第6話 決勝戦

 9回裏明倭高校の攻撃。

 二死一二塁のチャンスを迎えていた。


「一本打てー!」


「いけるぞ!!」


 明倭ベンチから声が飛び交う。

 その彼らの必死な表情。

 そしてスコアボードには明倭1点、愛知明工2点と得点が表示されており明倭が1点リードを許していた。


「大丈夫だ!落ち着いて投げろよ!?」


 三塁守備につく立松がマウンドのピッチャーへ檄を飛ばす。

 この立松の逆転ツーランが飛び出し愛知明工へと流れが傾いたこの試合。

 明倭高校も9回最後の攻撃を迎え二死ながら一二塁と同点逆転の大きなチャンスを作った。


 だがここで明倭の唯一とも言える弱点が出てしまったのだ。



「ゲームセット!!」


 最後はサードへのゴロに仕留められてしまいゲームセット。

 明倭高校は準決勝敗退となってしまったのである。


「明倭が負けた」


 未だに信じられないといったところだろうか。

 そう呟く秀樹。

 そして完全に予想が外れた明輝弘は呆然としながらグラウンドを見つめる。


「明輝弘の予想見事に外れる」


「うるせぇ」


 竹下の言葉に明輝弘が不機嫌そうに言い返す。


「だがな竹下」


「なんだよ?」


「明倭が来ないと言う事はだ 立松とやらとの直接対決になるわけだな No. 1スラッガーの」


「東海地区のな」


「手始めだよ そこから一気に日本No. 1に突き進む」


 予想は外れたがむしろ好都合と感じる明輝弘。

 直接どちらが上かを証明するいい機会と捉えているのだろう。


「拘り過ぎて昔みたいになるなよ?」


「あぁ分かってる 俺が打ってチームが勝つ それで初めて上に行く」


「まぁ、ういうことでいいや」


 竹下が笑いながら明輝弘の言葉に頷く。


 そして、俊哉はというと瑠奈と話をしていた。


「対策練らなきゃだね」


「えぇ 対明倭戦では無くなりましたから 私としては誤算ですわ?土屋さんが打たれた事が」

「僕もだよ まさか打たれるとは」


 俊哉自身、嫌な予感は感じていた。

 だが土屋からホームランを打つとは思いもしなかったのが正直な感想だ。


(あのコースをホームランにするとなると 立松は本物だ 龍司に匹敵するパワーと技術力の持ち主だ)


 陵應学園の神坂と同等の力を持っている立松。

 そしてその感想を持つのは春瀬監督も同じだ。


(決勝の相手は愛知明工か 何より危険なのは立松 土屋の投球に見事に対応するだけじゃなくホームランにした 東海地区だけじゃなく彼は日本でも五本指に入るスラッガーだ だが……救いなのは投手力がそう高くない事 うちの打線なら立松で取られた分は取り返せる そこに賭けるしかない)


 冷静に判断する春瀬監督。


 その夜合宿をしている寮の食堂にてミーティングが行われる。


「さて、まずは立松だが 今日の試合で分かった事は、この選手が東海地区No. 1スラッガーである事 そして日本でも五本指に入るレベルの打者である事だ」


 春瀬監督の言葉にいち早く反応したのは明輝弘。

 少し前の彼だったらその瞬間に物申していたのだが、今の彼は違う。


(確かに立松はスラッガーだ それは認めてやろう だがな、決勝戦で勝つのは俺であり、聖陵だ)


 明輝弘のバットでチームを勝ちに導く。

 そう心に決める明輝弘。

 春瀬監督は話を続ける。


「救いなのは向こうの投手はそう力がない事だ そして、立松を抑えればこっちの勝ちは見えてくる 一点でも多く取るぞ」


『はい』


 ミーティングが終わり解散となると、選手らは自室へとバラバラと戻って行く。

 そんな中で俊哉が席を立とうとすると秀樹、瑠奈、竹下、山本、菫の5人に呼び止められた。


「トシ ちょっと良いか?」


「ん?なに?」


 呼び止めに応じた俊哉は再び席へと座る。


「次の決勝戦 トシはどう見る?」


「うーん 明輝弘の競争心は置いといても、立松をいかに抑えるかが鍵になるのは確かだよ ヒデを始めとした投手陣がどうにか抑えてくれれば ウチらが勝つ要素は高くなるはずだよ」


「でも、その立松が問題だ」


「そう その通り」


 竹下の言葉に同調する俊哉。


「恐らく立松は東海地区じゃあ一番の強打者 そんで全国を見ても上位に立てるレベルだよ でも幸いなのは立松以外の打者陣が平均くらいなのと、投手陣の壁がそう厚く無い事」


 ミーティングで春瀬監督が話していた通り投手陣の層が厚く無い。

 立松をどうにか抑えれれば勝率は高くなると言う予想だ。


「まぁヒデと竹下次第かな 頼むよバッテリー」


 ニッと笑みを見せながら話す俊哉。

 そんな俊哉に竹下も笑いながら言い返す。


「そう言うトシこそ、打てよな 対抗心メラメラな時の明輝弘は、こう言う時に限って打てないからな」


 竹下のその言葉に俊哉と秀樹がケラケラと笑う。


「いやぁ、でも明輝弘にも打ってもらわなきゃ ここぞと言う場面での長打が必要だしね」


「まぁなぁ まぁあの投手陣からなら打てるだろ」


 そう笑いながら話す竹下に対し、瑠奈が語気を少し強めながら話す。


「竹下さん 相手を下に見てると痛い目に遭いますわよ?」


「へいへい」


「返事は“はい”ですよ?」


「はーい」


 瑠奈と竹下のやりとりに笑い声が響く。


「さて、次の決勝戦に向けて今日は体をゆっくり休ませようかな」


「だな」


 ガタガタっと椅子から立ち上がる俊哉と竹下ら。

 2人に続くようにヒデや瑠奈らも椅子から立ち上がりこの話は終了となる。

 食堂から出て行く俊哉ら。

 すると秀樹を瑠奈が呼び止める。


「秀樹さん。決勝戦、頑張ってくださいな」


「あぁ勿論。瀬里もサポート頼むわ」


「は、はい 勿論、ですわ?」


「あらぁ瑠奈っちー なに照れてんのよー?」


「ち、違いますわ!?」

「またまたー」


「わ、私は戻ります!!では!!」


 顔を真っ赤にしながらズカズカと先に行ってしまう瑠奈に菫はクスクスと笑いながら秀樹に別れを告げて瑠奈のあとを追う。


「なんだ?」


「ヒデも大変だな」


「え?」


「いや、えって……」


「どう言う事?」


「あ、いや なんでも無いです」


 山本の言葉に何も感じてないのか鈍い秀樹。

 結局山本はそれ以上言えずにその場は終了してしまった。


 そして……


 いよいよ決勝戦の日となった。

 決勝戦の会場は静岡県草薙球場、かつては日米野球も行われた事もある歴史ある野球場だ。

 聖陵学院にとっては地元開催とあってホームグラウンドだ。

 勿論、日曜日とあって生徒らも応援にかけつけてくれている。


「あ、司ちゃん」


 勿論、司も来ており俊哉がスタンドを眺めていると視線に気づいたのか小さく手を振り返してくれる。


「よし 頑張ろう」


 そう小さく呟く俊哉。

 場面を写して春瀬監督がメンバー表の交換をしていた。

 愛知明工の監督からメンバー表をもらいベンチへと戻りながら視線をメンバー表へと落とすと、そこに書かれていたオーダーに驚きを隠せず、思わず愛知明工ベンチを振り向く。


「このオーダーは……」


 そう言葉を漏らす春瀬監督。

 彼の動揺にも似た言葉はスコアボードに映し出されたオーダーを見た聖陵の選手らにも伝染する。


「おいトシ」


「うん これはちょっと分からなくなって来たかも……」


 そう言葉をこぼす秀樹と俊哉。

 彼らの視線の先にあった愛知明工のオーダー。


 そこには、【4番・投手・立松】


 そう表示がされていた。


 次回へ続く。

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