目を覚ました有藤くん

 給食が終わって昼休みになると教室の中に残る人は少ない。でも、有藤くんにとっては堂々と眠れるお昼寝タイムだ。机に突っ伏して、左腕を枕に目を閉じている。

 ごめんね、有藤くん。ちょっとだけ起きて欲しいの。

 黒板の上にある時計を見て、わたしは彼の耳元で魔法の呪文をささやいた。


「事件だよ。有藤くんでも解けないかもしれないけれど」


 すぐにピクっと眉が動いた。パッと目を開け、スッと起き上がり背筋を伸ばす。

 有藤くんが目を覚ました。


「僕が解けないほどの難事件なのか、彩菜」


 やった! 名探偵モードの有藤くんだ。

 思わず胸の前で小さく拍手をした。


「どんな事件なのか、聞かせて」


 彼がノートとシャーペンを取り出した。

 わたしも時計を見ながらノートを開く。まだ三十秒。時間はある。

 昨日の放課後に起きたこと、関連ありそうな六人から聞いた話を有藤くんへ伝える。


「珍しいじゃなーい!? かけるが起きているなんて」


 美優がスキップするようにやってきた。有藤くんが目覚めてから二分が経っている。


「美優、ちょっとだけ待って。いまは時間がないの」

「お二人の邪魔をするつもりはありませんけどぉ」


 美優がわたしの肩を抱いてささやく。


「さっき、翔の耳元でなんて言ってたのよ。誰もいないからって『愛してるよ』とか言ってたんじゃないのぉ?」

「そんなわけないでしょ!」


 彼女にからかわれて、きっと耳まで真っ赤になっていたかもしれない。でも、今はそれどころじゃない。時計を見ると三分が過ぎていた。急がないと。


「理沙のマスクがなくなった話を相談していたの。そういえば、美優もあの前に教室へ行ったの?」

「うん」

「教室へ行ったとき、誰がいたか覚えてる?」

「ノートを取りに来ただけだったからよく覚えてないけれど、確か二人いた気がする」

「涼真と会った?」

「階段のところですれ違ったよ」

「そっか」


 ヤバい、もう四分を越えてた!

 有藤くんがまた眠くなっちゃうまで一分を切ってしまった。心なしか、彼の頭が前に倒れかけている。


「どう、有藤くん。謎が解けた?」

「解けたよ。彩菜の説明でほぼ分かったけれど、美優の話で確信した」


 ノートを見ながら話す有藤くんの口調が少しずつゆっくりになり、頭も下がっていく。もうすぐ五分になっちゃう!


「誰がマスクを取ったの?」

「謎を解くカギは順番……」


 有藤くんは再びスライムになった。



 彼が残したヒントを基に美優と二人で考える。


「順番って言ったよね。教室を出た順番、ってことかな」

「それなら最後が圭、その前が小百合」

「私が教室へ戻ったのがそのときだ」

「美優とすれ違った涼真が次、貴裕は三人が残っていたと言っていたし、麻実は真奈美のすぐ後に出たから……」

「整理すると、教室を出たのは真奈美、麻実、貴裕、涼真、私、小百合、圭の順番ってことね」


 え、ちょっと待って。

 あの人が


 美優と手分けして彼を探して教室に来てもらった。彼も何を言われるのか覚悟しているみたい。


「マスクを隠したのは貴裕だったんだね。美優が教室に入ってきたところ、隠れて見ていたんでしょ」


 黙っている彼を美優がさらに責める。


「自分で隠しておいて代わりのマスクを差し出して、好印象を与えようとでも思ったの?」

「違うんだ、僕はただ……」


 何か言おうとした美優を抑えて、彼の言葉を待った。


「まさかあんな風に理沙が泣き出すなんて思ってなくって。すぐに返せば『驚いた』とか言って笑ってくれると思ったんだ。僕はただ、理沙の笑顔が見たくて……」


 貴裕が心の底から反省しているのは、マスクをしていても目だけで伝わってきた。

 美優も同じだったのだろう。理沙へ謝るように言うと「ごめんね。迷惑かけて」と彼は頭を下げて教室を出ていった。


「男ってバカよね」


 美優がつぶやいた。

 事件が解決したことを知らずに、隣で寝ている有藤くんに目を向ける。


only a littleちょっとだけね

「なに。翔だけは違うといいたいの?」

「そんなこと言ってないでしょ」

「いま、オンリー アリトーって言ったじゃない!?」


 もう美優ったら。また耳まで赤くなった気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

有藤くんは今日も眠い 流々(るる) @ballgag

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ