第18話

「ちょっとそちらに行きますねー」

「......なんで?」

「これを動かすのにも都合があるのです......よっ!」


先程の姿から小さく、幼くなった彼女がエリシアの膝の上ににちょこんと座る。

いきなり子供のようになった彼女に驚きつつ、

それが映像のせいだと分かっていても、

エリシアは自分が全く重さを感じていないことがとても不思議に思えた。


「ほら、そろそろ動くよー」


彼女の声が若干高くなり、幼さが出てきた言い方でエリシアに告げる。

すると、カヤダの車が軽い呻き声を出しながら動き始めた。

目を見開いて驚きに包まれるエリシアの前で、彼女は足をゆらゆら動かしながら

とても楽しげに体を揺らしていた。


「......あ」


忘れかけていた。


「どうしたの?」

「あなたの名前、なに?」

「......え?」

「ん?」


何かおかしなことでも言ってしまっただろうか。

エリシアは不安になる。


「今、それ聞く?」

「......うん」

「私、ついさっきあの人を殺しかけたんだけど......」

「治してくれたから、いい」

「   」


『そう言われるとは思わなかった』

彼女の驚きに包まれた表情がそう物語っていた。


「くっ......あはははっははははは!」


そして笑われた。しかも大声で。

屈託なく笑う姿になんとなくバカにされた気持ちになり、

エリシアは少し不貞腐ふてくされながらそっぽを向いた。


「ふう......ふう......あー笑い疲れた。

いやー、その答えは想像してなかったなー」

「そう?」

「うんうん......あ、だめだまた笑いそう」

「......」

「ごめんって。

あ、私の名前はリカって言うんだ!

あなたの名前は?」

「......エリシア」

エリシアちゃんか。

これからもよろしくね!」

「うん!」


そう言って彼女らは笑みを浮かべていた。

まるで、何も知らない無邪気な子供のように。



そして、その横でカヤダは依然眠ったままだった。


「そういえばさー」

「?」

「エリシアちゃんってどこであの人と会ったの?」


建物に向かう道中、リカがエリシアに訊ねる。

誰も運転していないはずなのに動く車の中で、微かな排気音のみが響いていた。


「......大きくて長いおうちのなか、だった」

「......もう、あそこから離れてたのかぁ......」

「ん?」

「んーん……。

こっちの話だからだいじょうぶ!」


何か憂いているような表情を振り切り、リカは無理やり笑みを浮かべた。

エリシアはそれを不思議そうに見ている。


「……カヤダと、しりあいなの?」

「……んー、どうだろ。

多分、向こうは私の方を知らないと思うから、私が一方的に認識してるだけ……かな」

「……ふぅん」


二人はカヤダの寝顔を見つめる。

ハンドルに顔をうずめるような形で寝る姿は、

黒髪の一部が血に染まっていることを除けば穏やかなものであった。


「……それって、寂しくない?」

「うん。彼みたいに私のことを知らない人は沢山いるから」


本当に何も思っていないらしく、リカは淡々とした物言いをしていた。


「……まあ、ちゃんと私のことを覚えている子もいるから。

エリシアちゃんとかさー」

「......」

「そんなことよりもさ!

エリシアちゃんって元の世界で何してたの?」

「......えっと......」


エリシアは、リカが何かを誤魔化しているようだと思った。

その様子を心に留めつつ、質問に答えていく。


「おうちの、手伝い」

「へえ!例えばどんなこと?」

「えっと......」


それは、



「たくさん、あたまから墨とか煤をかけられたり、

おとうさんとおねえちゃんに、なんかいも殴られたり、

おかあさんが元気だったときにもらったものを捨て」

「ねえ」


途中でリカの声に遮られる。

その声は、ほんの少し前のものとは一変して、

どこか、震えていた。


「......それ、さ。

本当の......こと?」

「ん?」


リカは俯いていた。肩を震わせながら。

エリシアにはそれが何故なのか、全くわからなかった。


「そう」

「そんなの、『手伝い』だなんて言わないよ!!」

「......なんで?」

「なんでって......」


リカは二の句が告げなかった。

あまりにも混乱して何を言えばいいかわからなくなってしまったのだ。

そんな様子のリカにエリシアは、


「だって、『お家に一緒にいる人が気持ちよくなるようにできることをするのがお家の手伝い』だっておかあさんが言ってた。

?」


「......辛く、なかったの?」

「............」


エリシアは何も言えなかった。


「わから、ない」


かろうじて、その言葉だけがこぼれ落ちていた。

おかあさんがいなくなってしまって、

おとうさんとおねえちゃんが人が変わったようになってしまって、

どうすればいいかわからずに、

ただ、二人の言うとおりに、

おかあさんの言葉を守るように

それだけを考えてあの時間を生きていた。


つい数日前のことのはずなのに、 

エリシアはその時の自分の感情を思い出せずにいた。


「答えを出さなくていいんだよ」

「......え?」

「そんな苦しそうになるくらいなら、考えないほうがいいよ」


そうなのだろうか。


「でも、それって......」

「ずっとそんなことばっかり考えてたら、壊れちゃうよ。

『疲れてるんだったら寝ちゃったら?』」


エリシアの意識が段々とあやふやになっていく。

そして、瞼がゆっくりと閉じていき――。


「おやすみ」








「んー......」


エリシアを後、リカはひとり考えていた。


「今回の子はちょっとまずいかも。

まあでも、茅田カヤダくんと一緒にいるなら大丈夫......かな?」


その声に誰も答える人がいないまま、ひとりごちる。


「まったくもう、後何百年経ったら私は壊れてくれるんだろうなー」








「おーい、もうすぐ着くよ!」


いつの間にか、二人とヒトリを乗せた車は先程の建物が見える距離まで近づいていた。

車は徐々に速度を落としていく。

二人の意識が覚醒する前に、車が完全に止まる前にリカは車の扉をすり抜け、

建物の中に吸い込まれるように入っていった。


「ん……ここは何処だ?」


その時、カヤダが目を覚ます。


「……やっとおきた」

「んあ?……リシアか。

ん?何で勝手にコイツが動いてるんだ」

「……少し待たせてしまいましたね」

「「あ」」


最初の姿と声に戻ったリカがエリシア達を出迎えに来る。

そして、


「ん?この2人がリカが言ってた奴らか?」

「ええ、そうですよ」



エリシア達は、見たことがある服を見に纏った少女と出会う。


「「……セイフク《制服》?」」

「え、そこ?」



◇◆◇


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死世界東京 〜明日なき少女と壊れた世界〜 青田夢結 @ikura_yume

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