第20話 加速する愛の鼓動

「君たちはワタシの敵として実に誇らしい……だが、もっと過激なものが見たい」


 掌をかざす。

 その中心にギョロリとした瞳が出てくる。


 次の瞬間、世界の色彩が白黒に転じて謎の重圧が周囲一帯に圧し掛かった。

 ふたりは思わず硬直するが、なんの異変もない。


 異変があるのは自分たち以外のほうだ。


「な、なんや、て……」


「……多数のエネルギー反応、し、消失? 一瞬で?」


 ────『ヴォイドニック・シャドウ』。

 任意で選定した存在のみを、遥か遠い異次元空間へと強制転移させる。


 瞳に映る範囲ならば人数も質量も行動も問わない。

 兵士たちはもちろん、魔王軍の一部が姿を消した。


 傍から見れば大雑把な神隠し。

 それゆえに一撃喰らえばひとたまりもない。


 脱出方法など、そこにありはしないのだから。


「これやっちゃうと魂が食べられなくなる……だからあんまり多用したくないんだが……ほぅら、君たちをこうして怒らせるには十分だ」


「アンタ……地獄落とすだけじゃ済まさんぞッ!!」


「アナタの力は、あまりに過ぎたものです。黒竜フェブリス、母様の名の下に、アナタをもう一度あの世へ送りましょう」


 無常の風が空間をより大きく映す。

 青空に浮かぶ破壊の化身、それを見上げるふたりの瞳には怒り以上に使命感が燃え上がっていた。


「そろそろ君たちの魂を喰らうとしよう」


 彼もまた先ほどとは打って変わり邪悪なオーラを強めていった。

 黒煙のように立ち込める気配は、ふたりをせせら笑うように包もうとする。


「見た目に反して、霞みたいな妖邪やねぇ。どれだけ砕いても……」


「えぇ、まるで実体がないような……悪夢そのものが……ヒト型に蠢いているよう」


「ワタシは君たちにとても感謝している。君たちのパワーがワタシの糧になる。君たちの献身がワタシに力を与える。ひとつひとつの輝きがワタシに世界を破壊するための力を与えてくれるんだ」


「そんなん、許すと思うとるんかえ?」


「アナタの野望はここで終わりですッ!」


「素晴らしい。その言葉を」


「え?」


「嬉しく思うよ」


 不自然な言葉の途切れ方をしたと思えば、黒竜フェブリスは残像を残してカルムの背後に立ち、そのまま勢いよく蹴り飛ばしていた。

 

 さっきまでとは段違いで速さが上がっている。 

 そればかりば瞬速の迎撃に順応し始め、一気に攻勢に転じ始めた。


「なんや、さっきより植物が生えにくくなってる……それならこれで!」


 フゥーと映える所作で空間に吹きかけると、花べんがカッターのような切れ味を以て黒竜フェブリスの身を斬り裂いていく。


 切り口から植物が生えようとするも、すぐに枯れていく様を見て、フォイランは背筋を凍らせた。


「まさか……もう克服してるって……?」


 進化は止まらない。

 カルムに対する動きにも余裕が現れ始め、標的をフォイランに向け始めた。


「……ッ、させません」


「ほう、では止めてみたまえ!」


「フォイラン!!」


 普段の表情にはないカルムが声を張る。

 これだけで死の気配を感じさせた。


 フォイランは向かってくる黒竜フェブリスを惑わすように幻術の結界を張る。


 カルムはスピードを緩める気がない彼を追いかけるも、瞬間移動により一気に距離を離された。

 

「まずい……このままでは、フォイランが!!」


「くっ!」


「フォイラン君、君の力は実に素晴らしい……。ワタシの糧に相応しい魂だ」


「ダメだダメだダメだダメだダメだダメだいけないいけないいけないいけないいけないいけないフォイランが死ぬ、死ぬ、死ぬ、死んじゃう、死、死、死死死死死、死んじゃうダメだ死ぬなんてダメ、また誰かが死ぬなんて許さない。……阻止、全力阻止、これ以上大切な人が死ぬのは認可しない!」


 だが鎧の出力は限界を向かえている。

 ところどころが赤熱し、オーバーヒートを向かえようとしていた。


「このぉ!」


「おおっと」


 その一方で繰り広げられるぶつかり合い。

 フォイランのふたつの鉄扇を用いた体術。

 ミレーやカルムとは違い、曲線的で流麗な動き。


 だが単純火力で黒竜フェブリスに圧しきられていた。

 幻術は看破され、もはやハリボテにもなりはしない。

 

「花のように散るといい。ワタシはそれを慈しもう」


「やめろぉぉぉおおお!!」


 ワナワナと瞳を震わせるカルムの咆哮ひめい

 黒竜フェブリスの貫手がフォイランの胸をえぐったと同時にカルムは彼女を抱き止めるようね飛び抜けた。


「フォイラン、フォイラン!」


「う、ぐ……やって、しもた……」


「大丈夫、大丈夫、大丈夫……魔力流動による回復術式、展開。私の魔力出力40パーセントを……」


「やめや……自分の身体のことは自分がよくわかってますえ」


「しゃべらないで! あぁ血が……。止まって、止まって、止まって、止まって……」


「魔力をぞんざいに、使う、な。……それは、黒竜を倒すための、力、や」


「ダメ、ダメ、ダメ……アナタも一緒に帰るの。皆と一緒に……、だから……────フォイラン?」


 目を見開いたまま、フォイランはカルムの腕の中でこときれていた。

 想像したくもなかった最悪の事態に、カルムは大きく口を開く。


 悲鳴を上げたくても、あまりのショックに声が出ない。

 声がかすれて、今にも内臓を吐き出しそうだ。


 託した言葉はあまりに少ない。

 されど言葉に乗った思いは潰れんばかり響いてくる。


 それがカルムに勇気を嚙み締めさせた。


「……黒竜、死にぞこないの分際で、生まれ損ないの分際で、よくも姉妹を……私の大事な人を……」


「あぁ、やはりそうか。ひと目見て君にはなにかあると感じていたよ。やっと自分をさらけ出してくれたんだね? ワタシは嬉しい。君の気持ちが知れるなんて。カルム君、ワタシはもっと君のことが知りたいよ」


 そうしてフォイランの魂を吸い取った直後だった。

 彼女の鎧は膨張でもするかのように変形し、ついには限界以上のパワーを引き出してくる。


 形相はさらに激しく、最初の冷静さはどこへやら。

 拳と拳のぶつかり合いの中で、黒竜フェブリスは歓喜に震える。


「素晴らしい……君は理知的に見えて実はそうではない。そう振る舞わないとすぐに感情が溢れ出てしまうタイプだね?」


「貴様ァァァアアア!!」


「それは激しくも脆い、そう、まるでガラス細工の人形のように」


「黙れぇぇぇえええ!!」


「冷徹さを演じるための心の仮面、その下にある溢れんばかりの激情。それが本当の君だ。そうでもしなければ、君はあまりに情け深い。こうして取り乱してしまうほどに。……美しい。今の君はとても可愛いよカルム君」


「気安く私を呼ぶなぁぁぁあああ!!」


 ドガドガドガドガ、ゴガッッッ!!


 交えるほどに大地はえぐれ、空間が歪む。

 パワーは互角、互いに意志は譲らない。


「だが、そろそろ終わりにしよう。……楽しかったよカルム君。君とフォイラン君に出会えたことを、誇りに思う。安心してくれたまえ、ほかの姉妹もすぐにワタシの中で会わせてあげるからねぇ」


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