第5話 運動は楽しかったし少しだけ昔のことを思い出せました


「よいせ!!」


 吾輩は拳を振るう。

 鋼が軋む不快な音が響いた。


「よっほいさ!!」


 吾輩は肘を突き出す。

 鋼が凹む鈍い音が響いた。。


「よっこらほいさっさっしょー!!」


 吾輩は足を振り抜く。

 鋼が砕け散る轟音が響いた。


「もう終わり!? ちょっと暴れたりないんだけど!!」


 吾輩は土埃をはたいて落としながら聞いた。ここは魔王城にいくつもある練兵場の一つだった。周囲には無数の甲冑が転がっていて地面が見えない程だ。次席執事ちゃんがけしかけたデュラハン500体の成れの果て。


「終わりだよ、馬鹿め……」


 次席執事ちゃんは頭を抑えていた。

 馬鹿とはなんだ。吾輩の運動のためにデュラハンを用意してくれたのでは?


「そこらに転がる元甲冑の群れはな、魔王城の備品なんだ。もう少し修繕の苦労に気を遣ってほしかったな。粉砕しつくす必要はまったくなかった」


「はて? こんなに弱いなら500体くらい誤差では?」


「貴様、私のデュラハンを舐めすぎ…… まぁ、いい。それはそうだな。吸血鬼である貴様にかかれば我が魔法もかたなしというわけだ。どうだ? 馬鹿な貴様でも分かっただろう」


「うん! 魔王城のデュラハンに吸血鬼殺しは無理だね! これくらい吾輩の同類ならだれでもやってのけるだろうからね!!」


 んー。でもなぁ。

 堂々と宣言した直後で申し訳ないが、吾輩は考え直した。


「でもでも、これだけの量のデュラハンを同時に操れるんだから、他にも色々できるんじゃない?」


「そうだな。私は最大10万体--我が魔王軍に10万もデュラハンはないが--を同時に操れるし、貴様の言うとおり他にも色々できる」


 彼女が指を弾くと、デュラハンの残骸がすべて一瞬で消えた。

 練兵場の茶色い砂が再び現れる。


 驚いた。転移魔法だ。

 お目にかかるのは…… 何年ぶりかな? よく覚えてないけど、珍しいのは間違いない。しかも区別の難しい無機物を正確に。凄いなぁ。これほどの魔術の使い手とは。


「これでもリッチだからな」


「どうせ自分も転移できるんでしょ? 暗殺し放題じゃない? 次席執事ちゃんが余計に怪しく思えてきたんだけど……」


「だから容疑者リストに私の名前が載ってるんだろ。だが、よく考えてみろ」


「考えるのは苦手なんだよね!」


「……陛下に逆心を持つ者が、魔王城の警備責任者に任じられると思うか? あの陛下が人選を間違えられる筈があるか?」


「ないね! もちろん! 魔王様は最高さ!! やっぱり君は犯人じゃないのかも!」


「……貴様、少しはものを考えろ。思考停止はサボタージュだぞ。しっかり疑え。犬になるな」


「確かに犬歯は長いけれどね! 魔王様も吾輩のことはよくご存知だから、お許しになるよ!」


 吾輩の断言を聞いて彼女はため息をついた。

 でも、確かに気になったことがある。

 一応聞いておこう。


「次席執事ちゃん、今の仕事向いてないんじゃない? 大量のデュラハンも、色々できるらしい高度な魔法も、戦場でこそ役立ちそうだ。魔王城警備は役不足だよ」


 狭い練兵場でたった500体だったから楽勝だったけれど…… これが平原で1万体だったら話が変わってくる。整然と隊列を組み、剣を振るうデュラハンの群れは脅威だろう。しかも当然ながら、甲冑は痛みを感じない。


「私もそう思う。実際、前職は軍だよ。だが、陛下がこの仕事を私にくださったのだ。期待に応えたかった」


 次席執事ちゃんはそう言って、途方に暮れたように笑った。


「しかし、私は失敗した。一連の暗殺事件を防げなかったのは私の責任だ。犠牲者は30!! ハハ! どうしたもんかなこれは! 困った困った!! デュラハンたちのクビを切るかな!」


 奴らに首はないけどね。最後にそう言い残して、次席執事ちゃんは練兵場を出ていった。その背中は寂しげだった。


「なるほど、ね!」


 次席執事ちゃんは犯人じゃない。吾輩は確信した。理由は2つある。


 理由の1つ目。

 初めて戦ったが、魔王城のデュラハンは弱い。


 そりゃあ大抵の兵士よりは強い――いや、戦闘技能はお粗末だが、痛覚がないのはなかなかの利点だ――だろうけど、ある程度の強者相手に対してはあまりにも無力だ。


 吾輩なんかに負けてしまうのだから、他の吸血鬼がデュラハンに滅ぼされるわけがない。


 吸血鬼の別名は『魔族の頂点』だ。まぁ、この魔界で真の頂点は魔王様だけれども!

 ともかく、その二つ名に恥じない魔力と戦闘能力を持っている。間違いなく世界最強種族の一角ではある。


 吾輩なんか、とは言ったけれど。実はこの吾輩、そこそこ戦えるのである。

 昔はぶいぶい言わせたものなんだよ。本当だよ!?


 で、理由の2つ目。

 吾輩は思い出したのだった。次席執事ちゃんが次席執事ちゃんじゃなかった頃のことを。


 次席執事ちゃんは筆頭将軍ちゃんだった。いつのことだったかは忘れたけれどね。無数のデュラハンを率いて魔王様のために戦い、無数の勝利をもたらした。デュラハンを従える転移魔法の使い手として、敵陣上空にデュラハンの大軍を出現させ、落下の衝撃とその後の混乱を活かし、蹂躙を演じてきた。


 1対1の決闘で次席執事ちゃんに勝てる者はこの魔界にまあまあいるかもしれないが、軍対軍の戦いで彼女に勝てる者はいないだろうな。


 魔王様が治めるこの国が、世界最強国家として君臨しているのは、間違いなくあの次席執事ちゃんの働きにあるのだった。


 そうとも! 彼女の裏切りはあり得ない! 魔王様に反抗したいのならば、直接決闘すればいいのだ。それだけの実力はある。ま、魔王様に勝てる者は存在しないがね。


 彼女が今何故、次席執事ちゃんなんて向いてないことをやっているのか、よく分からないが…… 魔王様になにかお考えがあるに違いない!!


「魔王様は最高だからね!!」


「思考停止の顔をしているな」


 吾輩が叫んだ瞬間、次席執事ちゃんが柱の影からひょっこりと姿を現して言った。

 けっこうお茶目だね!


「デュラハンは同族以外の気配に敏感だ。つまり、鎧のたてる物音以外にはかなりの精度で気がつく。ならば―― というわけだ」


 なるほどなるほど。

 なるほど?


「全然分からないからもう一声!」


「馬鹿すぎない……? まあいい。デュラハン以外で鎧を着てる奴らを探すべきだ、そう言っている。貴様にしか出来ないことをやれ」


 そう言い捨てて、今度こそ次席執事ちゃんは姿を消した。


「なるほどね!」

 

 鎧の音を響かせる存在で、デュラハン以外を探せば良いということか! 

 つまり近衛騎士団が怪しい! 魔王城を守ると言えば近衛だからね!!

 そして騎士は甲冑を着るものだ!!


 で、次席執事の言った「貴様にしか出来ないこと」については――


 近衛騎士団の駐屯地に入れるのは、戦争大臣から通行許可証を持っている吾輩だけ! これこそが吾輩にしか出来ないこと!!


 総合すると、リストの次に載ってる人物が犯人ということになる。

 そう。騎士団長くんだ。間違いない。


 次、行ってみよう!!

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