第10話 セシリアの初陣

 緊張を帯びながら案内に従いセシリアらが待機している馬車へと誘導される。大型階段からは渡し板に寝かされたアボットが気絶したまま下船させられていた。下まで来ると軸に両輪がついた引き荷台にと寝かされる。


「あれは何だ、随分な巨体だが、船酔いでもしたのか?」

「体力自慢がオネンネとは情けないものだ」

「自力で歩けもしないのに随分な鎧だこと」


 ノルディスカ国衛兵が私語をすると、グラン・ダルジャン兵らの耳にも届いた。この先、セシリアが不利を被ってはいけないと、怒りを無理矢理に飲み込み相手を見ないようにする。仕方ない、これは耐えるべきことだと自分たちに言い聞かせて。


「貴殿ら、礼儀がなっとらんようだが、その真意は奈辺にあるか聞かせて貰えないだろうか」


 白い髭を蓄えた武師が護衛兵らを割って進み出た。その眼光は冷徹で鋭く、言葉は変に丁寧になっている。どういう対応をしたら良いものだろうかと主任衛兵が言葉を濁す。


「滅多に目にしない体躯の持ち主が居るものだなと思いまして。大分お疲れのようですが」


 つい余計な一言を付け加えてしまう。上陸時くらい無理してでも平常を装うものだろうと、どこか含み笑いがあった。


「これは気づかなんだ。申し訳ないですな、起こしてやりたかったが疲労が蓄積しておって」


 主任衛兵の言葉尻を捉えて認めるところを認める、それは事実なのだ。怒っているのではないことに気を緩めた衛兵がにやけ笑いを浮かべる、腰抜けの都落ちご一行様だったかと。


「何せ一人で三百人以上の軍兵を撃退し、精根尽き果て気を喪っておってな。以後はきっちりとするよう、しかと申しつけることをここに約束しよう」


 刺すような視線と威厳による圧力が一気に掛られると、主任衛兵は声がでなかった。平和な街で警備に就いていた者と、長年の経験を積み、つい先ほどまで命のやり取りをしていた者との差が一瞬で格付けを終える。


「そ、それは……どうぞこちらです、ご案内致します」


「案内に感謝する」


 馬車とは別に徒歩での一行が加わる。石畳の主要通を集団がゆっくりと進む。河沿いの街並みとは違い、様々な焦点が左右にずらっと立ち並び、経済力の高さを無言のうちに示していた。

 

 中には少数ではあるがグラン・ダルジャン王国出身者も居て、しきりに手を振っている。兵らがそれに応えるようにし、市街地奥にある教皇の居城へと入城した。



 セシリアに一室、三師と兵等に合わせて五つの部屋を宛がわれ謁見の準備が整うのを待たされる。すぐに会うのも、あまり待たせるのも問題がある、そこは権威という目に見えない何かの領分なのだ。二、三日待たされるかも知れないとすら考えていたが、教皇の使いは意外と早くに部屋を訪れる。


「姫様の初陣ですな」


 難しそうにしているセシリアに筆頭三師の太師が声を掛ける。産まれた時から常に彼女の傍に在って、出来れば死するその時までそう在りたいと願う人物。


「私は……未だに混乱しています」


 正直に弱音を吐く。齢十四にして、数十の供回りだけでなく、残してきた国の行く末を背負えと言われているのだ無理もない。装飾が煌びやかな椅子に腰かけ、左のひじ掛けに両手を置いてうつむく。部屋には三師が揃い彼女を見詰めていた。


「姫はこうしたい、こうなって欲しいという夢を語って頂ければ宜しいです」


「夢……ですか?」


 気が付けばいつもそこに在って助けてきてくれた太師の顔が間近に見える。

 知らなければ教えてくれ、誤っていれば諫言し、時として肉親の情を与えてくれた祖父が。先に亡くなった王妃の父親、それが彼だ。


 娘の若い頃と似て来たセシリアの為なら、いつでも命を捨てることが出来る。


「そうです。皆に希望を与えるのが王足る者の役目。王女は国民が明日を求められるよう誘うことをお考えください」


 明日はきっと今日より良い日になる、全てはその積み重ねだと説いた。それは真理だ、希望を喪い明日を求めないものは死を選ぶ。たとえ息をしていようと、心は死んでいる。


「明日への希望……」


 難しく考えようとすれば幾らでもそうできる、けれどもこうまで簡単にされてはいつまでも暗い顔をしているわけにはいかなくなる。


「言葉は悪いですが、たかが国家の存亡です、国民が生きる為にどうあれば良いかのみをお考えを」


 元々そこには何も無かった。グラン・ダルジャン王国というものが歴史から消えようと国民は暮らしていかねばならない。逆に言うならば国が無くても生きていける。

 

「我等ここに在り、姫様の治める国の最後の民となろうとも何の異存も御座いません」


 武師も使師もグラン・ダルジャン王国があるからセシリアに仕えているわけではないと大きく頷く。

 

「行きます、見ていてください私を」


 立ち上がると先頭で部屋を出る、三師は互いに目を合わせると彼女の後ろに付き従うのであった。



 大きな両開きの扉を抜けると、高い天井と奥行きが目に入る。真正面の壁には大きな十字架、真下には玉座。黄色と白、金銀をあしらった法衣の老人がそこに鎮座している。


「グラン・ダルジャン王国王女セシリア・ダルジャン殿下、御入来!」


 左右に起立した聖職者の列、二列目には武官服や政務服の者が並んでいる。これらだけでも一行の総員を超えた人数がいるだろう。真っすぐに、一歩一歩を踏みしめるよう進む。途中で視界の端に不似合いな不思議な光景を見る。

 左手奥の壁の下、長椅子に白い短衣、水色の外套の少女が座っているのだ。気にはなったが、段の真下にまで進み絨毯の上で片膝を折り礼をする。


「遠路はるばるよくおいでになられた、殿下、どうぞお顔を上げて頂きたい」


 メナス教皇が段下で畏まるセシリアに優しい声を掛けた。そこには何の怨恨も打算も無い、慈悲の心に満ち溢れた聖職者の表情のみがある。


「聖マリーベル教大主教ノルディスカ教国国王メナス・ディスカール座下、お久しぶりに御座います」


 まだ小さい頃にここの庭で話したことがある、そう太師に耳打ちされてそのような言葉を選んだ。

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