第12話 ワタシがパパになるんだよ
「広範囲の認識阻害。リンデ君は実に優秀だ」
「あの、黒竜様。なぜこのようなことを?」
「なぜって?」
「決まっているではないですか。あれだけ啖呵を切っておいて、こんなコソコソするような真似を……。これまで通り堂々と破壊の限りを尽くし、魂を喰らえばいいではありませんか」
「ん~、確かにそれが一番だと思うんだよ。むしろセオリー。でも、それじゃあダメだ。愛のパワーは偉大なのだ。強者をより強く、果ては弱者を強者へと導く。そのパワーをワタシの破壊エネルギーに変換すればより強くなれる。もしかしたら以前のワタシより強くなれるかもしれない。そんなチャンスを逃す手はないよ」
「そう、ですか」
「君もいずれわかるよ。愛だよ愛! ジュデ~ム、リンデ君」
「いえ、間に合ってます」
そんな会話をしながあら歩くこと数分くらい。
木々の向こう側で悲鳴や怒号が聞こえてきた。
隠れながら見てみると道が広がっている。
そこには大勢の人がおり、横転した馬車を取り囲んでいた。
野次馬や家来というタイプの者たちではない。
むしろ仇なす者の類、恐らくはここらを根城にしている山賊か。
彼らの目線は馬車の主、高貴な衣装をまとった人々に向けられていた。
気を失っている娘をかばうようにして、立派な髭を生やした男がその場に片膝をついている。
「くそう、貴様ら、この私を誰だと思っている」
「知ってますよぉヴァルトニー伯爵」
「俺たちが欲しいの、わかりますよねぇ? ヒッヒッヒッヒッ!」
「か、金か……!」
「そうそう、わかってんじゃないですかァ」
賊はニヤニヤとしながら娘に目をやる。
「だ、ダメだ! 金ならやる! だが娘だけは……!」
「いーや、ダメだなぁ!! その娘もいただく。そしたら命は助けてあげますよ」
「げ、外道め……! 娘には指一本触れさせん!!」
「これだけの人数をやるってかぁ? もうアンタらふたりだけだぜぇ?」
「そうそう、大人しく金目のモンと娘置いてけって……悪いようにはしねぇからさ!!」
賊たちの高笑いが響く中、甲冑独特の拍手の音が響く。
「……『親子愛』、実に美しい!! 窮地の中、愛娘を守るために身体を張る姿。ワタシは感動したよ」
「あぁん? なんだぁテメェ?」
「ヴァルトニー伯爵、だったかな? 君の瞳にはとてつもない愛の輝きが見て取れた。ワタシは今猛烈に感動している。今の今までが無作為に過ぎたからね。今度はキッチリ味わわないと」
「おいテメェ! 無視してんじゃ────」
次の瞬間、黒々とした5本の触手によって賊たちは瞬く間に貫かれる。
触手の正体は右手の指。
蛇のようにしなるそれはジュクジュクと音を立てながら、賊たちを溶かしていった。
「ぎゃぁぁああああああああああ!!」
「た、助け! 助けてぇ!!」
「ななな、なんだ! なにが起きている!?」
ヴァルトニー伯爵は娘を腕の中にして、恐怖に顔をひきつらせる。
ドロドロに溶けた肉から飛び出る魂を自身に取り込んでいく目の前の騎士に一歩も動けなかった。
「驚かせてすまなかったね。ワタシは黒竜フェブリス。世界を破壊する者さ」
「こ、黒竜!?」
「君の愛は素晴らしい。見ていて心が震えた。────そのエネルギー、ぜひ欲しい」
「や、やめろ! やめろぉおお!!」
断末魔も虚しく、伯爵は黒竜によって吸収されていった。
「お、また新しいことができるようになったよ」
「いきなり飛び出されたと思えば……。それで、できるようになったこととは」
「まぁ見てみたまえ」
次の瞬間、黒竜の姿が一瞬にして先ほどのヴァルトニー伯爵へと変化する。
しかも記憶まで継承しているから、ほぼ本人と同格だろう。
────『ヴォイドニック・ドレイン』。
吸収した相手の情報をすべて読み取り、変身することが可能になる。
好みや癖、知識、思想に至るまですべてがわかっているので怪しまれることはない。
しかしまだ慣れていないため、調整が必要だ。
「なるほど、これなら人間を吸収して変身することであちこちに行き来できますし、応用は利きやすいでしょう」
「それでね~リンデ君ね~頼みがあるんだがねぇ~」
「……だと思いました。あと黒竜様、その人間の姿でクネクネするのはご自重ください吐きそうです」
「冷たいなぁ。いいだろう。今のワタシはヴァルトニー伯爵だ。ウォッホン。さぁひと芝居しようじゃあないか」
娘が目覚める前に黒竜は行動に移した。
そして娘が目覚めると……
「おぉクラウディア! 目が覚めたか! 怪我はないか、もう大丈夫だぞ!」
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