食べる気だ……!もう、先輩!」

「蘭だ!」


 蘭に引きずられて出ていった颯太。

 盛り上がっているクラスメイト達を横目に、和樹はやれやれ……と肩を竦めた。


(颯太、昼休みの平穏はもう厳しいかもね。颯太に自分の事をもう少し理解させてあげないとダメかなあ……)


 教室で皆に『あれも芝居の練習の一環みたいだよ?』と告げた和樹は、テラスでギリギリまで粘ってのんびりしよう、と決めたのだった。



 演劇部の部室の前で立ち止まった蘭は、綾乃に電話をかけ始めた。


(すっごいなぁ、ドアにモニタが設置されてるよ……手を置くところがあるのはもしや、指紋認証センサー?)


 これはもう部室というより理事長室と言っていいのでは?と冷や汗をかく颯太。


「綾乃か?うむ、颯太を連れてきてやったぞ!だが、今日もこれから颯太と乳繰り合うのだ!手短に頼むぞ!」

「あ・い・ま・せ・ん!」

「あ、入ってきて〜!今ちょうどきたばっかりなのぉ」


 その言葉に目の前のモニターが、ぴっ!と青く光った。

 するする、と扉が横に動いていく。

 

(うわ、すご!ひっろい!しかも鏡張りがされてて、ダンススクールみたい)


「こっちこっちー」


 キョロキョロ、と初めての大都会!という風に周りを見渡す颯太。


 その腕を教室から離していなかった蘭は、そのまま声の方角へと颯太をまた引っ張っていく。


「蘭先輩、引っ張りすぎですよ!あとご飯の事忘れないで下さいね!遅弁とか嫌ですよ?!」

「おお、もちろんだ!颯太の弁当楽しみだな!」


 あああ!そうだった!どうせなら売店に行く時間も欲しいかも……と思った颯太は急に立ち止まった蘭の後頭部に額と鼻をぶつけた。


「いたっ?!……ごめんなさい!先輩の頭に頭突きを」

「うむ。何だ、取り込み中だったか?すまんな綾乃」

「だいじょぶだよ〜見せパンだし!颯太くん、初めまして♪」

「あ、はい!青空颯太です!……店パン?ご飯中?」


 蘭の背中から挨拶の為にひょこっ、と顔を出した颯太。


 そこには。





 二人に背中を向け。


 ひょいっ!と曲げた片脚の足首に引っ掛かり、ぷらぷらと揺れる制服のスカート。


 そのスカートに片手を伸ばし、はらり、とブラウスが申し訳無さそうに乗っかった白い白い臀部と、それを全く隠せていないティーバックの腰紐を見せている綾乃がいた。


「きゃー!!!」


 は叫びを上げた。

 顔を手で隠して、くるりと後ろを向く。


 そこに。


 自分のスカートの脇をぺろん!とめくり、内部の確認をしていた蘭が呟いた。


「……む?今日は湯文字であった!今から私も見せパンと洒落込むぞ!尻を晒せばいいのだな、颯太!」

「湯文字?…………和装下着履いてすらない?!そもそも見せパンの認識が絶望的に間違ってますよ!見せてもいい下着の事じゃないかとっ……!」


 颯太は蘭の袖を掴んで、蘭の動きの邪魔をする。


 ぐきぎ、と攻防を繰り広げる両者。


「脱げん。離さんか」

「離しませんよ!世界がここで終わってもぉ!」

「颯太……近いぞ?」


 背中を向ける二人をにこにこと見つめる綾乃。


(これで、颯太くんの颯太くんが大変な事になっちゃったりして!それとかそれとか、ハアハアして私や蘭ちゃんに、とか!……まぁ、そうなったらルンバ達と蘭ちゃんが叩きのめすでしょ。さあ、本性見せなよ)


 綾乃の瞳の奥が、微かに冷たく光った。






 だが。


 綾乃はまだ知らない。


 颯太が、何もしなくても。

 

 綾乃が大変になる事を。

 

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