第6話 第二容疑者のバフォメットの元を訪れたらやはり怒られました

 吾輩はさっそく第二容疑者である騎士団長くんの元へと向かった。

 もっとも、喜び勇んで街道馬車に乗ったはいいものの、到着までに大層時間がかかった。


 騎士団長くんの現在地は、王都郊外の近衛騎士団駐屯地にあるのだった。当然遠いのだ。王都を取り囲む城壁が小さく見える距離だった。


 昔は――どれくらい昔だったかは覚えていないけどね――魔王城近くに駐屯地があったものだが。軍の発言権が強いこの国においても、庶民の都合を無視できないということらしい。魔王様の国は、無数の戦争に勝ったからこそ今の繁栄があるのに。時代かねぇ。


 さておき、今吾輩は天幕の中にいる。近衛騎士団駐屯地練兵場の隅にある大天幕の中だ。何十人も書類仕事ができそうな程机と椅子が並んでいたが、人の影はごくごく少ない。


 そして今--


「あんた、馬鹿なんだなぁ」


 騎士団長くんに罵倒されたのだった。

 酷い!! 何故だろうか!?


 天幕の布をバッサと開け、「貴様が魔王様に仇なす大罪人だな!!」と言い放ち――「うるせぇな」「挨拶は元気なほどよいのだ」――、容疑の根拠について長々と吾輩が語った後のことである。


 羊魔バフォメット--羊のような巻角を頭部に乗っけた魔族だ--の騎士団長くんはそう言った。筋骨隆々の大男だった。ゴツゴツした造りのいかめしい顔をしている。羊毛めいたもこもこの髪とのギャップが可愛らしい。もっとも、巻きに巻かれている角は吾輩より遥かに大きくて、流石は近衛というべきだった。


 ともかく。


 騎士団長くんは黙って吾輩の話を聞いてくれたが、昼間だと言うのにぐびぐびと酒を飲み続けていて、最後に大きくため息をついてから吾輩を馬鹿にしたのだった。


「何を言うのさ!! 確かに馬鹿だけどさ!!」


「合ってるならいいじゃねぇか…… で、なんだって? 俺は酔ってるからあんたの話を忘れてしまった。もう一度頼む」


「だからぁ! 弱いからデュラハンに暗殺は無理! 同時にデュラハンが大量にいるから他の奴にも無理!! じゃあどうすれば可能か!? そう! デュラハンは鎧には気が付かない!! そして魔王城で鎧ありの完全武装が許されているのは近衛騎士団だけ! 決まりだ!」


 よって吾輩は堂々と宣言する。


「吸血鬼連続殺人事件は近衛騎士団にしかできない!! 君たちはデュラハンに紛れて吸血鬼を滅ぼしたのだ!!」


 これが吾輩の名推理、『デュラハンに紛れれば暗殺楽勝説』だ!!


「……」


 目の前のバフォメットはぽかんとした顔をして黙った。


「お? 図星だな!? さあどうする?」


 騎士団長くんはどうしたか。彼は酒坏を煽った。グビグビと。

 あれ? 思っていたリアクションと違うな……

 そして彼は吾輩を罵倒した。


「噂は聞いていたが…… あんた馬鹿なんだぁ」


「ひっど!! また言ったな!?」


「馬鹿を見ながら飲む酒は美味いなぁ……」


「違うと言うなら説明して! いや、証拠を出せ!!」


「馬鹿に伝わるかは自信がないが…… まあいいか。話すつもりはなかったが、どうせ暇だ」


「分かりやすくね!」


「1つ目。俺はめちゃくちゃ真面目だからな。仕事中に酒は飲まん」


「そんな有様で説得力はないよ!」


「まぁ落ち着け…… 2つ目。あんた、人が少ないとは思わなかったか?」

 

「たしかに全然いないけど……」


 吾輩は天幕の中をぐるりと見渡す。うん。数人しかいない。それに、ぷらぷら歩いてやってきたのに一度しか止められなかった。忠実と精強で謳われる近衛の駐屯地で、こんなことがあり得るだろうか?


 つまり…… 何? もしかして休暇中?

 酒は飲んでいるけれど、休暇中なのに職場に顔を出しているから「俺はめちゃくちゃ真面目」ってこと? あまり同意はできない考え方だけれど…… 一体なんの関係が?


「3つ目。あんた、魔王城で近衛の鎧を見たか? ほら、あそこに転がってる真っ赤な奴だよ。思い出せるか? デュラハンは大丈夫でも他の魔族にはバレバレだろうな。あの鎧で犯行に及んだと言うなら、そりゃ無理な相談だぜ」


 デュラハンの甲冑は塗装なしで鉄色がむき出しだ。

 ふむ、確かに赤は見ていない。だが騙されないぞ!!


「でもでも、別の鎧を用意すればいいじゃないか! 君の反論には穴がある!!」


「そして4つ目。デュラハンの特徴は?」


 えーと。

 鎧魔物というくらいだから、全身が鉄でできていること?

 いやいや、中身が空っぽなことかな!? そうだな、そうに違いない!


「そうだ。頭がねぇ」


 あ、これは盲点……

 

「最後に結論。俺達は無能だと陛下に判断されたのさ。ここのところ、我が近衛騎士団第二連隊は総力を上げて休暇中だ。次席執事の署名入りの休暇命令書も…… おい! あのクソ忌々しい紙切れはどこにやった!!」


 彼が叫ぶと、部下達の方から「連隊長が破り捨てたんでしょ」、「めちゃくちゃ酔ってましたからね」などと返ってくる。


「おお、すまん。そうだったな。お前らがそう言うならそうなんだろう…… ま、そういうことだ。証拠がほしいなら戦争大臣のところに行け。命令書の写しがある筈だ」


「どういうこと? 休暇だとどうなるの??」


「ポンコツ過ぎるぜあんた…… この3週間、俺たちは出禁食らってるんだよ。魔王城には入れやしねぇ。正門で通報されて全員謹慎処分さ。そんなのは御免だね」


「はー、なるほど?」


「だから!! 暗殺の最初の数件を防げなかったから!! 魔王城から追い出されたんだよ! 俺の口から言わせるな!」


 ふーむ。やっと分かってきたぞ。

 つまり、『デュラハンに紛れれば暗殺楽勝説』は立証ならずというわけだ!


「あんた、陛下と仲がいいらしいな。今度お目通りできたら伝えてくれ。我が第二連隊は直ぐにでも--」


「直ぐは無理です。里帰りしてますから」


 彼の部下が遠くから話を遮った。


「そうだな。直ぐには無理だ。じゃあどれくらいだ? は? ……まぁ、そうか。妥当だな。あー、こう伝えてくれ。ひと月くだされば総力を上げて問題を解決してみせますってな」


「分かった!」


「分かるな。ひと月も放置していい案件じゃねぇだろうが。俺らが失敗した仕事を任されたあんたに対する嫌味だぜ、これは」


「ふふ!」


 吾輩、伊達に空っぽ卿などと呼ばれていないのだ。

 ポンコツ吸血鬼の面目躍如さ!!


「どうせ、近衛嫌いの次席執事あたりに唆されてここに来たんだろうが…… いい迷惑だ。いや、迷惑なのはあいつもか。お前の相手をするのはしんどいと分かった」


「察しがいいね! でも傷つく!」


「あんたと話してると調子が狂うぜ…… あー、証拠を出せとか言っていたな」


「言ったね。でももういいよ! 全部分かったから!」


「運動は好きか?」


「好きだね!」


「ならば好都合」


 騎士団長くんは立ち上がり、剣を抜いた。


「あー、ちょっと待ってもらえる!?」


 馬鹿な吾輩でも戦いの気配くらいは分かるのだ。

 目が座っているのも見て取れたし。ちょっとちょっと。本当にやるの?


「運動は好きだけど喧嘩はちょっと」


「本当に俺たちが犯人だったら、ここでバトル展開だったんだぜ?」


「ちょ、ちょっと! 吾輩、争いごとは」


「近衛の戦いを見せてやろう」


 苦手なんだけど……

 と、吾輩が言い終わる前に騎士団長くんは襲いかかってきた。


 うーむ、しょうがない。吾輩の力を見せてやりますか!

 ポンコツ吸血鬼の吾輩ではあるが、昔はぶいぶい言わせたものなんだ。本当だよ!?

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