第6話 未来へ

「ずっと、会いたかった」

「うん」

「声が、聴きたかった」

「うん」

「・・・・大好き、みっちゃん」


潤んだ瞳で僕を見つめながら、エリカは可愛らしい唇を開いて、僕に真っ直ぐに、僕が教えたとおりの言葉をぶつけてくる。

僕がずっと、聴きたかった言葉。

待ち望んでいた言葉。

そして。

エリカ自身も、心の中で叫んでいた言葉。

その言葉たちは、僕の中で萎れかけていた心を、見る見るうちに潤してゆく。


「ほんともう、エリカ不足で僕、倒れる寸前だったんだよ?」

「・・・・ごめんね」


もうどうにも我慢できずに、僕は立ち上がって、座ったままのエリカをギュッと抱きしめた。

腕の中にすっぽりとハマるこの感触も、久々の感触で。

手にかかるフワフワとしたクセ毛の感触が、くすぐったくも、気持ちいい。


「でも、僕も悪かったんだよね。ごめんね、エリカ」

「・・・・うん」


そうなのだ。

事の発端は、エリカのすぐ隣にいながら、僕がうっかりエリカ以外の女性ひとの事を考えてしまったことにある。

よく考えれば・・・・いや、考えずとも、これは失礼極まりないことだ。

なぜ、エリカにバレてしまったのかは、謎だけど。

・・・・女の勘、というヤツだろうか?

それから。

連絡が途絶えてからの僕の心の叫びを、エリカにちゃんと届けていなかったことも、ここまで拗れてしまった原因のひとつだろう。

僕がずっと待ち望んでいたように、エリカもずっと待ち望んでいたのだ。

僕からの、言葉を。僕の、心を。


要は僕たちはお互いへの想いが強すぎて、強すぎる想いに囚われ過ぎて。

想いを言葉にして、声に出して相手に伝える事に、考えがなかなか及ばなくて。

いつのまにか、負の感情に支配されてしまっていたのだ。

正に、恋のパラノイア状態。

元がネガティブ思考の僕が陥るのはまだ分かるとしても、元々ポジティブなはずのエリカまでもが陥ってしまうとは、恋とはこれほどまでに人を変えてしまうものなのだろうか。


「でもね、エリカがそんな心配する必要なんかないくらいに、僕の頭はもう、エリカでいっぱいなんだよ。エリカ、言ってくれたよね?僕の好きなところ。どんな時もずっと、エリカだけを見ていたって。そりゃそうだよ。だって僕は最初から、どうしようもないほどエリカに夢中だったんだから。それは今だって変わらない。だから、心変わりなんて、する訳が無いんだ」

「・・・・うん」


僕の腕の中で小さく頷くエリカの顔をそっと上向け、黒目がちの瞳を覗き込む。


「ずっと、会いたかった」

「うん」

「声が、聴きたかった」

「うん」

「大好きだよ、エリカ」

「・・・・うん」


エリカの腕が、僕の腰をぎゅっと抱きしめる。


「私も」


あ。

ヤバイ。

当たってる、エリカの胸・・・・


慌てて離れようとするも、エリカは僕の体を離そうとはしない。

それどころか、ますます力を入れて僕の腰を強く抱きしめ、胸の膨らみを押し当ててくる。


「エリカ、ちょっと待って・・・・」

「やだ」

「えっ」

「もう、待てない・・・・」


それ、エリカが言うか?


苦笑しながらエリカを見ると、ちょうど視線の先には、白い首筋についた赤い印が。


そうだ。

そうだった。

いい雰囲気過ぎて、すっかり忘れていたけれど!


再び、ドクンと跳ね上がる、僕の心臓。

僕の視線に気づいたのか、エリカが僕の腰に回した手を片方外して首元に当て・・・・


「これ、蚊に刺されちゃって」


と、恥ずかしそうに笑う。


「すごく、痒いの。だから、あんまりここ、触らないでね」


良く見るとそれは本当に、虫刺されの跡だった。




「やんっ・・・・そこ、痒いって言ったのに!」

「こんな紛らわしいところを刺されるエリカが悪い」


身を捩って逃れようとするエリカの体を押さえ、首元の赤い印にそっと舌を這わす。


「ん~~~っ」


痒いのかくすぐったいのか。

それとも多少は感じているのか。

エリカは鼻に抜けるような声を上げている。


久し振りのエリカとの営みは、やはりこの上もなく心地よく。

乱れに乱れるエリカの姿も、狂おしいほどに、愛おしい。


「みっちゃん・・・・」


上気した頬のエリカが、切なげな声で僕の名を呼ぶ。

これは、僕だけが知っている、僕を求めるエリカの合図。


「エリカ」


ひとつになって、耳元で名前を囁けるこの喜び。

僕はもうきっと、エリカ無しではこの先、生きて行けないのではないかとさえ思う。


「聴かせて、エリカ」

「・・・・え?」

「さっきの言葉、もう一度」


潤んだ瞳で僕を見上げながら、エリカが艶やかに濡れた唇を開く。


「ずっと、会いたかった」

「うん」

「声が、聴きたかった」

「うん」

「大好き、みっちゃん」

「僕もだよ、エリカ」


長かった夜がやっと明けて。

降り続いたどしゃ振りの雨もやんで。

今、僕たちはようやく恋のパラノイア地獄から脱することができた。

いや。

もしかしたら、この先もずっと、恋のパラノイアは続くのかもしれない。

だってお互いに、こんなにもお互いを好きでいるのだから。

恋の泉に深くはまり込んでしまった恋人たちはすべからく皆、【恋のパラノイア】となるのだろう、きっと。


「ねぇ、エリカ」

「ん~?」

「今度、エリカのとこ行きたい」

「・・・・え、っとぉ・・・・」


僕の視線から逃れるように背中を向けかけるエリカの体を、逃すまいとギュッと抱きしめる。


「行きたい。行かせて」

「・・・・片付けるから、1か月くらい待ってくれる?」

「・・・・え?」

「お片付け、苦手なの・・・・」


消え入りそうな声でそう言うと、エリカは僕の胸に顔を埋める。


「みっちゃんのお部屋はいつも綺麗だから、見られるの、恥ずかしい・・・・」


一糸まとわぬ姿でそんなことを言うエリカが、可愛すぎて。


「じゃ、一緒に片付けよう。なんなら、ついでにここに引っ越して来ればいい」

「みっちゃん・・・・」

「だから」


エリカを抱く腕を緩め、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべる彼女の肌に手を滑らせる。


「いかせて。一緒に」

「・・・・うん」


雨降って地固まる。

雨上がりには虹が出る。

長い夜の終わりを告げる朝日は、眩いばかりに世界を照らす。

僕はエリカと共に、幸せの絶頂に向かって登り始めた。


死んでもいい。

なんて思えちゃうくらい、僕にトキメキをくれるエリカ。

僕もそれくらいの、いや、それ以上のトキメキを、キミにあげたいんだ。

ねえ、この得も言われぬ高揚感は、幸福感はきっと、どんなドラッグだって敵わないと思うんだよ。

・・・・ドラッグなんて、やったことないから知らないけどね。

でも。

これからも僕たちはずっと、今よりももっと、高みを目指せるはずだから。

時にはまた、すれ違うことだってあるかもしれないけど。

2人ならきっと、生涯絶好調さ。

多分・・・・恐らく。

きっと、ね。


【終】

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