第21話 終結、そして魔王と邪神

 拮抗する戦いに、黒竜フェブリスは一手をかける。

 カルムは思わず構えるも、それが無駄とわかるまで、時間はかからなかった。


 黒竜フェブリスは両腕を大きく広げると、円を描くような大仰な動作で不可視の力場を操り、空間に強力な螺旋状の圧をかける。

 それによって生じる空間断裂の嵐がカルムを襲った。


 ────『ヴォイドニック・ストーム』。


 一見巨大な竜巻ではあるが、計測不能レベルでの空間変動が起きている。

 ゆえに巻き込まれれば物質的にも概念的にも存在の維持は不可能の領域にまで至る。


「う、ぐ、あぁぁぁああぁぁあああああぁああああッ!!」


 何重層もの魔力障壁に身を守るもバリバリと紙を破くように突破されていく。


(ダメ、速すぎる……ッ!! 演算が追い付かない……このままではッ!)


 秒読みで破壊の渦はカルムに迫り。


 ベキィッ!


「────ぁ」


 舞い上がる身体。

 脳裏に映るは走馬灯。

 

 幼いころより孤独ではあったが、ある日戦乙女に選ばれ、鍛錬し、さらなる強さで世界を守ってきた。

 そんな中で最たる存在、六姉将に選ばれ、これから姉妹となる者たちと出会った。


 そのときの思い出。

 皆が手を伸ばし、自分もまた手を伸ばしたところで……。


 

「ぐ、はぁああッ!!」


 戦乙女というだけあって、その強度は本物だった。

 肉体は砕けずに済んだが、死は避けられなかった。


 天高く打ち上げられたカルム。

 鎧は砕け、インナー姿の身体で綺麗なアーチを描くように仰け反っている。


 力なく大地へと落下した。

 その真下で黒竜フェブリスは上に片手をかざし、落ちてくるカルムをキャッチする。


 背中にもろに直撃したようで、一瞬彼女の身体が痙攣した。


「ふぃ~、さすがは上位に食い込む戦乙女と言うだけはあるね」


「黒竜様、ご無事ですか!」


「やぁリンデ君、このとおり元気いっぱいだよ」


「まさか……こんな短期間で戦乙女を3人も……、しかも内ふたりは六姉将ですよ!」


「苦労した甲斐があったよ。さてリンデ君、このまま魔王の元へ行こうと思うんだが」


「仰せのままに」


「……と言うわけで、お土産を持って行こう!」


「お土産?」


 そのあと、ジークリンデは言われるがままお土産を用意し、ともに魔王領へと向かった。


 魔王領。

 不毛な大地を見上げれば、暗澹あんたんたる雲行きがどこまでも。


 しかし黒竜フェブリスは止まらない。

 運命のときは訪れた。



「失礼するよ魔王君」


「……貴様は」


「まずは詫びを。本当はもっと早くに来たかったんだが、ここまで道中色々混んでてねぇ」


「黒竜、フェブリス……!! その様に成り果てなお、現世にしがみつくとは」


「アッハッハッハッ! いやはやこれは手厳しい。あ~リンデ君、例のものを」


「はい」


 家臣たちが睨みを利かせる中、ジークリンデは魔王の御前に箱を置いた。

 中身を見て、全員が驚愕の表情に歪む。


「こちら、つまらないものですが」


「おい貴様! これはなんの真似だ!?」


「お気に召さなかったかな? ……


 小首を傾げる黒竜フェブリスに魔王は怒りの声を上げる。

 

「これを手土産にして贖罪にでもしたつもりか!?」


「贖罪? 君の幹部を殺してしまったことかい? 主君に愛されているだなんて、いい子だったんだねぇ」


「貴様が彼女を……サーシャを語るな。彼女は今は亡き妻の……妹だった!」


「ほう……大事な家族だったんだね。その振り絞るような声でどれだけ大切に思われていたかわかるよ」


「世界を支配する前に、やはり貴様との勝負は避けられん」


 立ち上がる魔王に黒竜フェブリスは拍手で迎えた。

 傍に控えるジークリンデも臨戦態勢に。


「貴様らをここで始末する。それが我が妻と義妹のはなむけだ」


「ではお相手しよう。その思いを無碍にするなどもったいない。リンデ君、君は周りの家臣たちを頼むよ」


「仰せのままに」


「さぁ、やろうか魔王君。君の愛も、是非欲しい」


「まだ喰い足りぬか、よかろう。……おい、『あれ』を出せ。今こそかの力を見せつけるときだ!!」


「サプライズは好きだよ。なにを出してくれるのかな?」


「……かつて人類の守護神、だったもの。今や忌み疎まれ邪神となりはてた女よ! 戦乙女たちに差し向けてやろうかと想ったが……性能を試すにはちょうどいい!」


「ほう、魔王軍側の切り札と言うわけか。それはまた楽しみだねぇ!」


 警戒どころか子供のように喜ぶ黒竜フェブリスに嫌悪感を隠せない。

 だが、すぐに召喚の儀は終わり、『彼女』は姿を見せる。


「邪神アナーヒタ、出番だ」


 足元まで伸びる髪に、水色を主とした裸身のようなフォルム。

 周囲には衛星のような細かい無数の宝玉が、彼女を基点に廻っていた。


 神聖さの中に生命の生々しさを感じさせるような雰囲気の奥には、無数の刃物のような殺気と怨念を感じられる。

 

「これはこれは! 初めまして、女神アナーヒタ君。黒竜フェブリスだ」


「……オイシソウ」


「は?」


「アナタ、美味しそうな匂いがするわね」


「おやおや、これは一本とられたかな?」


「笑っていられるのも今のうちだ」


「ほう、魔王君も戦うかね。……慢心はなしときたか」


 黒竜、邪神、魔王。

 この世の闇が今ぶつかり合う。

 

 

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【ヒト型からドラゴンへ】黒竜フェブリスは今度こそ世界を破壊したい~とりあえず元の姿に戻りたいので、かたっぱしから食らっていきます~ 支倉文度@【魔剣使いの元少年兵書籍化&コ @gbrel57

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