第6話 先輩、そして遠鳴近。
中庭で。
わたわた!ぐぬぬ!と競り合う颯太と蘭。
礼がしたい。
お気持ちだけで十分ですよ。
その部分だけを見れば、義を重んじる女子と謙虚な男子が織りなす微笑ましいエピソードである。
が。
そこに、ひざ枕、スクール水着にエプロン、というキーワードが入ってきた結果がこれ。
颯太は、蘭の来襲が続くのなら一度綾乃と話をする必要があるかも……と考えた。
(些細な事のお礼でひざ枕や水着エプロンなどを考えついて蘭先輩を誘導する……厄介すぎるでしょ!)
果たして僕に太刀打ちできるのか……などと意識を綾乃に囚われていた颯太。
それを蘭が見逃すはずもなく。
「対峙している最中に上の空とは、不覚悟」
「……わっ?!」
ニヤリと笑った蘭に両肩を掴まれた颯太は、くるりん、と方向を変えさせられ、後ろから頭を抱えられた。
「どうしてもひざ枕がしたくなった、許せ……む?」
「うわ?!ちょっと何?!」
「何をしている?早く頭を降ろせ」
「わー!」
颯太の後頭部は膝にたどり着く前に、蘭の胸元で引っかかってしまっていた。
驚きの高反発の感触に、恥ずかしさでもがく颯太。
が、ほぼ羽交い締め状態である。
「何でこうなるんですか!離して!く・だ・さ・い!」
「そうか、これはこれで楽しいな」
「ふぐうう!身動きが取れないのは何で!」
ふふふ、と新たな距離感を楽しむ蘭と、ガッチリと抱え込まれながら足をジタバタとさせている颯太。
そこに。
颯爽と駆けつけた少女がいた。
遠鳴近であった。
●
「青空君を離してくださいっ!」
「む?」
「遠鳴さん!」
近はたたた!と駆け寄り、颯太の袖を引っ張る。
「昨日の乳繰り娘か。私の乳繰りを邪魔するな」
「いい加減乳繰り合いから離れてくださいよ!」
「ふぬぬ……!私の癒やしによくもよくもっ」
近は蘭に構わず、顔を赤くして颯太を引っ張る。
「やれやれ。飛んだ闖入者がいたものだ」
蘭はため息と共に、そっと颯太の身体を手放した。
当然、颯太の身体は勢いよく引き上げられ。
「きゃあ!」
「あいたっ!……遠鳴さんっ!」
接触し、よろめいた近を何とか抱きとめた颯太。
「遠鳴さん、ごめん!痛かったでしょ今!」
「大丈夫だよ!くふふぅ、いい匂い。ちょっと先輩!」
「え?」
顔を嬉しそうに赤らめながら、叫んだ近。
「蘭だ!」
「由布院先輩、相変わらずですね!」
「……そうか、まあいい。私を知っているのか?」
「えっ?」
近から出た脈絡のない言葉と、また蘭の目がすとん、と一瞬座った事が気になりつつも、蘭と近が知り合いだという事に驚く颯太。
●
「私の事、覚えてないですね?わかってましたけど」
「ふむ。遠鳴……遠鳴」
「蘭先輩と遠鳴さんが知り合いだったなんて……」
「そうなのか?颯太」
「……はい?」
「かっ……ちーん!!」
ぐぎぎ、と歯を食いしばって蘭を見据えた近。
これ、どうなってるの……?と目を瞠る颯太に近は顔を寄せて囁いた。
「正確に言うと、私は夜乃院君の親戚。昔から何度も私達を『修行』とかいって地獄巡りさせてた癖に……!ふふへ、いい匂い」
「そうなんだ……え?」
シリアスなのかどうなのかハッキリしてよ……と悩む颯太をよそに、近の言葉に、こてり、と蘭は首を傾げた。
「確かに和樹と一緒に居た娘はいたが、あれは話し方も野生味溢れる愉快な……」
「それは、こうだったんじゃないですか?……相変わらず戯けていやがりますね!由布院様!」
「おお!久方振りだな近!達者で何よりだ!」
「…………………ええ?!」
颯太は豹変した近の態度と言葉に瞠目した。
あう!と慌てた様子で口を押さえる近。
だが、怒り心頭の近は止まらない。
「そーた君!ホントはスゴイんだから、この世間知らずのお嬢様を、きゅ!って捻って『バカもうえっちー!』って懲らしめてやんなよ!」
近は、ぐわっ!と蘭の胸元を指さした。
「何で僕ー?!それに捻るってなんか違うよね?!」
「あの無駄におっきい部分の先!私、密かに研究し続けたの!強くても、生き物なら絶対に鍛えられない部分っ!」
「生なましい!誰か止めてー!!」
紛うこと無き思春期男子の颯太が、蘭のお胸の話題で、あうあうー、と顔を赤らめていると。
「む?そうだな。時には丹念に肩をほぐして貰わんと凝って仕方がない。近と足して2で割れば程良かろうに」
物憂げに首を、こきりこきり、と捻る蘭。
悪気はないんだろうなぁ……と少しだけ蘭を理解してきた颯太だったが、近の怒りは臨界点を越した。
「ぎゃー!そーた君!私を極限まで貶めるあのお嬢様に鉄槌を!早くきゅっ!泣くほど摘んじゃって!早く!」
「だから!僕に何をさせようとしてるの?!」
「ここだよ!由布院先輩のこの辺りぎゅー!ここっ!」
近は、自分の胸を2ヶ所指さした。
ここっ!
ここっ……
ここぉ…………
中庭に近の声が木霊する。
颯太は堪らずに叫んだ。
「遠鳴さん!手!手を降ろしてー!」
「ふむ?近はそこなのか?下寄りだな。私はこ……」
「先輩!お黙りなさい!もうやめてー!!」
「蘭だ!」
そんなやり取りを見ていた近は、ゆっくりと自分の上半身に目を落とし、ゆっくりと両手を下げ。
そして。
うつ向いたまま両脇から支えられ、呟きはじめた。
「乙女の秘密、ヒミツをヒミツをヒミツをヒミツをそーた君に知られた……そーた君のえっちばかすけべっ、へんたいおとこのこっ……なとこを見てみたい……」
「僕が何をした……うええ?!」
「お嬢様。今は逆風、体勢を立て直しましょう」
「ねんねんころりーころころお嬢ー」
中庭常連の、颯太に頭を下げる女生徒Aと手をひらひら、としつつ頭を叩かれた女生徒Bが近を抱えて遠ざかっていくのを見た颯太。
(まさか、あの人達が遠鳴さんの付き人とは……)
「うむ。近は愉快な奴だ。む?颯太の突端はここか?」
ずびし!!
「ふぬあ!」
「遠鳴さんの代わりです、もうホントに……」
チョップをした颯太は、オデコに手を当てた蘭をそのままに、近にお礼を言う事と和樹に話を聞く事を忘れない様にしようと思った瞬間。
キーン、コーン。カーン、コーン。
昼休みを終えるチャイムが鳴り響いたのだった。
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