第5話 魔王軍のテリトリー

「しかし戦乙女のいる国に殴り込みなんて大胆ですね。危なくないですか?」


「まぁまぁリンデ君。いずれ戦うことになる相手だ。それにかつての彼女の大事な後輩でもある。キチンと挨拶をしておかないとねぇ! ハッハッハッハッ!!」


「……黒竜様が負けるなどとは思いませんが、少し心配です。まだ目覚めたばかりなのに」


「まぁボチボチいこう。どうせ歩いてたら魂(エサ)が転がり込んでくるだろうしね」


「エサって……」


 両陣営が蜘蛛の子を散らすように逃げていくのを傍目に、再び歩みを進める黒竜とジークリンデ。


 吞気そのものだが、足取りに迷いはない。

 このまま方向転換するというのはないだろう。


 彼をここまで駆り立てるのは星雲の戦乙女の存在だ。

 全盛期の時代に戦ったかの女の後継者たち。


 興味を示すのは当然だ。

 竜の魂に刻まれたあの勇姿が、亡霊のように彼をレザリアス公国へと招いている。


 

 そろそろあたりが暗くなっていったころ、黒竜はようやく足を止めた。

 公国はまだ先にある。


 だが、周辺に漂う瘴気めいた殺意の渦がふたりを足止めした。

 ガサガサと音を立て茂みから現れたのは、統率のとれた魔物たち。


「黒竜様、奴ら……」


「あぁ、これが魔王軍というやつか」


 人間と違って獰猛で残虐な性質を持つ魔物に囲まれても、黒竜フェブリスは薄ら笑いをするように鼻で笑った。

 その奥から統率者であろう魔物が現れる。


 黒髪のサキュバスのような魔物だ。


「私たち魔王軍のテリトリーにノコノコ入ってくるとか、命いらないわけ?」


「おや、ここは君たちのテリトリーだったか。それは申し訳ないことをしたね。ということは、君は魔王軍の幹部かなにかなのかな?」


「そうよ。あ、でも名乗る気はないわ。どうせ死ぬんだもの。アハハ」


 指をパチンと鳴らすと魔物が一斉に襲い掛かる。

 ジークリンデが身構えようとするも、黒竜がまたアクションを起こした。


 同じように指パッチン。

 一瞬にして魔物たちは爆発四散。


「な、なんですって……!?」


「ハハハ、ワタシの指パッチンの勝ち~。魔物の魂は……まぁまぁな味だね。さて、次は君だが」


「こ、この……! アナタ、一体何者なの? こんな芸当ができる人間なんて……ッ!」


「そうそういるもんじゃあない? 残念ながらだ。そもそもワタシは人間じゃない。────黒竜フェブリス。100年という歳月をかけよみがえったのさ」


「黒竜、フェブリス? なにを言うかと思えば。あの竜はもう死んだわ。かつての戦乙女に……」


「────殺された。だがこうして復活した。見違えたろう? ……今ワタシは自分の力を取り戻すための旅をしていてねぇ。そのためにはより多くの魂が必要なんだよ。ここで会ったのもなにかの縁だ。ひとつ殺されてくれないかな?」


 幹部の女はゾッとしたように表情を変えた。

 勝てない。


 今の指パッチンでもそうだが、黒竜を名乗る目の前の騎士はまったく本気を出していない。

 未知数の恐怖が鼻歌交じりに従者を連れて歩いている、そんな奇怪な現象を目の当たりにして思わず腰を抜かしそうになった。


「ま、待ちなさいよ……私を殺すってことが、どれくらいリスキーなことかわかってるの? 幹部を殺すってことは魔王様に唾を吐くってことと一緒よ? そ、そうだわ。アナタのことを魔王様に紹介してあげる。その腕なら……」


「おや、ワタシの腕を買ってくれるのかい? 嬉しいねぇ。だがお断りしておくよ」


「ひっ! やられて……やられてたまるもんですか!!」


 幹部の女が歯ぎしり交じりに炎を繰り出す。

 本人曰くすべてを焼き尽くす炎であり、ジークリンデから見てもあながち誇張表現ではない威力だ。


 バックステップで炎を避けようとするジークリンデに対し、一歩も動かない黒竜。

 雄々しい背中は真っ赤な敵意に包まれていき、見えなくなる。


「あは、アハハハハハハハハ! ざまぁみなさい! この私を侮るから────」


「侮るから、なんだね?」


「え?」


 バァンッ!!


 炎を弾き返すほどの覇気を放った無傷の黒竜。


「すまないね。戦乙女に会う前に身体を慣らしておきたいんだ。サンドバックにでもなってもらうよ?」


 次の瞬間、幹部の女の顎に黒竜の蹴りが入り、上空へと飛ばされる。

 その動きはまさしく『瞬間移動』。


「か、はぁ……ッ!」


 飛ばされた幹部の女を追いかけるように再度移動し、拳で地面に打ち落とす。


「あぐぅう!!」


 勢いでできたクレーターの中心で、立つことさえままならない中、彼女は絶望を知った。

 上空から落ちてくる魔力弾が光のエフェクトを敷きながら、地へと落ちて爆発を起こす。


 跡形もなくなった場所から、彼女の魂が吸い込まれていった。


「ふぃ~」


 ここまで大量に魂を吸ったことで、一部力を取り戻したのだ。

 

「最初に取り戻した能力が瞬間移動か。ん~まぁまぁだな」


「あれが瞬間移動……、黒竜様、一体、どれだけの力を……」


「ホラ、リンデ君。ぼんやりしていちゃあダメだよ。さぁ行こう!」

 

 彼の背中を見ながらジークリンデは薄く微笑む。

 黒竜が真の力を取り戻したとき、自分の願いが叶うのだ。


「黒竜様……必ず力を取り戻してください。世界に引導を渡せるのは、アナタのほかに存在しないのですから」

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