第9話 落ち延びた先はノルディスカ教国

 必死の防戦、だが敵は三艘目がある。もう取り付ける箇所は狭い、左舷のガレー船を追い越して前甲板に食らいつくしかない。それは細心の操作を要求される。

 だがマリオット海軍は見事に強行接弦をやってのけた。


「うぬぬ、乗船される!」


 そうなれば数で押されてしまい戦いにならなくなる。櫂を両手に持ったアボットが単身前甲板へと向かった。

 乗り移ろうとする兵を思い切り横から引っぱたく、櫂が折れてしまった。バランスを崩している先頭の男にもう一度反対の手にある櫂をぶつける。


「うわぁ!」


 足を踏み外して海中へ転落してしまう。盾を放せば気絶していても浮いていられるような装備、レザーネックは伊達ではない。

 素手になってしまったが迷わずに平板の上へと突進する。


「来るぞ、止めろ!」


「ウガァ!」


 転落したら溺死確実だというのに勢いを緩めるどころか全力で体当たりを行う。

 前列の四人が跳ね飛ばされて海中へ落下していった。

 中列から短い片手槍で突かれるが穂先が通らない。拳を構えて盾を殴る、二度、三度、四度と殴ると手が痺れたのか取り落としてしまう。


「しまっ――」


 転がった盾を思い切り蹴り飛ばす、両手で槍を突き出すが真正面から鎧にぶつかり折れてしまう。


 恐怖に慄く、反対の列の兵の盾を掴むと力づくで引き寄せて海へと叩き落す。


「何者だこいつは!」


 後ずさりする、軽装備で倒せる相手ではない。アボットはじりじりと進み、ついには相手の船へと乗り込む。

 平板の軸になっている一本の木柱、それに抱き着くと両腕で目一杯締め付ける。


「ウゥゥゥゥガァァア!」


 ミシミシと柱が悲鳴を上げる、嘘のような光景に唖然とした。太股位はあるだろう軸が真っ二つに折れてしまったのだ。

 しかもそれを引きちぎり抱えて戻って行くでは無いか。

 大人二人分の高さはあろう太い木柱を振り上げると、平板へと叩き付ける。


 一度目で平板が折れ曲がる。続けて二度目、メキメキと音をたてて千切れて行った。

 後甲板を見た、海軍兵は未だに互角で封じ込めに成功している。

 右舷へと移り苦戦している護衛兵の輪へと突っ込む。


「ダァァ!」


 木柱を水平にして右列の大楯へ突撃を行う。狙う必要は無い、隙間なく並んでいる盾のいずれかに当たると、後方の仲間と共に海中へ転落していった。


「皆下れ! アボット、お前がやれい!」


 数人位甲板へ乗り込まれても構わないと後退を命じた。そこへ巨大な木柱を脇に抱えた鎧男が乱入する。


 全身を使い真横に振り回す。手すりの分だけ高さがあるのが通常は位置的に有利だが、足元を強打されバランスが崩れてしまう。


「おおっ!」


 三人が一度に平板から転げ落ちる。こういった戦い方は想定外も良いところで、手の施しようが無い。

 中列の者達が盾を棄てて三人で木柱を抱えた。力比べをしようというのだ。脇に抱え込んで腰を落とす、なのにビクともしないではないか。


「ウゥゥゥラァ!」


 梃の原理、手すりを支点にして体重を下方向へとかける、すると三人の方が浮いた。


「ば、馬鹿な!」


 そのまま横へとスライドして手を放してやる。木柱を抱えたまま三人が海へとダイヴした。

 平板の突起に手を回す、膝を曲げて踏ん張る。食い込んでいた大釘が少しずつ抜けて来る。

 信じられない馬鹿力、徐々に浮き上がるとついに引き抜いて船の外へと放った。

 再度接弦を仕掛けるにはかなりの時間が必要になってしまう。


「湾を抜けます!」


 外洋へと出てしまえば小型のガレー船では航行できない、ここが限界だとマリオット海軍はすごすごと引き下がっていった。

 ガシャン。金属が鳴る音がした、アボットが倒れたのだ。

 ちょっと大丈夫ですの? って、気絶してらっしゃるのね。


「ふはははは! 良い良い。若い衆、こやつを船倉にでも転がしておけ」


 暫く寝ていて構わんと働きを認めてやる。武師は、もうクズなどとは誰にも呼ばせんと決めた。



 白地に円形の紋様のグラン・ダルジャン王国旗をメインマストに掲揚し、ゆっくりと河川へと入る。

 貨物船は無理な水深しかないが、中型帆船ならば何の問題も無い。


 白地の壁に黒い屋根、一般の住居のようなものが暫く続く。河沿いには木柵がずっと建てられていて、街路樹の先には石畳の道路が見えた。

 市民が船を見かけて手を振って来る、概ね好意的だった理由は簡単だ。王国旗のすぐ下に白地に黄色の十字架、マリーベル教の旗を掲げているから。


 ここノルディスカ教国は、マリーベル教を国教としているだけでなく、教皇が国を治めている。

 では教皇がマリーベル教の最高指導者かと言えば違う、大主教という二番目に高い位ではあるが、その上に総大主教・グランドビショップというのが存在していた。

 

 至る所に十字架が見える、ここはそういう街なのだ。グラン・ダルジャンの王城にもあった尖塔と中心の主塔、この街にある教会を模したものでそっくりなのも当然。

 やって来てはみたもののこれからどうしたらよいか、セシリアは不安で胸が一杯だった。


 自国よりも遥かに発展した街並み、複雑な思いが強い。


「姫様、もうすぐ内港ですぞ」


 白と黄色の法衣をまとった聖職者が皆を出迎える。何の先ぶれも出してないが、賓客扱いをしてくれた。

 桟橋に船を寄せて大型階段を降ろす、海軍兵が丸腰で先に下船して準備を整える。


 セシリア一行がゆっくりと階段を降りる、敗残の徒であるのは既に承知で敢えてその点には触れない。


「グラン・ダルジャン王国のご一行、ようこそノルディスカ教国へ。我々は貴殿らを歓迎いたします」


 司教の十字架を首から提げている中年を筆頭に、出迎えの皆が礼をする。


「セシリア・ダルジャン王女です。お出迎え痛み入ります。教皇メナス座下へご挨拶をさせて頂きたく願います、何卒お取次ぎを」


 セシリアは卑屈になることなく、ノルディスカの最高権力者である教皇を指して座下と敬称をつけた。

 これには司教らもすぐには反応出来ずには、だが深く観察して居なければわからない程度に間をおいて了承を返答した。


 そもそも座下と猊下では隔たりがある。いかにメナス教皇に実権が有ろうと、グランドビショップのみが許される敬称である猊下を使いはしない。

 お世辞であったり、保護を願う姿勢から持ち上げることに使用したりはありそうなものだが。


 三師の一人、使師がこれからの外交姿勢を確認した瞬間でもある。あくまで一国の代表として、他国の助力を得るとの姿勢の。


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