24話 【呼び出し手】vs【魔神】

『ゴルルルルル……』


 自身の体に刻まれた切り傷を忌々しげに眺め、デスペラルドは低く呻いた。

 デスペラルドの体を覆う瘴気の正体は超高密度の魔力であり、それはあらゆる物理攻撃を受け止め、魔術を阻む障壁にも転換可能な代物だ。

 だからこそデスペラルドは無敵の【七魔神】の一柱として、かつては世界最強の一角として君臨していた。

 しかしながら、デスペラルド自身に攻撃を加えることは不可能ではない。

 その手段は、例を挙げるとするならば……。


『神獣を束ねし、忌々しい【神獣使い】がッ!!!』


【七魔神】ほどでないにせよ高密度の魔力の塊である、神獣の力が篭った攻撃などだ。

 かつて初代【呼び出し手】が【七魔神】をいくらか倒せたのは、要するに神獣の力を幾重にも束ね、魔神が生み出す瘴気の防壁を強行突破できたからに他ならない。

 加えてデスペラルドは復活してまだ長くなく、力どころかその身に纏う瘴気も全盛期のように完全ではない。

 ……それは、つまり。


『させるものか、ジャリ如きに再び我が身を砕かせはせんぞ! 小僧ォォォォォ!!!』


 ローア、フィアナ、マイラという三体もの神獣の力を『武装』する形でその身に束ねているマグであれば、十分にデスペラルドを打倒できるということである。

 まさか目の前のジャリが三体もの神獣の力を束ねているとは、とデスペラルドは歯嚙みした。

 神獣どもをダンジョン最奥に引きずり込んで各個撃破するつもりが、デスペラルドはこの時代における自身最大級の天敵を呼び寄せてしまったことを、今更ながらに理解したのだった。


 しかしながら、一方のマグと言えど──


 ***


(──くそっ、段々息が切れやすくなってきた。神獣の力が大きすぎて、体にかかる負担もバカにならない……!!)


 俺はデスペラルドの攻撃を回避していくうちに、段々強く疲労が溜まっていくことを感じていた。

 武装から神獣三人の力を引き出し続けてしばらく。

 俺自身の身体能力は神憑り的なまでに向上していたが、流石にデメリットもあるようで疲労感が無視できない域にまで達しようとしていた。


「【魔神】を倒す活路は見えたけど、長期戦はヤバいか……くっ!?」


『どうした【神獣使い】! 先ほどまでの威勢は失せたか!!』


 デスペラルドは巨体を活かして、縦横無尽に暴れ回る。

 ここが岩だらけの地下空間であるということもあり、奴が拳を打ち付け大鎌を振るうだけで、岩が飛び散り天井の一部までもが剥がれ落ちてくる。

 奴の攻撃も飛んで来る岩も降ってくる天井も、まともに当たれば致命傷は免れない。


「ダメだ、このままじゃ近寄ることも……!」


 デスペラルドの攻撃を縦横無尽に回避しながら、思考は奴を倒す方向へ傾ける。

 人間二つのことは同時にできないってよく言うが、今は強引にでもやらなきゃ死ぬ状況だ。


『甘いぞッ!』


 デスペラルドが拳を引っ込め、瘴気を矢にして飛ばして来た。

 至近距離まで詰め寄られていた俺は、必然的に後ろに下がろうとする……が。


「壁際……!?」


『今更気がついても遅いわァ!!!』


 狭苦しい地下空間が災いして、俺は後ろに跳ね飛んだことで遂に壁際まで追い込まれた。

 デスペラルドは幾重にも瘴気を使い、矢を百に届く勢いで生成して高笑いした。


『これで終わりだ。悔いて逝くがいい、【神獣使い】!!』


「……ッ!! こんな数ありか!?」


 一本一本が俺並みの大きさの矢が、視界いっぱいに展開されている。

 一発でも当たれば即死の癖にこの数、流石に防御しきるのは不可能だ。

 ……流石に【魔神】、だがこうなったら!


「一かバチかだッ!」


 俺は長剣と短剣を構えて、デスペラルドに向かい突撃した。

 後ろへ回避しきるのが不可能な今、もう前に突き進むしかないのは明白。

 そのまま棒立ちしていたら、何もできずに死が確定する……!


「ウオオオオオオオ!!!」


『カカカカカ! 自棄とは面白い、このデスペラルドを愉しませてみせろ!!』


 デスペラルドは瘴気で生み出した矢を爆速で放って来た。

 俺は展開したマイラの水の盾を頼りに、前へ前へと突き進んでいく。

 だが、さしものマイラの力も【魔神】の矢の雨を全ては防ぎ切れず、盾が砕けた箇所から矢が次々に掠めていく。

 その度に肌と肉が削れ、激痛が走って喉奥から声が漏れた。


「ぐ、ああぁ……!」


『終わりだ、終われ! 【神獣使い】!』


「まだまだァァァァァ!!!」


 俺は長剣から爆炎を吹かせて、その勢いで真横へと強引に飛び退いて矢を避けきった。

 地面に倒れこむようにして着地した時には体中傷だらけで血塗れだったが、それでもまだ生きている。

 ……力を使いすぎたのか、今にも倒れたまま意識が飛びそうだ。

 それでも、まだ俺は生きている!!

 顔を上げてデスペラルドを睨みつけると、デスペラルドは歯ぎしりした。


『……その目、その目だ。このオレを射殺すような鋭い眼光、生を滾らせる強い瞳。オレはかつてその目を持った男をたかがジャリと侮り、滅ぼされかけたのだ……!!!』


 デスペラルドは地獄から吹く風のような咆哮を上げ、その身から吹き出す瘴気を大鎌に凝縮させていった。


『最後に言おう、【神獣使い】! ……お前は、弱くなどなかった。オレの攻撃を幾重にも凌ぎ、あまつさえ滅びの恐怖をも抱かせた! 恐らくは、蘇ったこの時代における最大級の天敵であったことだろう……だが!』


 デスペラルドは骨張った空っぽの大口で嘲笑し、大鎌を構えた。


『分かる、オレには分かるぞ! 三体もの神獣の力に、お前の体はまだ慣れきっていない。神獣の力を扱う限界を迎えつつある今、お前に最早勝機はない……!!!』


 俺は長剣を杖代わりにしてよろめきながら立ち上がり、デスペラルドを見据えた。


「ああ……多分、お前の言う通りだ。今の俺じゃあ、皆の力を使い続けるのは難しいかもしれない。……でもな」


 俺は長剣と短剣を構え、デスペラルドに吠えかかった。


「俺の体が動かなくなる前に、お前を叩き斬ってやる!!」


『ほざけ、下等種族めがァ!!!』


 デスペラルドは大鎌を降って、今度こそ俺の命を絶ちに来た。

 小細工なしの真っ向勝負。

 その動きはあまりに素早く、目で捉えるのが難しいほどの速度。

 この分だと俺がカウンターを決める前に、奴の鎌が俺に届く。

 ……ならば、受けて立つまで!


「ぐ、おおおおおおおお……!!!」


 ガァン! と鉄と鉄のかち合う甲高い激音が轟く。

 奴の大鎌と俺の長剣と短剣が激突し、激しく火花を散らす。

 俺の足場が砕け、デスペラルドの力により周囲の岩石が木っ端みたいに吹き飛んでいく。

 それでも俺は膝を折らない、この膝は折れない。

 凄まじい負荷が体中にかかって、両腕は神獣の力で強化されているがそれでも血が吹き出した。

 俺は死に体寸前だったが、デスペラルドはそんな俺を見て瞠目していた。


『何故、何故倒れんのだ!? 肉体が既に限界を超えているのは明白! なのに何故だ……!!!』


「何故? ……簡単な話だ」


 俺はデスペラルドを睨みつけ、両腕に込める力を更に増した。


「死ねないからだ。俺はまだこんなところで満足して死ねるほど生きちゃいないし、ローアとの約束だってあるんだよ……!!!」


 ……そうとも、まだ死ねない。

 俺は前に【デコイ】を授かって死ぬような運命、受け入れられるかって思っていた。

 でも今はそれだけじゃない、生きて守らなきゃいけない約束だってある!


「【魔神】だか何だか知らないが、お前なんぞに負けてやる道理はない! それにお前はローアたちを狙ってたらしいけどな。……その時点でも、俺はお前に負けられないんだッ!!」


 この力は前に、ローアたちのために使うとも約束した。

 だったら俺が退く訳にはいかない。

 ローアたちを守るためにも絶対に……!!


「ハァァァァァッッッ!!!」


 短剣の力で両足から大地の力を取り込み、同時に長剣から爆炎を吹かせて全身を再強化し、一瞬で大鎌の刃をへし折る。

 その際に生じた爆発の如き衝撃に、デスペラルドの体を覆っていた闇の瘴気が薄れ消えた。


『な、ああぁ……!?』


 驚愕の声を上げるデスペラルド。

 だが同時に、衝撃の余波で俺の長剣と短剣も地面に突き刺さってしまった。

 けれど、まだだ。

 この隙を絶対に逃してたまるか……!


「これで最後だ……行くぞッ!!!」


 俺は腕輪から練り出した水を槍の形状に変化させ、踏み込んだ。


「貫き、届け!!!」


 武装に残った神獣の力をありったけつぎ込んだ攻撃を、デスペラルドは往生際悪く両腕を交差させて受け止めてきた。

 だが、槍の先端は神獣の魔力で高速回転してデスペラルドの腕を削り穿っている。

 身を削られる苦痛に、デスペラルドはくぐもった声を上げた。


『グ、ガガガガ……!? あり得ん、あり得ん!! 何故だ、どうしてお前は人間の分際でそんなにも……!! ……いやそうか、分かったぞ! 違和感の正体がァ!!!』


 デスペラルドは血を吐くように絶叫した。


『このデスペラルドは「何か」に、神獣の力に引かれて目覚めたのだとずっと思っていた。だが違った。オレは神獣の力を感じてはいたが、実のところはお前に引き寄せられていたのだ……!』


「俺にって、 まさか【呼び出し手】スキルの副作用か!?」


 俺の声は魔物と同じく、ダンジョン深くの【魔神】にまで届いていたのかと思うとなんともやり切れない気持ちになったが、デスペラルドはそれを強く否定した。


「否! そんなスキルなどと言うチンケなものではない。いかなる逆境をも、この【魔神】の魔の手をも跳ね除け生き抜こうとするお前の猛き魂が!! 引き寄せるのだ!! 善悪を問わず強き者を、勇ましき魂を宿す者を!!!」


 デスペラルドの両腕にはヒビが入り、次第に砕けていった。

 そしてデスペラルドは最後、奴の両腕が砕けきる手前で大きく吼えた。


『不完全ながらこのデスペラルドを滅ぼす【神獣使い】、心せよ! 【魔神】を倒した人間は最早、人間の範疇にあらず! その力は必ず、お前をさらなる戦いに誘うであろう……!!! その運命、波乱に満ちたものと恐れながらも覚悟せよ!!!』


 俺はデスペラルドへと、血まみれの両腕で槍を押し込んで告げた。


「抜かせ【魔神】! たとえこの先何があっても、俺は皆と一緒に一人の人間として生き抜いてやる。お前にとやかく言われる筋合いは一切ないッ!!」


『ほう、俗物であり続けるか! 我を滅する、世界最強の神獣使いが! しかし……それでこそと言うものか!』


 神獣の槍が遂にデスペラルドの両腕を破壊し、奴の胸部に到達して貫通する。

 同時、デスペラルドの『核』とでも言うべきものが砕けた感覚が、両腕と魂を通じて伝わってきた。


『オォ……オオオォ……ォ……』


 デスペラルドは地に溶け去るようにして、その身を崩壊させていく。

 呪詛も恨みも吐かず、ただ静かに滅んでいく。

 ドラゴンの間で語り継がれる【魔神】にしては、あっけなく思うほどの最期だった。


「やった、よな……」


 力を完全に使い果たした俺もまた、地に倒れて意識を闇に投げ出した。

 ……それでも、ローアたちを脅かす魔神を倒し切れた。

 その満足感を胸にしていた俺の心中は、地下深くにいながら晴れ晴れとしたものだった。

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