腐・バトル・ロワイヤル

加賀宮カヲ

腐・バトル・ロワイヤル

少し遅めの、ティータイム。西日が差し込むテーブル席のロールカーテンを、ウェイトレスが下げている。何処にでもある、値段の手頃さが売りのファミレス。ランチタイム以降から、ディナータイムが終了する20時過ぎまでは、いつ行っても結構な混雑具合だ。


分煙席近くのソファー席で、昨年大ヒットした『邪鬼殺のつるぎ』という、アニメ作品の話題で盛り上がる、四人組の女性達がいた。


彼女たちは、いわゆる腐女子と呼ばれている。


『邪鬼殺のつるぎ』の中でも、練乳、および炭酸という男性キャラ推しの集まりである。この組み合わせは、腐女子の中でも特に人気があり、というCP(カプ・カップル)が王道だった。

以外の解釈は受け付けていない。その他のCPは、全て地雷という価値観なので、自衛のためにこうしてちょくちょく集まっては、話に花を咲かせる。


一人を除いた全員が、二次創作絵をたしなんでいた。


「次のコミケでは、現パロ・わんこ攻めで行こうかと思って。もう、描き始めてるのよね。」


当然のようにソファー席奥の上座に座り、食べ終わったメロンサンデーを脇に置く。もったいぶった調子で液タブを取り出す、ウェーブのかかったロングヘアの女性。彼女は二次創作絵SNSで2万ォロワーを持つ、大手様である。最近では、商業誌からのデビューが決まったという話も、チラホラと聞かれていた。


「練乳さんは、男らしいし、ちょっと空気の読めない所がありますもんね。わんこ攻め。流石は大手さんです。中小にはない発想ですよ……フッ、考えただけで、仰げば尊死とうとしですね。しんどい。」


大手様の向かいに座る、ショートカットで化粧っ気のないメガネ女性が、感嘆かんたんのため息を漏らしながらたたえる。彼女は、中堅と呼ばれていた。活動歴は大手様より、全然長く、年齢も30代にさしかかっている。いわゆるストーリー重視と呼ばれる同人作家で、絵も上手なのだが、いかんせんトレンドに乗るのが下手だった。なので、いつまで経っても中堅から抜け出せずにいる。


大手様は、下座に座る二名には、わざと見えない角度をつけて、中堅に液タブを傾けて見せた。


「おぅふ。いきなりスリスリしちゃう感じですか?やだこれ、ホント萌える……」


「あ、大手さん。ここの会計、私が持つんで。なんで……私も見たいなあ、なんて。」


と、いかにも大学デビューしました感が抜けきらない、白髪ヘアをした女性が手を上げる。彼女は、ファンネル。去年から絵を描き始めたばかりで、まだ初心者とも呼ばれていなかった。ずっとこっそり見てきてはいたが、ようやくR18にも堂々と手が出せるようになった。現在は、ひたすらに絡みのトレースをして人体構造を、どうにか描けるように練習する日々。

そこそこ金を持っている家の娘なので、大手様の財布と化している。


大手様は、いつものもったいぶった調子で一旦、液タブを下げると、ファンネルにウェイトレスを呼ばせる。追加オーダーも払ってくれるなら、という匂わせだった。これも、いつもの事なのだが。


「……うーん、でも練乳さんの男らしさって、長男だからじゃないですか。炭酸も長男だし……片方だけ、わんこっておかしくないですか?大体、長男ってそんなに甘えられるような……」


中堅が、ドリンクバーのカップを聞こえよがしに大きな音を立てて置く。ようやく、そこで黙った一番、下座に座る女性。地味な黒髪の彼女は、読み専と呼ばれていた。読み専は、指定された通りの二次創作小説なら書けるのだが、絵が全く描けない。トレースですら、何を描いているのか分からない代物になる、と小馬鹿にされがちな人物だった。


「今回は、アンソロだから貴方も呼んだだけって事を、忘れないで欲しいわ。」


解釈を否定されて、ご機嫌斜めになった大手様の代わりの言葉を、中堅が吐き捨てる。


「別に夢小説だったら、この人じゃなくても良いんじゃないですか。大手さんの解釈にいちいちケチつけないといられないの?ほんっと、空気読めないっていうかさあ。アンタなんて、何にも描けないじゃん。」


ファンネルがいかにもな理由をつけて、マウントがてらの否定を始めた。読み専の表情に、悔しさがにじみ出る。確かに彼女は空気が読めなかった。ティータイム、全員大手様と同じスィーツを頼んでいるのに、一人だけカレーライス注文して、ようやく食べ終わった所だった。


やれやれ、という顔をして大手様が口を開く。


「貴方の方から、私のファンだって来たのよ。嫌なら別の所に行ったらどうかしら。」

「大手さんの作品は、神です。絵は、本当にすごいと思います。ただ、わんこ解釈が練乳さんには合わないっていう話をしただけじゃないですか。」


「だから、それが大手さん否定になってるってこと。」


中堅とファンネルの声がハモる。


「……最初は、中堅さんのファンでした。ストーリー構成の素晴らしさは、中堅さんがダントツです。」


読み専の忌憚きたんない発言に、中堅の表情が焦りに変わる。大手様は、プライドを傷つけられ、顔が真っ赤になっていた。


「とても傷つきました。人と比べるって、違うんじゃないかしら。私たちは皆、創作をしてるんですから。このままでは、創作意欲が湧きそうにありません。次回のコミケ、私パスしてもいいですか?」


中堅の表情が、焦りから蒼白に変わり、ファンネルも動揺を隠せなくなっている。ファンネルにとって、SNS2万ォロワーを持つ大手様とのコミケ出店は、自分の名前を売る絶好のチャンスだったし、界隈で最大手とも言われる有名人と、仲良しアピールするチャンスでもあったのだ。だから、雑用と言われても引き受けた。それをこの女……自分が何も描けないからって、批評家気取りかよ。


突如、うつむいていた読み専の黒髪が、ファンネルの視界から消えた。


次の瞬間、大手様の口にカレーライスのスプーンが突っ込まれていた。読み専は背後から、大手様の首を左腕でロックしている。ロックする際に、拳で喉仏を突いて、口を開けさせていた。

ほぼ同時にテーブルに足を乗り上げた中堅の持つGペンが、読み専の耳から1cmほどの位置で止まっていた。

少し遅れて、ファンネルが出刃包丁を取り出し、読み専の頸動脈けいどうみゃくに突きつける。


「上等だよ。」


淡々と言ってのけた読み専の言葉に、中堅とファンネルの声が重なる。



続けざまに中堅が


「カコイ!!」


と叫び声を上げた。


ファミレスの店内にいた、他の客が立ち上がる。全員、武装していた。悲鳴を上げたウェイトレスが逃げ、店長はその場で腰を抜かしている。


チュニックを着たおばちゃんの後ろを、見慣れた影がゆらめく。P90か!

読み専は、気づいたが早いか、分煙席を隔てるガラスのパネルを突き破ると、そのまま飛び込んでいった。中堅も、テーブルにそのまま乗り上げると、飛び降りながら大手様とファンネルの頭をホールドし、後ろのソファーを乗り越えて床に倒れ込んでゆく。

P90が銃口から火を噴き、店内を完全に二分していたガラスパネルを粉々にしていった。


飛び込む時に数えた。雑魚は18人。そのうち、銃を持っていたのは4人。ガンナーは、前線には出て来ない。


読み専は、マテバに装弾しながら残り二人の事を考えていた。中堅は、手練だ。だとしたら、最初に潰すのはファンネル。ついでに雑魚。


ヒタヒタとカーペットを歩く音が、集まり増えてくる。読み専は、一番遠くに見えるダウンライトに向かって、引き金を引いて威嚇いかくした。残りは五発。

一瞬、動きが止まった隙に非常口近くまで移動すると、スマホ改造したIDEを起動させ、分煙席に飛び込む際に、テーブルの下に捨て置いた手榴弾二発を爆発させた。とうにパーテーションの役割を果たしていない、がらんどうの空間から肉片が飛び散ってくる様子を見ながら、半分は始末出来たか、と考えた。


当然、別口からも雑魚はやってくる。背後から来た一人の目を、持っていたカレースプーンでえぐると、素早く持っていたワイヤーで首を吊るす。丁度いいはりがあって良かった。この死体は、陽動に使える。そうして、別口へ移動しながら、ワイヤーとテーブルに残されていたフォークとナイフで即席の武器を作る。


読み専は、ワイヤーを使った戦闘を得意としていた。


雑魚とガンナーをもう少し削るか。

読み専は、一つだけ持っていた煙幕をここで使った。振り回すと4mにはなる、即席のワイヤー武器をもろに受けて二人倒れる。陽動に引っかかった三人を、テーブルを踏み台にして飛び上がると、ワイヤーごと巻き付けて、集めたアルコールをぶっかけて火をつけた。


スプリンクラーが動き出す。

弾幕が消えるな。


読み専は、素早くフロアに戻るとドリンクバー近くに移動した。

被弾した弾と薬莢やっきょうの数が合ってなかった。それも一方方向からだけ。ということは……いた。G11を持っている、中年女性が。真ん中に虎が描いてあるトレーナーを着ている。


たった一人、始末するのにどれだけ大袈裟なわけ?大手様も。


消えかかる弾幕の隙間をぬって、割れたコップの破片で中年女性のアキレス腱を切ると、倒れ込んで来た虎トレーナー、その顎の下からフォークで貫いた。


P90が厄介だけど、後はベレッタか何かだろう。近接戦をするには、武器が足りない。読み専は、厨房へと向かった。


厨房で、包丁を漁っているとファンネルの声がした。業務用鍋の横に立っている。


「包丁ならないよ。私が全部持ってる。」

「包丁マニアなの?」


読み専は、言わずには居られなかった。ファンネルは成人したとは言え、まだ子供だ。とにかく煽り耐性が低い。直ぐに激情に駆られると、ヒステリックに大声を出した。


「あんたみたいな厄介ヲタが一番迷惑なんだよ!ハァ?正しい解釈?てめえは、いつ作者様になったんだっての!」


カレーの入った業務用の調理鍋をひっくり返す。


「大手様がスイーツって言ったら、スイーツなんだよ!紅茶って言ったら紅茶なんだ。なのに、なに一人でカレーなんか食ってんだよ!」


額を狙って投げてきた果物ナイフを手の甲で受け止めると、調理台の上へ乗る。すぐに次の包丁が飛んで来たので、寝そべるようにして転がり、反対側へと落ちて身をひそめた。


「出てこい!」


余程気が立ってるのか、手当たり次第に食器を壊しながら歩いている。これでは、自分がどこにいるか教えているようなものだ。手から引き抜いた果物ナイフを放り投げて、逆方向へ素早く移動する。血で汚れたナイフを見たファンネルは


「そこかあ」


と、笑いながら、ナイフの方へ近寄っていった。


その瞬間だった。ファンネルの歩いて来た方向へ移動した読み専が、ワイヤーを彼女の足首へ絡ませたのは。思い切り足を取られ、前方へ転倒したファンネルを、手繰たぐり寄せる。真っ白い髪の毛は、自分が引っくり返したカレーで真っ黄色に染まっていた。


転倒させたはいいが、手を動かされたから元も子もない。ファンネルの髪を掴むと、すぐにすごい形相で手を振り払ってきた。鼻からプロテーゼが出てしまっている。整形していたのか、と読み専は思った。


「絵も描けねえくせしやがって。おめえに腐女子語る資格なんかねえんだよ!」


鼻血を口から出しながら、悪態をつくファンネルの頭を、業務用のIH回転炒め器に突っ込むとスイッチを入れた。すぐに声が絶叫に変わり、数分の後、機械が動く音だけになった。


「ここのカレー、美味しいのに。」


そう言うと、動かなくなったファンネルから、包丁類を奪った。



残りはガンナーと中堅、後は大手様か……と考えていた所で、砲撃音が鳴り響き、肩に痛みが走る。チッ、カレーの臭いで気づかれた。


振り向きざまに、出刃包丁を投げる。手裏剣のようにクルクルと舞ったそれは、ガンナーの額を直撃した。アッ!という表情になるガンナーに走り迫り、業務用鍋で出刃包丁を打ち付ける。衝撃で頭蓋骨の割れる感触がして、そのまま仰向けに倒れ、動かなくなった。


やっぱりベレッタだったか……と独りごちた読み専は、太ももにナイフとベレッタをしまった。弾は幸い、貫通していた。そうして、ガスコンロの全てに火をつけ、オーブンにもスイッチを入れると再びフロアへと戻った。


人の気配がない。P90はどこへ行った?


「モブには死んでもらったわよ。なぜって?モブだから!」


声がした瞬間、金属バットで殴られたような衝撃を受けて、読み専は、フロアを10m近く飛んだ。受け身が取れず、背中をもろにテーブルへ打ち付けてもまだ止まらず、壁板が割れる程に打ち付けて、ようやく止まった。


脳震盪のうしんとうを起こしたのか、視界がかすんでいる。

立っていたのは、開いたら2mは余裕である、巨大なバタフライナイフを持った中堅だった。


「貴方ね、腐女子舐めすぎ。二次創作界隈舐めすぎ。」


メガネをクイッと上げながら、読み専に近寄る。


「私は、アナログの頃からずっと同人誌を描いてきた。Gペンの頃から、ずっとね。」


そう言うと、50kgはあるかと思われる巨大なバタフライナイフを、指で摘んで開く。なんて言う握力。これが、アナログ世代の実力……驚きを隠せない。呆然としている読み専の反応を楽しむように、中堅は刀身を全開にすると片手で振り回し、担ぐような形で構えた。重心を低く構えている。


「わんこ攻めで解釈が違う?笑わせないで欲しいわ。」


中堅の太ももに力が入り、飛びかかってきた。薙刀なぎなたのような構え方で、バタフライナイフを振ってくる。読み専は、椅子を投げつけながら転がると距離を取り、マテバを構えた。残弾は五発。しかしこの闘い、分が悪い。


確実に、頭を狙わなければ殺られる。


読み専は、マテバで狙いをつけながら、左手で中堅のがら空きになっている手首に向かって、ペティーナイフを投げつけた。手首さえ使えなくなれば、バタフライナイフは無効化したのも同然だ。


「これだからニワカは。」


クソッ読まれた!Gペンを指で回す程度の余裕で、刀身を回転された。弾かれたペティーナイフは、カーペットへ直角に刺さっていた。マテバを脳天目がけて撃ち込む。しかし、銃弾は頬をかすり、ドリンクバーのコーヒーサーバーを破壊しただけだった。コーヒー豆が、バラバラと床にこぼれ落ちる。


中堅は、バタフライナイフをくるっと回転させると、再び重心を低く構えた。メガネのレンズが反射して、表情が読み取れない。読み専は、どうにかして隙を作ろうと、必死に話しかける。


「大手なんかにどうして従うんです?私は、中堅さんを尊敬してました。貴腐人って、こういう人を言うんだって憧れてたんですよ。」


「貴腐人……懐かしい呼び名ね。そんな時代もあったわ。けれど、今は誰だってなろうと思えばクリエイターよ。」


「けど、中堅さんは唯一無二の世界観を持ってました!」


「それだって、トレンドにならなければ終わり。流行りのテンプレが描けなきゃ、生き残れない。商業ベースに乗れなければ、永遠に素人。」


「わかる人だけがわかればいい、貴腐人のプライドって、そういうものじゃないんですか?私、大手の液タブに細工しました。IDEで、爆破させますよ。」


「……嘘ね。貴方、さっき使ってたでしょ。IDE用のスマホ。それに、液タブが爆破した所で何とも思わないけど。さあ、時間稼ぎはこのくらいでいい?」


中堅は、ニィッと笑うとバタフライナイフを、今度は侍の刀のように構えて飛び上がった。読み専はマテバの引き金を引こうとして……引くことが出来なかった。


引き金の部分に、さっき自分が投げたハズのペティーナイフがハマっている。


キンッ!


という音と共に、頭の上に巨大なナイフが落ちてくる。死んだ、と思った。

しかし、切られたのは銃口だけだった。


これは、なぶり殺しコースだ。


読み専は、マテバを投げ捨てると、太ももに挟んであったベレッタで、中堅の足元を撃った。弾は当たらなかったものの、一瞬の怯みが出る。ワイヤーを10mは離れた、飾り柱に巻きつけると、ダウンライトを掴んで飛び上がる。飾り柱を中心に、別の柱に飛び移ると遠心力を使って、一気に距離を取った。


「猿みたいに、ちょこまかと。」


中堅は、片手で巨大バタフライナイフを畳むと、くたばってるモブからP90を奪って、読み専へ向かって銃弾の雨を降らせた。怯むことなく、ワイヤーをはりに巻きつけては、なおも窓伝いに跳ね回る。いい加減、止まりな。集中的に足を狙って弾を浴びせる。


「ギャ!!」


足に二発食らった読み専は、窓際の床に落ちた。さあ、留めを刺してやろうかしらね。再び、巨大バタフライナイフを構えた中堅は、ゆっくり殺戮さつりくを味わおうと、読み専の元へと歩いて行った。


「私は、絵が描けないアンタをバカにする気はないわ。そうね。推しCPで召されるのも好きだけど。こうやって、本当に人が召される姿を見るのも好きなの。ごめんね。」


読み専は、これから召される人とは思えない顔をして、ニヤニヤと笑っている。銃弾で風穴を開けられた窓ガラスの破片が飛び散り、外の空気が入ってきていた。


「こうなるのを、待ってました。さっきまで、厨房にいたんです。知ってますか?粉塵爆発って。」


「アンタ、まさか……」


ドン!!


強い衝撃音と共に、爆発が起きる。

読み専は、頭を抱えて窓から放りだされると、片足を引きずりながら急いで距離を取った。店内は火災が起きている。1階部分の駐車場にも、その火の手は回っていた。


「さようなら、みなさん。」


けたたましい爆発を背後に眺めながら、読み専は独りごちた。









「なんなのかしら。このワケの分からない文章。」

「私の夢小説です。絵、描けないんで。」


少し遅めの、ティータイム。西日が差し込むテーブル席のロールカーテンを、ウェイトレスが下げている。何処にでもある、値段の手頃さが売りのファミレス。


分煙席近くのソファー席で、昨年大ヒットした『邪鬼殺のつるぎ』という、アニメ作品の話題で盛り上がる、四人組の女性達がいた。


彼女たちは、いわゆる腐女子と呼ばれている。


大手様は、かなり呆れた様子で読み専の顔を見ていた。二次小説が書けるっていうから、付き合っていてやったのに。私がまるで、悪の親玉みたいな一次小説を読まされても。しかもこれ、Web小説として公開してるとか言ってなかった?このバカ。


ファンネルもスマホを見ながら


「うわー、爆破ヲチ。クソダサ。」


と、顔をしかめている。


一応、美味しい場面は貰えたものの、中堅は青ざめた表情で頭を抱えていた。

そもそも読み専を大手様に紹介したのは、中堅だったからだ。二次小説だと、原作に悪いと言い出した読み専に、夢小説を勧めたのが彼女だった。

夢小説とは、ざっくり言うと、推しキャラと疑似恋愛が出来る小説の事である。単語しか教えなかった私がバカだった……と中堅は思う。


全体的に、遥斜め上の解釈をした読み専が書いてきたのが、上の短編だった。


「『邪鬼殺のつるぎ』はどこに行ったの?練乳さんは?」


全員が聞きたいのは、そこだろう。そもそも何のための集まりなのだ。


「いや、だから。中堅さんが練乳さんなんです。動きとか、寄せて書いたんですけど……」


「誰も、わかんないよ。これ。貴方以外、誰もわかんない。」


中堅が、真剣な顔でアドバイスする。


「でも。」


と、カレースプーンを置いた読み専は、不服げだった。ちなみに、カレーライスを注文したのは彼女だけで、残りは皆、大手様の注文にならっていた。つまりは、紅茶とメロンサンデー。


「創作って、自由じゃないですか。夢小説は、CPの縛りないって聞きましたし。私なりの練乳さん解釈です。中堅さんは、練乳さんと似てるんです。」


大手様は、ため息をつくと読み専に最後通牒つうちょうを出した。


「やっぱり、絵が描けないとダメね。というか、それ以前だわ。貴方、全体的にズレ過ぎてる。途中からいなくなる、私はなんなの?論外よ。SNS、ブロックしてもいいかしら。」


「――……」


やーい、と小馬鹿にした表情のファンネルを押しのけるようにして、大手様はお手洗いに行ってしまった。


でも

創作は、自由だよ。


口にカレーをつけたままの読み専は、釈然としない表情で座っていた。





「はぁ……」


商業デビューも決まったことだし、今回のコミケは飛ばしちゃおうかな。最近、訳の分からないニワカが多すぎて、疲れる。洗面台で手を洗いながら、大手様はうんざりとした気分でいた。


まあ、私からブロックされたってなれば、あの子もアカウント削除だわね。界隈追放でも、良いかも。


ふと、冷たい感触を喉に感じて、鏡を見た。

読み専が、首元にバタフライナイフを当てている。


その表情は、先程読ませられた、ワケの分からない小説に出てくる読み専とそっくりだった。


「やめてよね。そういう悪質な冗談。警察、呼ぶわ。」


と、大手様はこれっぽっちも動じる事なく、答えた。今やSNSは2万フォロワー超え。ストーカーじみた信者は、これまでにもいた。


しかし、読み専も動じる事がない。

それどころか、ニヤニヤと笑いながら答えてみせた。


「ねえ。これ自体が創作なの。気が付かなかった?『邪鬼殺のつるぎ』なんてアニメ、現実にはないんですよ。」


バタフライナイフが、スッと動く。赤いものが鏡に飛び散って、大手様はそのまま動かなくなった。


そうして、ファミレスを後にすると、歩みを早めた。

折角、小説の中にヒントを書いたのになあ……


大手様の液タブに、細工をしたのは本当だった。

数百メートル離れてから、スマホでIDEを操作する。


凄まじい爆音と共に、ファミレスから火の手があがった。


「さようなら、みなさん。」


パニックに陥る通行人を尻目に読み専は、鼻歌を歌いながら独りごちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

腐・バトル・ロワイヤル 加賀宮カヲ @TigerLily_999_TacoMusume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ