第9話 綾乃先輩、座り込む。

(でもでも、思ってた流れとは違うのよねー)


 目の前で背中を向けて、ふんぬぬぬぅ……!とお互いの腕を掴み小競合いをする二人を見つつ、綾乃は頬に手を当てる。


(いきなり女子の着替えに遭遇した颯太くん。そのまま主導権を握って、颯太くんの内面や綻びを見極めようとしてたんだけど)


「私の尻は綾乃に引けをとらん!朝もすべすべのつやつやだったぞ!」

「……!そんな自己申告、いらないで、すぅ……!」



(でも。蘭ちゃんの言葉と行動で、颯太くんの意識が私から外れた。狙ったのか、それとも……まさか、蘭ちゃんが……ヤキモチ?!)


 綾乃は、そそくさ、とスカートを履いた。


(どちらにしても、振り出し。後は、出たとこ勝負のぶっつけ本番!綾乃ちゃんは一筋縄ではいかないよ!)


 綾乃は楽しそうに、ぺろりん!と舌で唇を湿らせ。


 そして。


「蘭ちゃん、颯太くん!ごめんね〜お待たせ!」

「颯太!手刀の構えはよせ!ふぬぅ!……む?綾乃、支度は済んだか」

「い、いえ!皇城先輩!申し訳ありませんでした!」


 綾乃の声にくるり、と振り向く蘭と颯太。

 どことなく満足そうな蘭の横で、颯太が頭を下げた。


「ごめんね〜お恥ずかしいとこ見せちゃって!君が、蘭ちゃんの先生の青空颯太くん、だね!皇城綾乃です」

「はじめまして、青空颯太です!こちらこそごめんなさい……先生なんて、そんな!」

「うむ!私は颯太の弟子、由布院蘭だ!」

 

 わたわた!と手を前に出す颯太と、蘭に笑う綾乃。


「実は僕からも皇城先輩に伺いたい事がありまして、先輩のお話の後によろしいでしょうか……?」

「もちろんだよ!私は蘭ちゃんに聞いてた颯太くんと少しお話がしたかったの!お昼ご飯も食べなきゃね♪」

「乳繰り合いも外せんぞ!」

「外して下さいよ……」


 綾乃は二人と会話をしながら颯太の事を観察していく。


(うふふ♪今のとこは聞いたとおりの、後輩です!みたいな感じだね!ただ、蘭ちゃんが手放しで惹き寄せられる理由には弱いなぁ。蘭ちゃん大好きの後輩は山ほどいるし)


 綾乃に取って蘭は、違う財閥とはいえ幼い頃からの親友であり、同い年とはいえ危なっかしくて目の離せない妹のようであり、ついつい構いたくなる存在であった。


 今までにも、蘭に悪影響を与えそうな相手や謀略は何度も陰に陽に綾乃は叩き潰している。


 今回は余りにも蘭が楽しそうなので、綾乃も乗っかってちょっと楽しんでみただけだ。


 しかし。


 綾乃はこれ程に何かに傾倒する蘭を知らない。


 蘭が和樹や近と戯れていた幼い頃とは違う、武術や学問、演劇よりも濃くて深い、まるで恋慕に近い蘭の言動。


 綾乃は、まるで掌握されたかのような蘭を危惧した。

 

 だが。


 真実は極めてシンプルだった。



「颯太くんは蘭ちゃんと中庭で知り合ったんだよね!」

「はい、僕がお昼休みに……」


 話しだした颯太と綾乃の視線が真正面から向き合った。

 綾乃は、ひとつも見逃さない!と颯太の目を見る。


(このコの瞳、深いなぁ。見てて落ち着く……え?)


 綾乃は颯太の瞳の奥に、違和感を見つけた。


(何か嬉しそう?それに……私が学院の関係者で財閥の事も知っている筈なのに)


 " あなたは、どんな人ですか?"


 まるで、颯太の優しく慈しみのある笑顔から、そんな気持ちが綾乃に流れ込んできているようだった。


 だが、綾乃に不快感は全くない。


 覗き込まれる、というよりも、


 " あなたを知りたいです "

 " 僕はこんな人間です "


 と、すぐ側で優しく語りかけられている気分だった。


 そして。


 綾乃は、違和感の原因に気付いた。


(……このコ、まさか!?!肩書や余計な事を抜きで私自身皇城綾乃を見ようとしてるの?!)


 意識と行動を程よく切り離して颯太と話していた綾乃の言葉が止まった。


「……!」

「……?」


 そんな綾乃を見て、目をパチクリとさせる颯太と蘭。


(きっと……このコは私に自分自身青空颯太をいつでもさらけ出せるんだ……!特別扱いを嫌がる蘭ちゃんがこのコを気にする理由はコレなのかも……!)


 そして同時に、綾乃は戦慄した。


 財閥のお嬢様という肩書。

 学院の創立者の一族。

 人脈。

 財力。


 そういった全てを脱ぎ捨てた自分をさらけ出せるのか。

 この、空や海を思わせる、全てを慈しむような深く深い瞳の少年の前で。

 

 さっきまで、財閥の力を背景にして颯太を翻弄しようとしていたのではないのか。


 小賢しい罠を張って、相手を値踏みしようとしていたのではなかったか。



「!!」


 綾乃は、自分の先程の恥態を思い出し、自分の身体を抱き締めた。


 それは、綾乃が初めて抱いた、自分への羞恥だった。


「む?どうした綾乃」

「す、皇城先輩、大丈夫ですか?」


 蘭と共に、気遣わしげに綾乃を見る颯太。


 再びその瞳を見た綾乃は、


「!!!」


 ぺたっ!!


 と床に腰を落とした。


(うそうそうそ!何で何で何でぇ!)


 綾乃の気持ちより早く、身体が颯太にしたのだった。




 

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