第8話 先制点は・・・

 149キロの速球を投げ込んだ立松。

 その様子には球場からざわめきが聞こえる。


「ナイピッチー」


「おう!」


 ベンチに帰りながら選手らとグラブタッチを交わす立松。

 その光景に聖陵の選手らは言葉が出なかった。


「まさか、こんな隠し球が控えてたなんてな」


「立松が投げれるなんて聞いた事ねぇぞ」


 彼らの話題は立松に持ちきりだ。

 打ち取られた俊哉や内田に宮原にも他の選手が球のクセなどを聞いてくるが、その会話を遮るのは明輝弘。


「守備につくぞ 聞くのはその後だ」


「お、おう そ、そうだよな よし!行こう!!」


 いの一番に聞いてきそうな明輝弘からの言葉に一同は戸惑いを見せるも、彼らの次にやるべき事は守備につく事。

 選手らはグラブを手にグラウンドへと散っていく。


(次は俺からだ。俺がアイツの球を打ってやる。)


 守備へとつきながらもメラメラと心の中は燃える明輝弘。

 2回の攻撃で明輝弘自身のバットで打ち砕こうという意思だ。


(さぁヒデ、すぐに終わらせてくれよ?)


 一塁守備につきながらマウンド上の秀樹に目をやる明輝弘。

 そのマウンドの秀樹は竹下と打ち合わせをしていた。


「向こうの打線は良くも悪くも立松中心の打線だ」


「あぁ 要注意は立松の前にランナーを出す事だな」


「その通り 慎重にいくより初回は大胆に行こうぜ」


「おう」


 竹下との打ち合わせ通り、秀樹は直球を中心としたピッチングで先頭打者と二番打者をゴロに打ち取る。


「ツーアウトー!!」


 竹下から野手陣にアウトカウントの確認がされる。

 三番打者が入る中、秀樹はネクストに座る立松を見る。


(おいおいヒデ 立松を見過ぎだぞ 今は打者に集中)


 竹下がミットをバシン!叩く。

 その音に気づいた秀樹は我に返ったのか、フゥッと大きく息を吐き打席に立つ打者に目線を運ぶ。


(あぶねぇ 立松を気にしちまってた)


 気を取り直し集中力を高める秀樹。

 それが効いたのか、三番打者に対しては7球を要したが最後はショートゴロに打ち取りチェンジとした。


「ナイピッチ!」


「おう!」


 竹下とグラブタッチを交わしながらベンチへと戻っていく秀樹。

 そしていの一番にベンチへと戻って行った明輝弘はヘルメットとバットを持ちグラウンドへと出る。


「さて、立松の球を打ちにいくか」


 そう呟きながらマウンドに向かう立松を睨むように見る明輝弘。

 その視線に気づいた立松はニッと小さく笑みを見せるとマウンドの土を慣らし始める。


(俊哉、宮原には劣るものの注意が必要なバッター 長距離打者としてのライバル心を燃やしてくれているみたいだけど 変化球が苦手な長距離砲に恐怖は感じない)


 立松の耳には明輝弘の事は当然入っていた。

 勿論弱点もだ。

 ストレートには滅法強い反面、変化球は苦手としている。


(最近では対応出来始めているみたいだが、変化球攻めでいく)


 その意志通り立松は初球から変化球を見せていく。

 カーブを投じると明輝弘のフルスイングされたバットが空を切る。


(変化球……)


 初球のカーブに空ぶる明輝弘。

 以前の彼なら怒り相手を睨むなどの挑発をしていただろうが、今日の彼は違った。

 静かにバットを構える明輝弘の姿は“聖陵の4番は俺だ”と身体で示している様だった。


(昨日までメチャクチャイキってた奴には見えんな……)


 昨日までの余裕さを言葉で表しまくっていた明輝弘とは違う姿に苦笑いを見せる竹下。

 だが、こういう時の明輝弘は頼りになる事も分かっていた。


カキィィン……


 立松の投じた2球目はスライダー。

 そのボールに対し明輝弘はタメを作って振り抜くと快音を残して打球がはじき返された。


「うぉ!?」


 ライト方向へ飛んでいく打球に驚きながら振り向き打球を追う立松。

 だが打った明輝弘はしかめっ面を見せながら一塁方向へ走り出す。


(クソ……詰まった。)


 明輝弘のはじき返した打球は弾道が上がらずライナー性のままライトフェンスへ直撃。

 ライトの選手が打球処理を行っている間に明輝弘は二塁へと到達した。


「ナイバッチー!!」


 ベンチから声が飛ぶ中、明輝弘は静かにクールに右手をほんのわずか挙げて応えるに止まる。


「ウヒョー 当たりゃエグい打球見せやがる 結構要注意人物だなこりゃ」


 ヒューっと口笛を吹きながら明輝弘をみる立松。

 無死二塁と大きなチャンスを迎える聖陵学院だが、立松の力のあるストレートに後続が捉えることが出来ない。


「あぁー……」


 5番堀を内野フライに打ち取ると6番竹下をセカンドゴロ。

 そして7番秀樹は……


「ストライク!バッターアウト!!」


 アウトコースへのストレートを振らせて空振り三振に打ち取りチェンジとしたのだ。


「クソォ……」


 悔しそうにベンチへ戻る秀樹。

 そんな彼に明輝弘が後ろから背中をポンと叩きながら話す。


「大丈夫だヒデ 次はホームランにしてやる」


「あぁ……期待してるぜ?」


「ふっ 任せろ」


 秀樹の言葉に笑みを見せながら話す明輝弘。

 この打席で明輝弘なりに手応えを感じたのだろう。

 次の打席に自信を見せる。


「さぁ、この回も抑えていこうぜ」


 そう言いながらグラウンドへと出ていく明輝弘。

 愛知明工の2回裏の攻撃。

 打席には4番の立松が入る。


「よっしゃこい!!」


 そう意気込むように叫びながら打席へと入る立松。


(立松 お前の力、どれ程のものか目の前で見させてもらう!)


カキィィィン……



「なっ……!?」


 初球だった。

 秀樹の投じたボールが吸い込まれるように立松のバットに当たると打球は完璧な弾道を描きながらレフトスタンド中段へと飛び込んで行った。


「先制、ホームラン……」


 この試合、両チーム通じて初の得点。

 それは愛知明工のスラッガー立松のバットから生まれたのであった。


 次回へ続く。

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