第14話 ジークリンデの瞬殺劇

 食事のあと、各自それぞれの時間を過ごす中、ひとり執務室を訪れる者がいた。

 メガネをかけた魔術師の少女だ。


「おぉ、入りたまえ」


 ノックとその声ににこやかに答え、魔術師を中へと入れる。

 面持ちからしてこちらへの殺気がうかがえた。


「これはこれは。なにかご用かな?」


「誤魔化さないで」


「誤魔化すとは?」


「私にはもうわかっているのよ」


 彼女は杖を黒竜のほうに向ける。

 いつでも魔術が発動できるようにしているあたり、サプライズではなさそうだ。


「まいったな。なにがわかっているというのか。私にはさっぱりだよ」


「確かに最初は騙された。本物と信じて疑わなかった。でも、残念ね。その姿の奥から微妙に漂う邪気までは隠せてないわよ」


「……」


 まだまだヴォイドニック・ドレインの精度が未熟らしい。

 99パーセント再現できても、残りの1パーセントの粗が出てしまうことに、黒竜は反省した。


 その反省を埋めるには、さらに成長するしかない。

 成長は大事だ。


「ハッハッハッハッ! なんのことかさっぱりだなぁ!!」


「だから誤魔化さ────」


「────と、苦しまぎれの嘘をつくのもちょっと苦しいね」


「……認めるのね」


「認めるよ。お見事だ。そして、さようなら」


「────え?」


 ザクッッッ!!




 場所は変わってクラウディアとヘンダルフ、そしてジークリンデ。

 3人は応接室で話の続きをしていた。


 クラウディアはヘンダルフの話にお熱な様子。

 彼の仲間たちは気を遣って部屋で休んでいる。


 ジークリンデも指示が出るまで休んでいたかったが、彼女がどうしてもと聞かずのありさまだった。

 賑やかな会話をぼんやりと聞いていたときだった。


『リンデ君、すまない。予定を繰り上げる』


(どうかなさったのですか?)


『ひとりに勘付かれてね。始末した』


(そうですか。では私はなにをいたしましょう?)


『武器は持っているかい? 屋敷の中でひと暴れしてもらおうかな』


(承知しました。ではすぐに)


 ジークリンデは立ち上がるとそのままドアの方へ。


「あらジークリンデ様。どちらへ?」


「すみません。少し席を外します。すぐに戻ってきますので」


 ドアを閉め、ゆっくりと小太刀を引き抜く。

 こういう荒事は大好きだ。


 刀身の照りもいつもより艶めかしく映る。

 声を上げさせる暇もないくらいに素早く、ジークリンデは使用人たちの命を刈り取っていった。


 そしてたどり着く勇者一行がいる部屋。

 まずは軽くノックをする。


「誰だ?」


「ジークリンデです。ヘンダルフ様よりお届け物が」


「届け物?」


 仲間のひとりがドアノブを回し少し開ける。

 その直後にジークリンデはドアごと彼を刺し貫いた。


「う゛ぅ゛ッ!?」


「なんだ!?」


「どうしたの!?」


 仲間たちが立ち上がる。

 小太刀を引っこ抜き、素早く死体を盾に肉薄。


 ひとり、ふたりと抵抗する暇すら与えずに斬り裂いていった。

 左で相手の腕や手首を斬り落としてから、右による刺突や斬撃。


 トリッキーな動きで急所を抉っていく戦法に仲間たちは次々とやられていった。


「ち、チクショウがァァァアアア!!」


 最後に残った大男が大斧を振りかぶる。

 この中では一番強い。


(大振りに見えてその実次の攻撃への連携が繋がりやすい。さて……)


 二刀流から一刀に。

 防御に徹しながらチャンスをうかがう。


「死にやがれぇぇぇえええ!!」


 大振りの横薙ぎ。

 超人染みた跳躍で回避し、きりもみしながら天井へと足をつけ、そのまま正確に狙いを定めて降下する。


「ううぐぅ!?」


 正座のように膝を曲げ、大男の頭を両太ももで挟む。

 突然視界を塞がれ大慌てする大男に、甘い声で死を宣告した。


「はいさよなら」


 ────ボキィッ!


 首が前後逆になってその場に跪く大男をよそに、ひと息つく。


(黒竜様、使用人と仲間は始末しました)


『ご苦労様。ワタシもそちらに向かうよ』


 そのときだった。

 ヘンダルフが駆け足で入ってきて呆然とする。


 使用人や仲間の無残な姿に、部屋の中心に佇むジークリンデ。

 それですべてを把握した。


「どういうことだ……説明しろ」


「説明いりますか? 見ての通りです」


「なぜこんなことをしたのかと聞いているんだ!!」


「命令ですよ。とは言ってもアナタにはわからないでしょうが」


「貴様ァァァアアアッ!!」

 

 部屋の窓ガラスが割れてふたりの影が中庭へと降下。

 大剣が唸り、小太刀二刀流が闇夜に映える。


 何合か斬り結ばれたのち、クラウディアがやってきた。


「ヘンダルフ様!」


「来るなクラウディア! コイツは敵だ!」


「なんで……なんで……」


 クラウディアはもっとわけがわからない。

 胸騒ぎがしたヘンダルフに応接室にいるように言われたが、いざ出てみれば屋敷は地獄のありさまだったのだから。


 しかも今度はヘンダルフとジークリンデが戦っている。

 難解な状況が不安をあおり、涙が溢れ出てきた。


「あ、あぁ……ヘンダルフ様、ジークリンデ様……あぁ、お父様、お父様はどこに!?」



「ここにいるよクラウディア」


 剣撃の音が止む。

 暗闇の廊下の奥から来る声の主に釘付けになった。


「素晴らしい……仲間を思いやる気持ち、そして、クラウディアを想う心。まさしくこれも愛だ」


「愛……? ヴァルトニー伯爵、こんなときになにを言っているんですか!? 殺されたんですよ!? 使用人も、俺の仲間も!」


「そうだ。殺された。その分、失った愛の重みを感じ取れる。そうだろう?」


「お父様、なにを言っているんですか? アナタは、一体……」


「ん~、あぁ、こういうことだよ。ハハハハハ。────変身」


 突如、彼の全身が闇色のオーラに包まれ幾何学模様の術式が展開していく。

 現れたのはヴァルトニー伯爵の姿ではない。


「……初めまして。ワタシの名は、黒竜フェブリスだ」


「黒、竜……!?」


 ヘンダルフは一瞬ジークリンデを見た。

 顔色ひとつ変えない彼女を見て、すべては仕組まれたことだと瞬時に理解する。


 噂は聞いていた。

 だが人に化けられるなんてものは初耳だ。


 漂うのは絶望。

 だが勇者として、魔王討伐を志した者としてここで屈するわけにはいかない。




「その顔、いいねぇ。……友愛、恋愛。燃え上がる心が力を生んでいるのが見えるよ。……その根源、ワタシがいただこう」

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