第8話

何かに対して手を伸ばしていた。

どれだけ手を伸ばしても、届かなくて。

体がちぎれてもいいと思っているのに、

体がちぎれるくらい伸ばしても、届かない。

──つい、瞬きをしていた。

一瞬のことのはずなのに、次に目を開いた時には、手を伸ばしていた先にあった物が、消えていた。

そして、エリシアは何に手を伸ばしていたのかさえ忘れていった……。



「たす、けて……」

果たして、その言葉は誰に向けたのか。



エリシアが目を覚ますと、辺りは光が漂っていた。

周りを見回すと、頭上から丸い光源が微かに点滅しながら光っていた。

窓の外からは、赤黒い空が見え───。


「……あ、」

いつもと同じように、家の掃除から始めようとした身体を抑える。


「……あそことは違う。あそことは違う……」

必死で意識を押し込めながら、エリシアは呪文のようにその言葉を言い続ける。


「……おい」

「ひゃっ⁉︎」


後ろから悍ましく低い声が聞こえ、恐る恐る後ろを振り返る……。


「お゛?どうした」

「……………ッ」


その声は昨日のカヤダと大幅に異なるもので

エリシアの中でカヤダの印象が徐々に恐ろしいものへ───。


「あ゛ー、もう朝か。

……ぢょっど、まで」


そう言ってカヤダは喉をいじる。

10秒ほどそうしした後、


「あ゛ー、あー……これならいいか?」

「……ほんとうにカヤダ?」

「そこまでかよ……」

「怪物がカヤダになりかわったって思った」

「……ははっ」


カヤダは力なく笑った。

元々、朝になると声の出が悪くなるため、朝だけいつもと違う声が出るのだが、そこまで拒絶されるほどのものだとは思わなかった。


「……ま、これからは気をつけるわ」

「……ん」


気を取り直し得て、カヤダは昨日と同じリュックを背負い、


「じゃ、今日はどうしたい?」

「……お腹すいた」

「そこに転がってるぞ。飯が」


カヤダは、エリシアが倒れていた山を指差す。


「そこに色々とあるから、好きに食え。

……っていっても、もう食べてたか」


エリシアがびくりと身体を震わせる。

「……ごめんなさい」


「あ?別に怒ってるわけじゃねぇよ。

別に好きにしていい」

「……怒ってないの?」

「ああ」

「……ほんとに?」

「……お前が元の世界でどう過ごしていたのかは知らんが、べつにそこまで縮こまらんでいい。……リシアをこき使うとか、はしないからな」


いつぶりか、自分の名前を呼ばれた。

エリシアにこの名前をくれたあの人達は消えエリシアだけが自分の名前を覚えているような状態だった。

自分の名前を呼ぶ人なんて、自分に優しくしてくれる人なんて、もう一生いないと思っていた……。



「……うん」

「ちょっ、おいどうした!?」

「……?」


エリシアが頬を伝う温かいなにかに気付いたのは、カヤダの焦った声を聞いた時だった。


「……だいじょうぶ。なんでも、ない」

「いや、大丈夫じゃねぇだろ」

「……カヤダ」

「あ?」

「ありがと」

「…………」


カヤダは呆然と立っていた。そして、ぎこちなくエリシアに背を向ける。


「……下にいるから、何かあったら来い」

「え?」


そんな台詞を残して、カヤダは部屋から去っていった。


「……??」

エリシアは首を傾げた。

お礼を言っただけのはずなのに、何故、あれほどカヤダの耳が赤かった理由がわからなかったから。


◆◇◆

プロットと小説を見返していた際に、少しまずいミスが見つかったので修正のため、少し更新を停止します。すみません…。


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