ある夫人の回想

 私と娘は領主のお城に逃げ込んだわ。

 そこが一番安全だって、馬に乗った将校さんが言ってくれたから。


 確かにお城は安全そうに見えた。


 去年だったかしら、城下町まで買い物に行った時には見た覚えのない堡塁まで築かれていたし、大勢の兵隊さんで守られていたわ。

 みんな手に剣や槍、弓矢、盾を持って、甲冑で身を固め、騎馬や騎龍に乗って、大きな投石器のような武器をずらりと並べて…

 武器に多少詳しいのは、夫と息子が軍隊に入っていて、休暇で帰宅する度に軍隊生活の話を耳にタコができるくらい話をしてくれたからですもの。


 夫と息子は…戦死したわ。

 この訳の分からない、忌々しい悪夢の戦いで。


 ともかく、私と娘は城に逃げ込んだ。

 大勢の、私と同じ夫や息子をこの戦いで失った家族と一緒に。


 それから半月が経って、城はあの悪魔の群れを何とか防いでいたけど、殺しても殺しても悪魔は押し寄せてきて、段々と兵隊さんの顔も疲れて、やつれてきて、なんでもない事で喧嘩になって…

 私達は負けかけている…そんな考えが頭をよぎったけど、夫や息子の言葉を思い出して、彼らを信じ続けたわ。


『諦めた時が真の敗北だ』って。


 でも、頭ではそう思っていても、体や現実は諦めに誘惑してくる。

 だって、諦める事は楽ですもの。

 諦めずに戦う事がどれだけ厳しい事か…


 でもその代償は大きかった…こちらが諍いを起こしている隙に、悪魔の群れはとうとうお城の防衛線の一角を破って、城内に雪崩れ込んできたわ。


 お城の中には大勢の避難民でひしめいていたわ。

 食料は空いている庭やら花壇やら、何やら…それこそ空いている所は床石を剝がしてでも畑にして作物を育てたり、家畜を育てたりして何とか凌ぐつもりだったけど…


 でもそれも終わりを告げたわ。


 悪魔の群れは避難民、兵隊さん問わず次々と喰らって行った。


 正視に堪えない光景よ…女も、子供も、老人も…ああ、頭の中に…!




(暫し中断を挟み、このまま聞き取りは完全に中止するつもりだったが、この夫人は気を取り直して聞き取り再開を望んだ)




 ごめんなさい。軍人の夫と息子を持つ身なのに取り乱してしまって…もう、大丈夫よ。話を続けさせて。


 もうダメだと思って、いっその事城壁から娘と身を投げようかとも思ったけど、1人の下士官と2人の兵隊が私と娘を連れ出してくれたわ。

 下士官はまるで、私を最初から知ってくれていたみたいだったわ。


 とにかく、私と娘は、その3人に導かれて、お城の上層を目指したわ。

 とにかく、上へ上へ。

 他にも何人かの避難民と一緒だった。


 凄く献身的な下士官と兵隊さんだった。

 時々悪魔の1匹や2匹が立ちはだかって来ても、果敢に切り伏せたわ。

 3人の顔は死を覚悟したそれで、この戦いに出征する時の夫と息子の顔も、彼らと同じ表情をしていたわ。


 それでもこの3人は、私達生き残りを守ろうと必死だった。


 さっき私が言った、『諦めた時が真の敗北だ』という夫と息子の言葉をここで思い出して、私達も必死で3人の兵隊さんの後に続いた。

 彼らを信頼して、とにかく死に物狂いで石の階段を駆け上がった。

 足が重くなっても止まらなかった。


 そしてどうにかお城の最上階に辿り着いたわ。

 そこは見張り台の役目も果たしていたけど…そこで見た景色は、このお城に押し寄せる悪魔の大群…お城は囲まれていて、私達を喰らい尽くそうと身の毛もよだつ叫び声を上げていたわ。

 下では避難民や兵士…それに騎馬の悲鳴と絶叫が聞こえてきていて…今も耳から離れない。


 他の最上階を見てみると、同じように生き残りの兵隊さんと避難民が逃げてきていたのが分かって、お互いに手を振り合ったわ。


 下士官の話では、騎龍兵団で別の避難場所に私達を運び出すとの事だったけど…それがいつになるのかは分からなかったそうね。


 でも悪魔の群れは、それまで待ってくれなかった。

 彼らはお城の外壁をよじ登って来た。


 私達を守ってくれていた3人の兵隊さんは、なんとか剣を振って防いでくれたけど、その剣もじきに折れてしまって…

 兵隊さんが1人、2人と下に引きずり降ろされて、最後に残った下士官も私達の盾になろうと両手を広げて悪魔の前に立ちはだかって…


 いよいよもうダメだと覚悟して、私は娘を抱き締めて最期の時を待った…涙が止まらなかったけど、夫や息子の元に行けると思うと、自然と落ち着いてきたわ。


『もうすぐ行くわ…』


 そう声にも出したわ。


 でも、運命って不思議なものね。


 どこか遠くから、妙な金切り音が近づいて来るのが聞こえた。

 そして、下士官はまだそこに立っていた。


 悪魔の群れが…引き返したのよ。

 いや、正確に言えば、私達の聞いた金切り音に気付いて、そっちに注意を向けたみたい。


 下士官が、


「おい、あれを見ろ!」


 と言いながら指差した先を見たら…奇妙な鳥のような、それでいて生き物ではなさそうな何かの一群がこちらに飛んで来るのが見えたわ。

 まるでドラゴンのように空を飛んで…でも、翼は羽ばたいていなかった…


 それが『戦闘機』という機械仕掛けの怪鳥だって後で知ったけれど…その時は全く知らなかった。


 あれも悪魔の群れの一味ではないか…


 そう思いながら、いよいよ覚悟を決めたわ。

 でもそうじゃなかった。


 横に一本線になって飛ぶ奇妙な鳥達は、その翼のや腹の下に変なものを取り付けていて、それを悪魔の群れに向かって次々と落とした。


 最初はただの岩だろうと思って、


『そんなものを落として何になるのか』


 って思って、なぜか嘲笑が出て来たわ。

 こんな時でも笑えるんだって、なんだかおかしな気持ちになったけど…悪魔の群れが次々と爆発に巻き込まれて吹き飛ばされて心底驚いたわ。

 さっき落とした岩みたいな何かの仕業だって思いついた。


 奇妙な鳥達はその後も飛び回って…『キカンホウ』…だったかしら?を悪魔の群れに次々と撃ち込んで、次々蹴散らしていったわ。


 それに後から飛んできた、ハチみたいな羽音を立てる『ヘリ』が、ゴーレムみたいな鋼鉄の巨人をロープで吊り下げて飛んできて、お城の中に下ろしたけど、その鋼鉄の巨人がお城の中にいる悪魔どもを次々と撃ち殺して、切り刻んでいったわ。


 悪魔の群れはそれがなんだか知っているみたいで、恐れをなしたのか慌てて逃げ去って行った。


 それで悪魔の群れはいったん退却したけど…


 でも、それで終わりじゃないって事は分かっていたわ。


 奴らは仕返しの為に戻って来る。

 その間に私達は逃げなければならなかった。


 あれだけ乗り込まれたにもかかわらず、お城の中には生き残りがたくさんいたわ。

 別の『ヘリ』が腹の中に人々を乗り込ませて、運び去って行った。


 でも、奴らはすぐに戻って来た。


 鋼鉄の巨人の中にいる人が、『とにかく早く乗れ』と私達を急き立てた。

 でも、生き残りが思いの外多くて、なかなか捗らなかった。


 私も軍人の夫と息子を持っていた妻として、避難民を次々と『ヘリ』に乗せていたけど、あっという間に悪魔の群れはお城に到達した。


 鋼鉄の巨人は暫く悪魔を防いでいたけど、数に押されて…次々と引き裂かれたわ。


 私達を乗せようとした『ヘリ』も、悪魔が2、3体飛び掛かって引きずり落してしまって…他の悪魔もやって来て…下士官は私達を城内に連れ戻した。


 結局何も変わってないって絶望が押し寄せてきて…


 さっきは悪魔の群れを蹴散らしたけど…そんなのが馬鹿らしく思えるくらいに絶望的で…


 とうとう、私は下士官に短剣を渡してほしいって頼んだわ。


 でも下士官は首を振って、私の手と娘の手を握り合わせると、


『諦めた時が真の敗北だ。私の上官が、私に徹底的に教え込んでくれた言葉です』


 と、私の目を見据えながら言ってくれた。


 しかもその上官が、私の夫だった。

 下士官は、最初から気付いていたみたい。

 だから、私と娘を引っ張ってくれたのね。


 私と娘、それについてきた生き残りは、下士官の後について、別の建物に向かって走ったわ。


 最後まで諦めない。

 そして実際、私達はまだ生きていた。


 別の建物に向かうのには、地下の下水道を利用したわ。

 臭くて仕方なかったけど、悪魔に喰い殺されるのと比べたら随分とお笑い種に思えたわ。


 でも、ここにまで悪魔の群れは押し寄せて来た。

 しっかり入り口の扉は締めたし、気付かれないようにしたのに…


 逃げ遅れた1人が殺された…その悲鳴が地下道の中で余計に響き渡って、私たちの気力を削いだ。


 でも、下士官は私達を力付けてくれた。

 道を迂回して、目的の建物にひたすら向かった。


 足元が汚水で汚れて不快だったけど、それでも走り続けたわ。


 でも、とうとう前後を挟まれてしまって、逃げられなくなってしまった。

 悪魔の群れは、まるでこちらを弄ぶかのように吠えたてながらゆっくりと迫って来た。


 下士官は途中で拾った二振りの剣を両手に持って、最後の抵抗を試みた。


 その時、地下道にこんな命令が聞こえて来た。

 年若い、女の子の声だったような気がするわ。


「爆破する!汚水の中に潜れ!」


 と。


 なんだかよく分からなくて首を傾げたけど、下士官が私達を咄嗟に汚水の中に押し込んだ。

 意味が分からなくて顔を上げようとしたけど、その上から下士官が押さえつけて…直後に私の横に伏せて来た。


 そのすぐ後に、頭上が急に明るくなったように感じた。

 あとで聞いたら火炎攻撃で、悪魔の群れを焼き払ったようね。


 汚水から身を起こしたら、焼け焦げた悪魔の群れがそこら中に横たわっていた。


 私達は汚水の中に全身を潜らせられたけど、悪魔の群れは図体が牛並みに大きくて、身を隠せなかったみたいね。


 それから、あの鋼鉄の巨人がやって来た。

 彼らが悪魔の群れを殲滅したのよ。


 下士官は私と娘に微笑んだ。

 私と娘は、一緒にいた避難民の生き残りと一緒に、生きている事の喜びを分かち合った。


 悪魔の群れは、今度こそ追い返されて、私達は『ヘリ』に乗せられて今いるこの国に運ばれてきた。


 ねえ、聞いた噂では、あの鋼鉄の巨人に乗っていたエルフの女の子が魔法を使って悪魔の群れを一網打尽にしたって、本当?


 …分からない?そう。


 でも、彼ら…アウトサイダー?に一言お礼を伝えてくれるかしら。


『ありがとう』


 って。


(私はこのボイスレコードと一緒に、該当部隊に夫人の言葉を伝えた。本来は認められていないが、特例として上官から認められた)。




 ※悪魔とは、我々が敵性生物に対して名付けたコードネーム「スカム」の事を指す。夫人は「スカム」に我々と同じように彼らに侮蔑を込めて、悪魔と呼んでいた。


 ※アウトサイダーとは、この世界とは別の世界からやって来た我々の事を指す。文字通り、外部の人間である。


 ※1年後、夫人の避難先もスカムの大群が押し寄せ、我々は更に海岸線へ後退した。



 <終>

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