第5話 過去の兄妹Ⅰ

 2018年8月25日午後9時50分


 ゆっくりと過去の景色が開ける。

 

 そこは、予想以上に真っ暗だった。現在で律希と見た写真は昼の物だったが、その写真とはまるで別の場所のようだ。写真で見た綺麗な緑の木々も、今は真っ黒な影にしか見えない。


「……暑いね。1か月前に戻っちゃったみたい」


「1か月どころか、700年だけど」


 香織と律希の声が聞こえて、紗奈は振り向いた。すると律希が、仕事用ではない、自分の小型PCを操作して紗奈と香織に見せてくれた。


「この時代のネットワークに入ってみた。多分……これが公園内の地図。ホームページから取ってきた」


 その言葉に、香織が驚く。


「この時代のネットワークって、入れるの?」


「うん、基礎時代ならね。基礎課長の坂井さんが教えてくれた。でも、ここは少し電波が悪い」


 律希は地図を拡大させたり移動させたりしようとするが、操作と画面のタイムラグに苦労する。

 しかし、それでも紗奈は地図上に現在地を見つけた。


「あっ、私たちここですね」


 『お山の広場』を指さすと律希もうなずく。


「ちょうど公園の真ん中だ」


 律希は少し目を伏せて考え込んだ。


「どうしよう。ここで別れて今すぐ探すか……」


「それは危なくない?」


 香織がすかさず口を挟む。


「下手に動くと相手に先に勘付かれるし、別れるのは危険だと思う」


「でも、僕らには時間が無いんだ。最悪は改変されるか、逃げられてまたTSからやり直しになる。そうさせない為に来たんだろ」


「でも、暗すぎて動きようが無いじゃん」


 二人の主張がずれ、一瞬空気が濁る。

 正解なんて無い。律希は、ここで揉めるのが一番無駄だ、と考えて言い直した。


「じゃあ、お互い好きにすればいいよ。吉崎が不安なら川野と二人で居ればいいし、僕は一人で捜しに行くから」


 しかし、不意に紗奈が口を開いた。


「一ノ瀬さん、待って下さい。そのまえに一回、私にやらせて欲しいことがあって」


「……何を?」


 紗奈は答えずに目を閉じる。そして、心を落ち着かせて耳を澄ませた。


「……紗奈ちゃん、何してるの? 瞑想?」


「すみません、一回静かにして下さい。音で何か分かるかも」


 香織は黙ったが、律希は、無理じゃないか、と半信半疑だ。それでも紗奈は音を探し続けた。集中し、自然な音……自分の息遣いや木の葉の揺れる音はシャットアウトする。

 何か不審な音は聞こえないか。遠くの車のエンジン音、ブランコが揺れて軋む音……。


 ハッと顔を上げる。

 

 紗奈は目を開けて駆け出した。夜10時近い公園で、一体なぜブランコが揺れたのだろうか。風はそれほど強くない。自然にブランコが揺れるとは考えにくかった。


「紗奈ちゃん、一体何が聞こえたのー?」


 香織が紗奈を追いかけながら聞くが、紗奈は確信を持って真っ直ぐに走って行く。

 ブランコの前で、紗奈は立ち止った。しかし、そこに座っていたのはどう見ても密渡航の犯人とは思えない、小学生の男の子だった。

 紗奈は当てが外れたかと息を切らしてしゃがみ込む。すると、その男の子はふっと顔を上げ、怯えたような表情で紗奈を見た。


「か、帰らないから! 絶対、俺、帰らない!」


「えっ、帰らないって?」


 紗奈が困惑して首を傾げると、追いついて来た律希がすっと男の子に目線を合わせてかがんだ。

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