第17話

カヤダの頭を強い衝撃が襲う。


ッ……!?」

「…………ね、ねぇ!」


頭を抑えて前のめりに沈むカヤダを見て、ようやく脳が追いついたのかエリシアが焦った声を出す。


汗が滴り落ち、手の隙間からは血が零れている。そして、その量はカヤダが助からない事を十分に示していた。


「……それで、あなたはどうします?」


女性がエリシアに向かって問いかける。

エリシアには立体映像越しの彼女が浮かべる笑みが、

人間の皮を被った悪魔の微笑みとしか受け取れなかった。

彼女が何を考えているのかもわからず、エリシアはおうむ返しに聞き返す。


「どうする……って、」

「私を殺したいのか、

それとも生きたいのか。

今の私は気分がいいですから、何でもしてあげられますよ?」

「............」


エリシアは急な展開についていけず、困惑していた。

何故か頭の中がすうっと冷えていくのを感じながら、

つい、思ったままのことを口走ってしまった。


「......たすけて」

「いいですよ!では早速――」

「カヤダを」


その一言を発した途端、女性の周りの温度が急速に下がった。

口に浮かべている笑顔は相変わらずで、目の表情だけが凍てついたものとなっていた。

自分が彼女に牙を向いた人間を助けて欲しいと言っていることに気付いたエリシアは、

(わたしもしぬかもしれない)

と思った。


「.....面白いですねぇ」


吐き出す言葉全てが、エリシアに恐怖を植え付けていた。


「『では、その代わりにあなたは私に殺されてくれますか?』

なんて訊いたらどう」

「それでもいい」


即答だった。

その問いを聞くまでもないと示すように、エリシアは相手の言葉を遮って言う。


「わたしは、カヤダに助けてもらったから。

つぎは、わたしが助ける」


あの時、カヤダに「いいえ」と言われていたら、

あの時、カヤダが私を拒絶していたら、

自分は生きてはいない。

エリシアはそう思っていた。


「......おやおや」


女性の凍りついた雰囲気が消える。


「――そう言われては、仕方ありませんね」


虚構の指がカヤダを指す。

そして、徐々に上に指先を上げていく。



「うっ......あぐっ......ああああああ゛あ゛あ゛あ゛!」



カヤダが呻き叫ぶ。

そして、カヤダの頭から潰れた小さな鉄塊がいくつか出てきた。


「......あら?脳まで達してなかったのですか。

映像からだとこれが限界なのですね......」


今度は指ではなく、手を少しずつ握りしめていく。

カヤダの一部となっていた鉄塊がぐにゃぐにゃと不規則に広がり、

頭の傷口と同じ大きさにまで狭まった。

それを押し込むように手を突き出すと、カヤダの傷口にそれが刺さっていく。

表面は少し覆いかぶさるようにして止血した鉄塊は、

そのままカヤダの皮膚へと色を変えていった。


「......!!」

「......ふう。こんな感じで大丈夫ですかね?」


エリシアは魔法のようなその力に食い入るように見つめていた。

カヤダは眠っている。

いつもの怖そうな表情ではなく、幾分か優しげな表情が見えた。


「......ありがとう、ございます」

「いえいえ、貴女を好きにできるのならいいんですよ!」

「.....?」


エリシアは一瞬、何を言っているかわからなかった。


「大丈夫ですよ。死ぬより酷いことはしませんから」


その意味を理解した時、エリシアの顔に冷たい汗が一筋流れた。


「......えっと、あの」

「さあ、まずはあそこに向かいますから。

あ、車は私が動かすので大丈夫ですよ!」


女性が指差したのは、先程カヤダと話題に上がっていたペンキ付きの建物だった。

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