第13話 勇者の存在

「そうですか……賊が馬車を襲ったときに私は気を失って……」


「うむ……。だがここにいる旅のお方が助けてくれたんだよ」


 ヴァルトニー伯爵ふんする黒竜はニコニコとジークリンデを紹介する。

 ジークリンデは無言で会釈をした。


「まぁ、なんて勇気のあるお方でしょう! 初めまして旅のお方。私はクラウディア・ヴァルトニー。是非アナタのお名前を」


「……ジークリンデと申します。おふた方、道中危険です。私が護衛となりましょう。馬車を起こしましたので私が御者の代わりも務めます」


「ほう、それは助かる。ありがとう」


「ではお言葉に甘えて。屋敷についたらたっぷりとお礼をさせていただきます」


「……ありがたきお言葉」


 内心舌打ちしながらもジークリンデはふたりを乗せた馬車を動かし、屋敷のある街へと向かう。

 ぶどう園の多い豊かな丘陵地帯に作られた城壁は白く荘厳で、身も心も清廉な気分にさせる印象だ。


(私には、いえ、私たちには不釣り合いな場所ですね)


 屋敷に辿り着き、フードの中からこっそり睨むように街を見渡すと、使用人の何人かがジークリンデを見てギョッとする。


「だ、旦那様! このお方は……」


「彼女は命の恩人だ。無礼は許さん。それとも、我が家訓には恩を仇で返すようにと書かれていたかな?」


「い、いえ、そのような……! 丁重におもてなしさせていただきます」


「うむ。任せる」


 黒竜の演技にも拍車がかかっている。

 まるで本当にそう見えてきた。


 使用人が怯えたわけだが、ダークエルフというのもあるだろうが、恐らくは戦乙女ミレーでの戦いのことが情報として流れているのだろう。


 黒竜を名乗る不審な騎士と一緒にダークエルフもいた。

 そうなれば恐怖は自明の理だ。


(しかし黒竜様……ようやる)


 妙なところでノリノリな部分があり、ついていけないところがあるも、黒竜への信頼は揺るがない。

 ジークリンデはこのまま芝居を続けることにした。


「さてジークリンデ殿。ゆっくりとくつろいでいってくれたまえ」


「恐れ入ります」


「ジークリンデ様! 是非アナタのお話をお聞かせくださいませ! アナタの武勇伝をお聞きしたいですわ!」


「ハッハッハッハッ、こらこらクラウディア。まずは彼女を休ませてあげなくては。話は夕食のときでもいいだろう?」


「むぅ、わかりました」


「それに、今日は『彼』が来るのではなかったかね?」


「え? ……まぁ! 私としたことが! す、すぐに準備をしてまいります! ジークリンデ様、アナタも是非彼と会ってください。では失礼いたします」


 応接室出るクラウディア。

 ふたり残された黒竜とジークリンデ。


 密談には丁度いいタイミングだ。


「黒竜様、『彼』とは?」


「……クラウディアの恋人、いや、親公認の婚約者といったところかな」


「あぁ、だからあんなにも幸せそうだったんですか」


「あぁ美しい……どんな味がするのだろうね。彼女らの愛は」


「やはりそこですか」


「そこだとも。愛には無限の可能性がある。……さて、ワタシは公務に戻らなくては。伯爵は忙しいねぇ。リンデ君はゆっくりしていきなさい。メイドたちに部屋を用意させるから、存分にくつろいでいってくれたまえ」


「ではお言葉に甘えて。なにかあればお申し付けください」


「うん、では……」


 こうして時間は過ぎ、夕食の時刻となる。

 食堂には豪勢な食事をテーブルの上に並べる使用人たちの姿が。


 メイドたちに食堂へ案内される途中で、クラウディアと出会った。

 

「まぁジークリンデ様! これからお食事です。ともに行きましょう」


「私はかまいませんが、そちらの方々は?」


「あぁ、紹介します。魔王討伐の旅に挑まれる勇者様御一行です」


「勇者?」


「初めまして、俺はリーダーのヘンダルフ。……勇者って聞くとあんまり馴染みないかもしれませんね。でも星雲の戦乙女と志は同じです。俺は自分の力で魔王を討伐するために旅をしています」


「それはそれは、難儀な旅ですね」


 ジークリンデはほんの一瞬視線を逸らした。

 こういう変わった考えを持つ者たちもいるのか。


「クラウディアから話は聞きました。本当にありがとうございます。アナタのお陰で彼女と伯爵は救われました」


「いえ、別に」


 距離感からしてクラウディアが惚れているのはこの男だろう。


 彼のどういうところに惚れているのかは知らないが、先ほどよりもかなりおめかしをしているクラウディアの姿に、どれほどまでの希望が胸につまっているか、想像に難くない。


 白を基調とし、胸には青色の宝石類を装飾したネックレス。

 そして手には金色に輝く指輪だ。


 彼女の胸の高鳴りを表現した輝かしい衣装に、ジークリンデは密かに片目を細めた。


「さぁさぁ早く行きましょう! おふたりの旅のお話を聞きたいのです! ……特にヘンダルフ。アナタはずっと旅をしていますから私は寂しくて……」


「申し訳ありません。今日はいっぱい話しましょう」


 子供のような表情を見せるふたりを横目に、寡黙かつ怠惰な表情で食堂へ向かうジークリンデ。

 貴族の家ということで、もてなしはとてつもなく豪勢。


「さぁ、席に着きたまえ。食事にしよう」


 ヴァルトニー伯爵黒竜フェブリスがニコリと微笑む。


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