Ⅴ 複雑な事情

「──クソっ! このティーン・ハイヤーさまともあろう者がなんてざまだあ! ありえねえ! こんなのありえねえぞ…!」


 一件落着の後、店から逃げた客達を中心に野次馬ができて見守る中、ぐるぐる巻きに縛られた罪人二人が夜の街を引っ立てられてゆく……。


 こうして騒ぎが収まると、私は事情聴取を受けるとともに事件の説明を聞くことができた。


 捕縛されたティーン・ハイヤーという男、その筋では有名な、海賊御用達の盗品商であったらしい……つまり、海賊達が奪った商品を彼が買い上げ、それをまた転売するという、いわば非合法な仲買人である。


 海賊が自分で盗品を金に換えるのもそれなりに手間がかかるし、中には表で売ると足がつくようなものもあるので、ティーンの商売は海賊達の間でけっこう重宝がられていたらしい。


 しかし、この男が他の盗品商と一線を画しているねは、その異様なまでの用心深さである。


 普通は仕入れた盗品を売るのに、店を構えるなり、どこか取り引き場所を設けるなりして行うものだが、ティーンのやり方は違った。


 彼は目ぼしい品が手に入ると、その取り引きのウワサを裏の市場マーケットに流すのだ……手に入れたい者は、どこどこの店で、いつからいつまでな期間に自分を見つけて声をかけろと。


 その目印となるものが、あの〝胸に刺した赤いバラ〟だったというわけだ。


 彼を見つけられた者だけが取り引きを行えるわけだが、誰に売ろうと別に構わないので、ティーンとしてはそれでもよかったのだろう。


 反面、その店というのはその都度変わり、日時もしっかり決められてないので、当局が彼を捕まえるのは極めて困難だ。その上、店には他の客に紛れて現れるのでなお始末に悪い。


 まあ、そんなわけでずっと手を焼いていたこのティーン・ハイヤーであるが、海賊の資金源となっている彼を排除すべく、ついに羊角騎士団が本格的に取り締まりに乗り出した。


 あのダンディな紳士──羊角騎士団副団長のドン・アウグスト・デ・イオルコ卿は、そのために今回、取り引きの場に指定されていた私のカフェテリーヤにずっと通いつめ、ティーンの現れるその時をずっと待っていたのである。


 ドン・アウグストだけでなく、日暮れから現れる流しの竪琴リュラー弾きもその補助要員である。名前をオルペ・デ・トラシアといい、もと吟遊詩人バルドーで弓の名手であるらしい。


 また、期を逃さず店に雪崩れ込んで来たの見るように、ティーンが現れた時に備え、付近の空き家に複数人の団員も待機していたようである。


 ちなみに私のカフェテリーヤが取り引き場所に選ばれたのは、特にこれといった理由があるわけでもなく、ティーンのまったくの思いつきだったらしい……なんでも、うちのパンケーキのウワサを街で耳にして、それでなんとなく決めたそうだ。奇しくもあのご令嬢達とほとんど同じような理由である。


 まったく、それだけのことで勝手に選ばれ、迷惑千万限りないのであるが、それでもティーン・ハイヤーとの関係を疑われ、私もあれこれしつこく訊かれることとなった。


 まあ、けっきょくなんの関係性も見い出せなかったし、捜査する側の責任者である当のドン・アウグストにずっと監視されていたことも幸いしてか、無事、ことなきを得たのであるが……。


 ああ、そうそう。もう一人、私以上にもっと念入りに尋問を受けたのがあの探偵──カナールとかいう若者だ。


「──ハァ……わかりましたよ。こっちも信用第一の商売なんでね。依頼人クライアントの名前は明かせませんが、話せることは全部話しますよ……」


 縄こそかけられてはいないものの、周りをぐるっと羊角騎士に取り囲まれ、独り椅子に座らされた自称〝怪奇探偵〟だという怪しげな若者は、その圧に堪えかねた様子で店にいた本当の目的について語った。


 まず、ティーンの持っていた〝ホノリウス教皇の短剣ダガー〟であるが、嘘か真か、それは大昔の預言皇(※プロフェシア教会の最後位聖職者)、ホノリウス三世が魔術の儀式に使っていたものなのだという。


 ホノリウス三世は預言皇でありながらじつは魔術師であったという伝説もある人物で、彼が記したとされる『ホノリウス教皇の奥義書』なる魔導書まであったりなんかもするらしい……。


 で、その伝説の魔術師が使っていたという短剣ダガーがどういう経緯かエルドラニア本国の骨董市場に流れ、とある魔術にハマってるという貿易商がそれを買い求めると、本拠としているこのエルドラーニャ島の方へ船で運んで来たのだそうな。


 ところが、その途中でアクシデントが起きた……その船が海賊に襲われ、短剣ダガーは他の積荷ともども海賊に奪われてしまったのだ。


 なんとしても取り戻したい貿易商ではあるが、物が物だけに公に知られれば教会に没収される可能性もあるし、いかんせん魔術に関わる代物なので、その使用目的を勘繰られてもマズイことになる……故に当局へ訴え出るわけにもいかず、そこで白羽の矢の立ったのが、怪異を専門に扱うという〝怪奇探偵〟のカナール君だ。


 その依頼を引き受け、あれこれ調べる内にティーン・ハイヤーが売りに出しているというウワサにたどり着いた彼も、その条件に沿ってうちの店で張り込むようになり、偶然にも同じくティーンを追っていたドン・アウグストと同様の毎日を過ごすようになったというわけである。


「──いや、ほんとなんですって! 信じてくださいよ。なんなら総督府へ問い合わせてみてください。こう見えて、クルロス総督やそのご息女のイサベリーナ嬢とはじっこんの間柄なんすよ?」


 荒唐無稽な妄想に聞こえないこともなく、その話も最初は信じてもらえない様子であったが、さすがは権威あるサント・ミゲル総督の名を出したおかげで彼も最終的には無罪放免となれたようだ。


「──フゥ……今日はほんとに大変な一日だったな……」


 羊角騎士団も探偵もいなくなり、ようやく静かになった店内で一息吐くと、私は独り店じまいを始める。


「しかし、まさか羊角騎士団の副団長だったとは……こっちに疑いの目が向かないでよかった。羊角騎士団は海賊ばかりでなく、魔導書関連の取り締まりもしていると聞くからな……」


 なんやかやでできずにいた洗い物を炊事場でしながら、私は誰に言うとでもなく独り言を口にする。


「なあに、この俺が憑いてるんだ。たとえ疑いの目を向けられても、欺くことなんざチョチョイのチョイスだぜ」


 すると、誰もいないはずの虚空から、そんな声が聞こえてきた。


 ……いや、実を言うとここにいるのは私一人ではない……人間ではないが、もう一人、普段は姿を隠している存在がいたりなんかもするのだ。


「ああ。そういう契約だからな。いかなる障害からも、コーヒー文化を広めるという私の活動を守るという……」


 私はその声のした方向を見上げると、洗い物の手は動かしたままでそう答える。


 そこには、半透明をした黒い存在が、いつの間にか現れて浮かんでいる……。


 背中には大きなコウモリの翼を生やし、尖った山羊の角と蛇のような尻尾、下半身には山羊の脚を持ったいかにもなその姿……見ての通りの〝悪魔〟である。


「それに、その対価として寿命が尽きた後には、おまえの魂を俺がもらい受けるっていう契約でもあるってことを忘れんなよ?」


 私の返事に、我が悪魔はその口元をよこしまに歪めると、念を押すようにして私の言葉を補足する。


 これは私以外、誰も知らない秘密なのであるが、以前、私はこのカフェテリーヤを開くに当たり、魔導書『ソロモン王の鍵』を密かに手に入れると、それによって召喚した悪魔と契約し、その力を借りることにした……それが、今、目の前にいるこの悪魔だ。


 無論、文字通り命を賭けて・・・・・でも、〝コーヒー〟という至高の飲み物を広く世界へ広めるためである。


「もちろん、忘れてはいないさ……だから、我が命が尽きるその日まで、よろしく頼むよ、相棒」


 そんな運命共同体とでも呼べるような存在に対し、私は笑みを浮かべると改めてそう、言葉をかけた。


           (La Cafetería Sospechosa ~疑惑の喫茶店~ 了)

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La Cafetería Sospechosa ~疑惑の喫茶店~ 平中なごん @HiranakaNagon

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