第6話 孤独の星

 レザリアス公国。

 周囲が森林に囲まれ、山と風の恩恵を一身に受けるこの国には『星雲の戦乙女』がいた。


 長い歴史の中で、救世主たる存在がこの国に現れたことは非常に喜ばしいことなのだが……。


「なにぃ!? 謎の爆発で戦線は崩れ、双方引き上げただと!?」


「は、我が軍も敵も甚大な被害をこうむったようで……。その原因を突き止めるためにガルドロフ将軍がワイバーンに乗って飛び立ったのですが……」


「行方不明だと言うのか?」


「彼の乗っていたワイバーンのみがこちらに帰ってきました」


「クソがぁぁぁあああ!!」


 王の間で戦線の報告を受けた国王は激怒する。

 杯を床に叩きつけ、地団駄を踏んだ。


 敵が被害にあったのは素直に喜ばしいが、それ以上にこちらの損害が凄まじい。

 貴重な兵力の大半を失うばかりか、豪傑までいなくなるのだ。


 そしてその捌け口は、謁見していた戦乙女に向けられた。


「星雲の戦乙女よ。そなたは凄まじい力を持つ。ならば! 我が国に忠誠を尽くし、その力を戦場にて振るうのだ」


「お言葉ですが国王陛下。星雲の戦乙女とは、星の力を宿した人類の守護者なのです。それぞれ別の国に属していても、役割は変わりません。私たちが相手にするのは魔物や災厄といった人類を脅かす存在。……そう、100年前、あの光の御方がそうしたように」


「えぇい、もうよい! 綺麗事ばかり並べよって! これでは宝の持ち腐れではないかッ!」


 業を煮やして命令する国王に、星雲の戦乙女とはなんたるかを説く白い布地の戦装束の乙女、名を『ミレー』と言う。


 生まれは小さな農村だが、おしとやかさと物腰の柔らかさを持ち、気品あふれる佇まいを常に見せてる。


「へ、陛下……戦乙女様にそれはあまりにも……」


「うるさいッッッ! 魔物退治しか能のない役立たずをおいてやっているだけでも、ありがたいと思え!」


「……ッ! 申し訳ございません。これも戦乙女の教義でございますゆえ」


「もうよい。とっとと下がれ! 魔物退治でも祈禱でもなんでもやっておれ」


 舌打ちする王はミレーに冷ややかな視線を送りつつ、供を率いて王の間を去っていく。

 首を垂れて見送るミレーの表情は悲しみで険しくなっていた。


 


 教会へと戻り、自室へ。

 明日も早いのだがどうしても眠れず、ストレスは溜まる一方。


「戦乙女は孤独の星、か。誰かがそんなことを言っていましたね」


 部屋を出て、廊下を少し歩く。

 テラスへと出ると、そこにおかれている安楽椅子へと腰かけた。 

 

 昼の荘厳さと比べるとやや寂しいところだ。

 あるのはせいぜいひび割れた壺とそれに枯れ葉くらいなもの。


 ここにひとりでいると、不思議と神経が和らぐ。

 だが決まって嫌なことの予兆でもあるのだ。


「……その気配、アレンですね」


「やはりここにおられましたか。ミレー様」


「……聖騎士のアナタがこんな時間になんのご用? あ、いいえ、言わずともわかります。アナタも私になにか言いたいのでしょう?」


 聖騎士アレンは、普段とは違う突っぱねたような彼女の声調に口をつむぎかけた。


「これまで聖騎士として、不肖ながらもアナタにお仕えしてまいりました。ですが……その……」


「国王陛下やほかの者たちの視線がそんなに気になりますか」


「……私も人間です」


「なんと未熟な……星雲の戦乙女を守護する聖騎士がいかなる職なのか。アナタはまるでわかっていない。ただの騎士ではありません。深き歴史、そして誉れ高き由緒正しい役職なのですよ」


「返す言葉もございません。すべては私の弱さゆえの判断。アナタに非など存在するはずが」


「もうけっこうです。明日からですか?」


「はい……国王陛下にはもうすでに」


「わかりました。今までご苦労様でした」


「失礼しました」


 ドアの閉まる音と同時にミレーは目眩がしたような気分になる。

 聖騎士は戦乙女の護衛ということで、名誉ある立場ではあるが目立つような役職ではない。


 戦場へ出て目立つような騎士でもなく、護衛にしても戦乙女にはとてつもない戦闘能力があるので半ばお飾りに近かった。


 なのでその戦闘能力についていける実力はもちろん、この身を一生を捧げるという信念がなければずっと聖騎士でい続けるのは難しい。


 だからこそ、ミレーはアレンに未熟だと口強く言った。

 彼の気概に失望した。


 しかし心底憎みきれなかったのだ。 


 こうして嫌なことが重なり重なる。

 なにかしてもなにもしてなくても、運も人も離れていくこの感覚にうちひしがれそうだった。


「どうしてこうなるのですか……私は、どうすれば」


 世知辛さで星がにじんで見える。

 今のミレーにはすべてが自分を拒絶しているようにしか感じない。


 しかしそれでも輝きたい。

 そう思うのは使命感か、果ては焦燥感か。


「私だって……」


 この呟きを最後に彼女は沈黙し、しばらくして眠りについた。 

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