第7話 先輩、それは貸しじゃなかった。

(はあ、今日も昼休みが堪能できなかった……)


 ふらり、よろよろと颯太が教室に辿り着いた瞬間。


 クラスメイトの面々が一斉に颯太を見た。


(あー!忘れてた!どうしよう、どうやって説明すれば……!)


 そろーり、そろそろと自分の席に向かう颯太。


 すると。


 席についていた生徒達から、わいわいきゃあきゃあと声を掛けられた。


「青空!あの由布院先輩とすっげえな!」

「あ、うん……」

「さっきの、先輩のお芝居に合わせてたんでしょ?だまされちゃったよー!」

「え?」


 思いがけぬ言葉に驚く颯太。


「もう!夜乃院君が教えてくれなかったらほんと……はふぅっ!て感じだったよ!」

「由布院様はまた来るのか?くふふ……ラノベ劇の続きを楽しみにしているぞ!」

「オレ附属なのに目線すら合ったことねえよ……青空!またご招待してくれよ!」

「あ、はは……呼んだわけじゃないし、どうかな……」


 顔を赤らめたり頬に手を当てて騒ぐ生徒達に愛想笑いをしつつ、和樹を見やる。


 和樹は自分の席でバツが悪そうに頬を掻いていた。




 青空、じゃあな!

 夜乃院君、また明日ねー!

 青空君ばいばーい!


 クラスメイトと挨拶を交わしながら、校門へと向かう颯太と和樹。


 昼休みに思いついた通り、颯太は蘭や近、できれば皇城綾乃の事を和樹に教えてもらおうと声を掛けていたのだ。




 昼休み。


 颯太は蘭に挨拶をして教室に戻ろうとしたところに、


「綾乃が颯太に会ってみたいと言っていた。明日の昼休み、演劇部に赴かないか」


 と、誘われた。


 昼休みを癒しの特等席で、と決めている普段の颯太なら、蘭とのドタバタも含めて、『いえ!結構です!』と即答する所である。


 が、その昼休みが脅かされている状況であり、昨日と今日の蘭の行動の一因に、綾乃の影響がちらほらと見え隠れしている。


 それどころか、綾乃が颯太と絡む蘭の行動を楽しんでいる節もあるのだ。


 このままでは蘭が昼休み毎に中庭か教室にやってくるか、今日の様子だと颯太が雲隠れしても怒涛の勢いで探されそうな気がしてしょうがない。


 ならば。


 むしろ、蘭に貸しを蓄積している綾乃に相談をするのはどうか。


 そう考えた颯太は和樹に頼み込んで一緒に帰る事にしたのだった。


 てくてくと廊下を歩きつつ、和樹が颯太に申し訳なさそうな顔で言った。


「颯太、今日はゴメン……まさか颯太と昨日知り合ったばかりで蘭姉ぇが教室に押しかけてくるとは予想外すぎて……」

「あはは、ゴメンもう何回目?本当に気にしないでいいよ。むしろフォローしてくれて本当に助かったから。訳ありなんだろうなって分かったし」


 そんな颯太に、ホッとした顔を見せる和樹。


「そう言ってくれると助かるよ、ありがとう。ま、蘭姉ぇは颯太のお察しの通りだよ。うち夜乃院、そして遠鳴の本家。由布院のお嬢様なんだよね。ちなみに、綾乃さんも学院の共同設立者の一家、皇城家のお嬢様」


 



 同時刻。


 蘭は活動前の演劇部部室に綾乃と共にいた。


 蘭は、これでもか!と言わんばかりにドヤ顔である。


「ふふ、綾乃が颯太を見て、その尾てい骨が、きゅう!となるところが見れると思うとな」

「蘭ちゃん、それは何がどうなるとそうなるのかな?でも、お手柄!貸しを5個あげよう!」

「そうか。恩を受けるばかりで心苦しい限りだが」


 流れるように蘭への貸しを増やしていく綾乃。


 蘭は、何故お手柄で綾乃への貸しが増えているのか、という事に疑問を持つ素振りもない。


(蘭ちゃんはうまく誘導して、たまに発散させてあげないと暴走しちゃうからねー)


 そして、綾乃は考える。


 蘭の無意識の防衛ラインを、驚くべき事に昨日今日で全てくぐり抜けたように見える青空颯太。


(こんなに嬉しそうに誰かの話をする蘭ちゃん久し振りだなぁ……和樹くんやチカちゃんと遊んでた頃みたい♪)


 目の前で、颯太がな!颯太はな!む?おい、聞いているのか綾乃!颯太を絞め落としたくなるこの気持ちは何だ!

と、はしゃぎにはしゃぐ蘭を見て、うんうん聞いてるよ~、それはハグかな~?絞め落としちゃだめー、とついつい微笑んでしまう綾乃。


(明日、楽しみ!不埒な輩なら本気の貸しで押さえつけてもいいし、蘭ちゃんの邪魔にしかならないなら、うちのルンバ実行部隊に投げちゃおう。よし!作戦けってーい!あ、ちょっと颯太くんの事調べさせよっかな、うん)


 綾乃はそんな内心を表に出さず、蘭ににっこりと笑いかけて言った。


「颯太くん、早く見てみたいなあ!」

「うむ!だが、見るだけだぞ!女子が年頃の男子に触れたら駄目だということは弁えておくべきだ」

「蘭ちゃんはいいの?なんかずっるーい♪」

「私は唯一の弟子だ!天上天下何とやら、だ。師に一番身近で教えを請わないといけないのだから、な」


 綾乃は流石に、口に甘々の和菓子を詰め込んだ様な顔をしたのだった。



 翌日の昼休みに、颯太に降りかかるドタバタ。


 当然、今は誰も知らなかったりする。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る