第7話 4番ピッチャー

 東海大会決勝戦。

 対戦カードは静岡聖陵学院と愛知明工高等学校。

 球場は聖陵学院の地元でもある草薙球場での試合だ。


「凄いよ凄いよー!ウチが東海大会の決勝戦に立ってるなんてー!」


 興奮気味に話すのは心優。

 そんな心優を椛愛や柚子が落ち着かせている一方で、前方に座っていた司の表情は緊張気味だ。


「だ、だだだ大丈夫かなぁ?」


「司が緊張してどうするですか?」


 由美の肩をグラグラと揺らせながら話す司に表情を変えずジト目で話す由美。


「大丈夫ですよ 俊哉さんなら」


「そ、そうだよね……うん 大丈夫」


 由美の言葉に何度も頷きながら自分に言い聞かせる司。

 そんな彼女を見ながら由美は小さくため息を漏らしながらクスリと笑った。

 場面を写して心優達。

 最初ははしゃいでいたが、スコアボードに表示された愛知明工のオーダーに驚いていた。


「4番ピッチャー……」


「そんなに珍しいの?」


「ううん 高校野球とかなら4番ピッチャーは珍しくは無いんだけど その、4番を打ってる立松選手がピッチャーって言うのが……」


 そう、心優にとっても意外だった立松のピッチャー起用。


「ピッチャーじゃないの?」


「うん 私が知る限りでは、立松選手はピッチャーはやった事が無かったはず」


「そ、そうなんだ」


 険しい表情で話す心優に対し柚子は苦笑いを見せる。

 聖陵ベンチでも同じだった。

 俊哉を始めとした打撃陣はこの起用に頭を悩ませる。


「立松が先発なんて聞いた事ねぇぞ?」


「むしろ投手出来たんか?」


 竹下と山本が言葉を交わす隣で俊哉も黙ったまま座っている。

 だが明輝弘は違った。


「誰が来ようと関係ない 俺が一発デカいのを打ってやるよ どうせ付け焼刃の登板だろ 大したことは無い」


 明輝弘の言葉に大半の選手らが納得する。

 彼ならやってくれると信じていた。


「なぁトシ」


「うん まずは立松がどこくらいのピッチャーなのかを見なきゃだね」


 そう話しながらバットを持つ俊哉。


 今日の決勝戦のオーダーは


1:俊哉・中

2:内田・三

3:宮原・遊

4:明輝弘・一

5:堀・右

6:竹下・捕

7:秀樹・投

8:青木・左

9:山本・二


 となっている。

 俊哉が先頭打者として立松のピッチングを見極めていく必要がある。


「頼むぞトシ!」


「おう」


 いよいよ試合が開始された。

 先攻は聖陵学院。


「さぁトシ行こうぜー!!」


 俊哉がバッターボックスへと向かう背中を押すようにベンチから言葉が飛び交う。

 スタンドからはブラスバンドの応援が鳴り始める。


(さぁ、どんな投手なのかな?)


 打席に立ちながら立松がどんな投手なのか考える。

 明輝弘の言う通り大したことのない投手なのか、俊哉自身もうまく掴めていない。

 立松がキャッチャーのサインに頷くと振りかぶる。


 そして、注目の1球目が投じられた。


「……うぉ!?」


 ズドン!


 そんな鈍い音が響く。

 立松から投じられたボールはミットの音を聞いても分かるほどの球質の重さ。

 そしてスピードだ。


「ストライク!」


(速い……)


 俊哉がスコアボードを見ると『146』と表示されていた。


「146……!?」


 ベンチからそう言葉を漏らすのは竹下。

 ヘルメットを被りベンチに座る明輝弘も目を見開く。


「おいおい そんなスピード出るのかよ」


 竹下が話している途中でも立松は2球目を投じるべくフォームへと移る。

 打席の俊哉は2球目に投じられたボールを振りにいくが。


ギィィン……


「ファール!!」


 バットに当てるも打球は真後ろに飛んでいきバックネットへと当たる。

 ジンジンと痺れる俊哉の手。


(見た目だけじゃなく球質も重い 間違いない、立松は元々投手をやっていた選手だ)


 続く3球目。

 立松の投じられたストレートはインコースへと投げ込まれ、俊哉はその球を打ち返す。

 しかしギィンと鈍い音を響かせながら打球はボテボテのショートゴロに打ち取られてしまった。


「ワンアウトー!!」


 愛知明工の選手から声が飛び交う中、マウンドの立松は心の中でホッと胸を撫で下ろす。


(先頭から心臓に悪い でも昨日話していた注意人物の1人をまずは抑えた)


 立松ら選手らが昨日ミーティングで話していたのは聖陵戦での注意人物を選定していた。

 まずは俊哉。

 選手らは、まずは俊哉を抑える事。


(俊哉が打てばチーム全体に勢いがつく)


 立松らの対策は見事的中。

 続く二番内田に対してもストレートで押していきゴロに打ち取る。

 二死となり打席には3番の宮原。


(そんで次はこの宮原 俊哉の次に注意しなきゃいけない相手 此奴に対してはストレートに対し変化球を混ぜていく)


 その思い通り立松はストレートに変化球を混ぜていく。

 宮原はファールで粘っていくも前に飛ばない。


(これで……決める!!)


 宮原に対して投じた球数は9球。

 最後に投じた9球目はアウトコースへズドンと決まるストレート。


「…ストライク!バッターアウト!!」


 アウトコースへドンピシャのストレートが決まり宮原を見逃し三振に打ち取る。

 その立松が投じたストレートの球速がスコアボードに刻まれる。


『149キロ』


次回へ続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る