第14話

「ッ!」


カヤダが歯を食いしばり、急いで車を怪物と逆方向になるように走らせる。


「......大丈夫?」

「わからん。

あいつの縄張りから逃げられるかは、正直、

微妙な所になるし、最悪あの大きさなら、縄張りを出た時の距離によっては縄張りから出て狩ろうとするかもな」


カヤダが顔を顰める。


「……ギリギリで行けるか?いや、そこまでのリスクを負うのは厳しいからな……。

だが、それでもここまでならギリギリになってもイケるか……?」

「縄張りの距離、わかるの?」

「大体だがな」


怪物の大きさが大きい程、縄張りの距離は伸びる。

そこから発見した際の距離や、相手の戦意、遠い距離で見つけた場合はこちらへ走り寄ってくるかなど、様々な方法で判断することができる。


今回は発見した距離は遠いものの、相手が明らかにこちらを狩ろうとしているため、縄張りの広さが予測できなかった。


「なんで今回に限ってなんだよ……!」


前回はこんなことはなかった。前々回も、そのまた前の時も。

カヤダは自分の運の悪さ、そしてエリシアの運の悪さに悪態をつきつつ、

事故を起こさないように道へ注意を向けながら車の速度をさらに上げる。

エンジンが嬉しそうに悲鳴を上げながら、この世界を駆けるエネルギーを生み出す。

更に揺れがひどくなる。

が、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに

カヤダは更にアクセルを踏み込んでいく。



エリシアは、そんな様子のカヤダを心配そうに見つめていた。






「これは……」



間に合わない。

カヤダはそう悟った。

走行した距離はとうに縄張りの圏内から外れているはずだ。

そのはずなのに、後ろの足音は確実に大きくなっている。


「Graaaaaaaaaaahhhhhhhhhhhhh!」

「縄張りを簡単に捨てられる動物型ってなんだよ....!」


或いは、縄張り自体を持っていないのかもしれない。

凄まじい轟音とともに建物が飛んでいるのが見えた。

また、怪物の体当たりで近くの廃ビルが吹き飛んで行く

その時の怪物の声が、幾分か嬉しそうに聞こえるのは幻だろうか。

この距離にもなると、怪物が走る際に飛び散る瓦礫が車へ降ってくる。

余計に運転が難しくなった悪条件に舌打ちしつつ、カヤダは一瞬だけ、

後部座席を鏡越しに見る。


「............」


エリシアは後部座席で何も言葉を発さず、ただ座っていた。

必死に揺れと衝撃に振り回されながら、

何かできることはないかと必死に考えていた。




エリシアの耳に、静かに溜め息をつく声が聞こえた。




「......潮時か」


カヤダがそう呟く。

諦めに近いその言い方に、エリシアはおずおずと訊ねる。


「......もう、ダメなの?」



カヤダは何も言わず、代わりに自らのリュックをエリシアの隣の席へ投げる。


「......?」

「そこから銃と青い筒をくれ。早く!」


後ろを見ずに強い口調で言ったカヤダに触発されるように

エリシアは慌ててリュックのぶら下げてある銃と、

リュックをひっくり返して見つけた薄く青く発光しているものをカヤダに渡す。

カヤダはそれを受け取ると、青い筒を銃口に押し込み、

エリシアを運転席に乗せた。


「....?......!?」

「そこで右側のレバーを足で踏んでおいてくれ」


カヤダがアクセルから足を離した瞬間、

エリシアはカヤダの足があった方のレバーを踏む。


「おも......!」

「そこから足を離したら俺もお前も死ぬから気をつけろよ」

「......え、カッ......!」


そう言い残してカヤダは屋根裏に登る。

車と怪物の距離は既に数十メートル程まで近づいていた。

怪物は嬉しそうに目を細め、口を大きく開ける。

怪物の歯には、人間の残骸がこびりついていた。

カヤダは怪物に向かって、軽く問いかける。


「お前、もしかしてあの場所にいたか?」


カヤダの脳内に浮かんだのは、カヤダのビルのすぐ外で繰り広げられた、

大きな怪物が、それよりも小さい怪物と人間を食い殺すただの地獄だった。

――カヤダが知る由もないが、

その後の残骸は、エリシアがこの世界に来て初めて目にしたものだった。



「縄張り自体を持たない個体に会うのは初めてか」


あの時の怪物とシルエットは似ている。

だが、自分がそう思いたいだけかもしれない。

そんな事を考えながら、カヤダは口の端を歪めた。

命を狙われているのに、それを殺さない理由など無い。

今とは違い、当時のカヤダにはこれを屠れるほどの弾はなかった。

なら、いまは――。


「......自己満足の範疇でしか無いかもしれないがな」

両手で青く発光し、微かに軋む音を立てる銃を

カヤダは怪物に向かって構える。


「同じ、変わり果てた世界に来た縁だ。

......一回で終わらせよう」


既に怪物の口はカヤダをひと呑みにできる距離まで近づいていた。

うっすらと見える怪物の目は愉悦と、確かな慢心が混ざる。

そして、



引き金を引く音と共に、


轟音。



その瞬間、怪物の体に無数の風穴が作られていた。

口に。

頭に。

胸に。

足に。





怪物は動きを止める。

カヤダを嬉しそうに見つめていた目は、大きい音を立てて倒れ、

カヤダは小さく、息を吐いた。



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