第8話 過去2-2

 始めてみると、書架整理は思ったよりも大変だった。資料の内容は、主に修正部が過去に修正した改変の概要をまとめたもので、それらは規模によってAからEまでのアルファベットで分類されている。

 

 和弥曰く、DからAへと改変の規模が大きくなっていて、その修正には、Dなら5分から10分、Aだと40時間以上はかかるらしい。

 

「まあ俺は2年目だけど、Aクラス改変には一回しか会ったこと無いかなぁ。A12改変。どっかの馬鹿な旅行客が過去の人間に話しかけちゃったとかで起きたんだよ。ったく迷惑だよなぁ。お陰で俺らほぼ3日徹夜だった」


 紗奈が何も話さなくても、沈黙に困るということは無かった。和弥は手よりも多く口を動かし、ひっきりなしに喋っている。

 

 ふと彼が話を止める。そして紗奈が担当している方の資料の山を見た。


「……あっ、何か間違えてます?」


 紗奈が聞くと、和弥は首を振った。


「ううん。早いなぁって思って」


「早い?」


「だって、均等に分けたはずなのに、紗奈ちゃんの山俺のの2分の1じゃん。広報課じゃあ期待の新人? ……あっ、だから中山部長、『清水に殺される』って言ってたのかー。優秀な人員引き抜かれたら、清水課長もそりゃぁ怒るわ」 


 紗奈は一瞬言葉を詰まらせる。

 和弥は勘違いをしている。自分は期待の新人なんかじゃない。清水が怒るとしたら、それは自分の仕事も終わらせていないのに他の所を手伝いに行った紗奈のことだ。

 しかし和弥は、黙ってしまった紗奈の様子には気づかなかった。


「俺なんか、一ノ先輩と中山部長に、交互に頭叩かれてるよ。ちょっとは紗奈ちゃん見習うとするか? つっても、どうせしないんだけどねー」


 和弥は一人で気楽に笑う。

 その時、部屋のドアが開いて、誰かが入って来た。その人を見て、和弥は少し表情をこわばらせる。


「今の、聞かれてないよな……?」


 和弥のひとりごとに、その人が答えた。


「聞いてたけど? 和弥、手伝いに来てくれた人相手に何言ってんだよ」


 二人のやり取りから、紗奈は彼が和弥の言う「一ノ先輩」だと理解する。一ノ先輩……一ノ瀬律希は軽く和弥の頭をはたいてから紗奈に言った。


「ごめん。こいつと二人はきつかったよね」


「いや、仲良くやってましたよ、一ノ先輩」


 和弥が速攻切り込み、また律希に叱られている。


「お前に聞いてないし。後、一ノ瀬先輩以外認めない」


「何でですか? 効率的な業務体制を推進する為の労力削げ……」


 律希が溜息をつくと、和弥は「すみませんでした」と黙った。紗奈は恐る恐る口を開く。


「……いえ、大丈夫です。良く話しかけてくれて助かりました」


 すると律希は「本当かな」と言いつつも少し微笑んだ。


「良かった」


 その声の調子と表情を見て、紗奈はハッとなった。

 9年前、川に落ちた紗奈を助けてくれた人。

 ありがとう、が伝えられず、また会いたいと思っていたあの人。

 

「……律、さん?」


 かすれた声で紗奈は問いかけた。心臓が痛いくらい鳴っている。

 一ノ瀬は紗奈の言葉に驚いた。初めて会ったはずの紗奈が、自分の名前を知っている訳がない。それに、「律」は親しい友人が呼ぶ律希のあだ名だ。

 

「あの……僕ら会ったことあった? 律って、何で知ってるの?」


「覚えてませんか? 川野紗奈です!」


「川野紗奈……?」


 困惑して首を傾げる律希に、今度は紗奈が言葉を失った。

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