25話 【呼び出し手】と日常への帰還

「うっ……」


 意識が覚醒していき、ゆっくりと瞼を開く。

 俺はいつの間にか、自室のベッドの上に寝かされていた。


「俺は確か、デスペラルドを倒した後……」


 その場に倒れて意識を失った……のだと思う。

 倒れた後の記憶がないから、多分そうだ。


「なら、何で俺の部屋に……」


 と、独り言を呟いたその時、数度の軽いノックの後に部屋のドアがかちゃりと開いた。


「お兄ちゃん、入るよー……あっ」


 よく聞き慣れた、少し舌足らずで柔らかな声。

 桶やタオルを持って来たローアは、俺と目を合わせて少しの間固まった。

 それから目の端に涙を浮かべて、手に持つものを素早く置いて飛びついて来た。


「お兄ちゃん、起きたんだね! 良かった、わたし本当にどうなるかと思って……!」


「ごめん、心配かけた」


 俺は抱きついてきたローアを抱きしめ返し、しばらくそのままでいた。

 ローアは鼻声で、震えながら話し出した。


「お兄ちゃんが危ないって分かっていたんだけど、わたしたちもダンジョンの最奥には簡単に行けなくって。それでも頑張って辿り着いたら、お兄ちゃんが血まみれで倒れてて……うぅっ。お兄ちゃんのばかぁ……」


「本当に悪かったよ。……無茶しすぎたって、今は思う」


 俺はローアを抱きしめながら、あの時のことを思い返していた。

 全く、逃してもらえる雰囲気でもなかったから応戦したものの、【魔神】相手によく生きていたものだ。


「でも、俺が生きていられたのはローアたちのお陰だ。ローアたちが力を俺に託してくれてたから、どうにか助かったよ」


 するとローアは、目を見開いて声を上げた。


「【魔神】……!? それじゃあやっぱり、お兄ちゃんの隣で消えかかっていたのって……!」


「ローアうるさいぞ、ご主人さまが起きちゃう……って、あ」


 ローアの声が外まで聞こえていたようで、フィアナも俺の部屋にやって来た。

 フィアナはさっきのローアみたく固まってから……やっぱり飛びついてきた。


「ご主人さま、ローアが張り付いてるならアタシもだっ!」


「ちょっ、フィアナ……!?」


 フィアナもローアに負けないくらいにぎゅっと抱き付いて来た。

 最初にフィアナと会った時に「そこのちびドラにやってあげてアタシにやらないなんてこと、今後はナシ!」と言われているから、こうしてフィアナまで張り付いてくるのは何となく分かっていたけども。

 フィアナも心配してくれていたようで、俺の体をゆっくりと触診し出した。


「うんうん、怪我もすっかり治ったみたいね。見つけた時は血まみれだったから、どうなることやらと思ったけど」


「血まみれ……ってそうだ。俺の怪我、何で治ってるんだ?」


 デスペラルドの矢が何度も掠めて、結構深い傷だってあったのに。

 なのにどうしてと思っていたら、今度は開いていた窓の方から聞き慣れた声がした。


「わたしが三日三晩、つきっきりで治療していたからよ。……無事に起きてくれて良かったわ、【呼び出し手】さん」


 見ればマイラがひょこりと顔を覗かせていて、いつも通りに微笑んでいた。


「そっか、マイラのお陰か。ありがたい……って言うか、俺三日も寝てたのか……」


 そりゃローアもフィアナも心配して抱きついてくる訳だ。

「大分無茶なことをしでかしたな」と心の中で反省してたら、ローアが顔を上げて話しかけて来た。


「それでお兄ちゃん。さっき言ってた【魔神】についてなんだけど、一体何があったの?」


「ああ、それがな……」


 いつになく真面目なローアに、俺はゆっくりとあったことを話した。

 ダンジョンの主は【魔神】デスペラルドだったこと。

 それに【魔神】は全部で七体いるようで、【七魔神】と名乗られたことも。


「……そうだったんだね。けどまさか【魔神】がダンジョンの主だったなんて……」


「でも結局、ご主人さまを襲って返り討ちに遭ったんでしょ? 【魔神】を討ち取るなんて流石はアタシが見込んだご主人さまね!」


 フィアナがさっきより強く抱きついて来て、俺は「ギ、ギブギブ」とフィアナの手をぽんぽんと軽く叩いた。

 一応病み上がりなのと、フィアナにこうも強く迫られ続けると今でも結構ドギマギしてしまうからだ。

 フィアナは自分の破壊力を分かってるんだろうか。


「……むーっ。わたしの時と反応がちがーう」


「……そんなことないぞ、うん。本当に」


 むくれて目を細めたローアをなだめるために頭を撫でていたら、いつの間にかマイラが部屋に入って来ていた。


「あらあら。二人ともそんなに張り付いていると少し妬けてしまうわね。わたしも混ざっていいかしら?」


 意味深なことを言い出したマイラに、俺は片手を横に振った。


「マイラ、二人に乗っからなくてもいいんだぞ? それに冗談にしてもローアが本気にするようなことは……」


「えいっ」


 マイラは小さな掛け声と共に、すり寄って来た。

 それから耳元でこう囁いてきた。


「三日間も看病していたんだから、わたしにも少しくらいご褒美があってもいいんじゃない?」


「えっ、ちょっ……!?」


 マズいぞ、これはマズい。

 マイラは大人っぽいし、本当に変な気分になってしまう。

 それと、何より……!


「……。…………」


 遂にローアが、無言で涙目になっていた。

 それから大きな声で言った。


「わたしもそのうち、絶対絶対ぜーったいに! ばいんばいんになるんだからー!!」


「落ち着いて落ち着いて!? ローアも今のままでも十分可愛い……いやフィアナもマイラも笑わないでくれ!? もっとややこしくなるから!!」


 ……その後、俺はご機嫌斜めのローアを丸一日撫で続けることになった。

 最初の方はぐすんとしていたローアも、夕方には機嫌も直り。

 約束通りおんぶしてやると、普段の調子に戻ってくれた。


 なお、そんな俺とローアの姿を見た影響なのか、その日の晩はフィアナどころかマイラまで俺のベッドに潜り込んできた。

 ……そろそろ本格的にベッドを大きくしようかな、木も沢山あるし頑張れば作れそうな気もする。

 そんなことを考えているうちに、俺は皆に挟まれながらいつの間にか眠りについていた。

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