56 伝説への旅路

 ふふふふ、と呆けるアークロードにエレクトラの嘲笑が跳ねた。

「無様だな……せっかく駒として飼ってやったのに」

 赤いエルフは魔剣を手に空中を移動する。

「そしてお前は煩い!」

 エレクトラは真っ直ぐ小西歌へと向かった。

「いけない、逃げろららら!」

 咄嗟に壁になろうとした白夜だが、その前に黒い影が疾風を起こす。

 エレクトラの剣・ヴァルゼンダームはアークロードの黒いプレートメイルを障子紙のように切り裂き、彼の体の半ばで止まった。

「くくっ」としかしアークロードが今度はエレクトラを嗤う。

「何が『選んだ』だ、お前自身がヴァルゼンダームとやらに選ばれていないじゃないか。それともお前の崇める魔神剣は俺の体も両断できないナマクラなのか?」

 アークロードの血でローブを染めながら、エレクトラはゆっくりと愕然とした表情になっていった。

「……わ、私が選ばれていない……? なぜ? 私は……」

『機能再起動。ヴァルゼンダーム不適合確認。機能再起動。ヴァルゼンダーム不適合確認。機能再起動』

「ええー! またー!」

 オークとレイピアで戦っていた成田が悲鳴を上げる。

 その後ろでロボットが復活していた。瞳を開いたかのように頭部のレンズが輝き、材質も判らないタイヤが回転を再開する。

 だが攻撃対象はもう三年四組ではなかった。ロボットは三年四組の生徒達に加勢するように容赦なく怪物達をビーム砲とミサイルで駆逐していく。 

 先にはエレクトラがいた。

「ええい……邪魔だ」 

 彼女は剣に刺さるアークロードを蹴って突き放すと、迫るロボット……機械の守護兵にヴァルゼンダームを振るう。

 しかし魔神剣はその名の威を見せることはなく、ただ甲高い音だけが響いた。

 ただの鋼製の剣程度のヴァルゼンダームでは金属装甲にひっかき傷も作れない。

『ヴァルゼンダーム不適合確認。不適合者排除』

 どんな仕組みなのか左手の箱、無限にミサイルが収納されているそれが持ち上がった。

「お、おのれっ」

 エレクトラは歯がみしている。

 どがんどがん、とミサイルが命中する。下級神である彼女さえ、その連続攻撃を受けている訳にはいかないようだ。

「だが、ヴァルゼンダームは私の手に!」

 夢魔の王・下級神エレクトラは負け惜しみを残して蒼穹に飛び去る。

『ヴァルゼンダーム不適合確認。不適合者排除。追尾モード展開』

 すぐその後をロボットが追跡していく。外の怪物どもを纏めて殲滅しながら。

 魔神剣ヴァルゼンダームの魔力に惹かれこの地に集った混沌の魔物の殆どは、二度殺される不条理を味わうこととなる。

 一度目は大魔道士レイスティンの魔法。二度目は異世界で作られた機械の守護兵により。


 源白夜は不意に戻ってきた静寂の中、アークロード……皆部白矢に掌を向けていた。

「光の神よ、この者の傷を癒やしたまえ」

 が光の奇跡は起こらず、白矢が力無く首を振る。

「……無駄だ、あれは魔神剣、その力を出せなくとも簡単に傷を治すことは出来ない」

「では、あなたの名前をもう一度教えて下さい、出来れば後一人誰か、名前が判らないと蘇らせられない」

 白矢は目を見開いた。

「君は俺、を蘇らせる、のか? 俺は、君達の敵、なのに」

「僕等は全てを元通りにする……無かったことにする。あのエレクトラの行為全てを無にする……だから、あいつに連れてこられた人々全てを蘇らせ、然るべき時代へ戻す!」

 白夜の宣言に、傍らの細川朧が小さく頷いた。

「そう、か……なら俺は皆部白矢、そして細木織恵……こちらを俺より、先に、頼む……」

「判りました、任せて下さい」

 白夜の側には生き残った成田や小早川が寄ってきて、神妙な顔つきで見下ろしている。

「……ありがとう、君達は希望……俺なんかが勝てる相手ではなかったよ、だが満足だ……これで、みんなに……いい報告が……でき……る」

 アークロードは目を閉じた。悪に墜ち苦しんだ日々など無かったように穏やかに。

「やることばかりだなぁ」

 アークロードの亡骸を整えた後、成田が大きな息を落とす。同時に背後から片倉の驚いた声が上がった。

「今度は何だよ」

 成田が振り向くと、彼女は唇を引き締める。

「ねえ……やろうと思えば、このスクリーンのシステムでも元の世界に戻れるよ。やり方書いてある」

 彼女はいつの間にか四角い板のスクリーンに向かい、青い光に照らされていた。

 白夜は皆の視線を受け、答える。

「なら、帰りたい奴は帰れ、ここに来てから二ヶ月ほど経ったがまだ遅れを取り戻せるだろう」

 白夜以外の三年四組が顔を見合わせる。

「それはないな」答えたのは立花だった。

「みんなを置いて帰還はない、俺達はみんなで帰る、だよな? たまっち」

 話しを振られた大谷は当然と唇を結び頷いて、ふとつけ加える。

「たまっち言うな!」

「なら決まりね……片倉さん、ここにあの光、戻せない? 他の人が使えないように」

 青藍に頷いた片倉がキーボードを操作すると、ふんわりと七色の光の半球がまた遺跡の中を覆う。

「……ただ、みんな一つ約束だ。帰りたくなった奴は魔法使いから使い方を教わって一人でも元の世界に帰ってくれ。そしてそれを誰も咎めないでくれ」

「あのさー、源さー」

 成田が手を挙げる。

「コーラ飲みたくなったらちょっと帰ってー、すぐに戻ってくるのってありー?」

「バカっ! 成田! そんなんでいちいち異世界移動するのは許さないわよ、だいたいあんたはね……」

 真田のお説教に成田がげっそりして行く。

「おーい! みんな~、きてみ~」

 折良くらららが、手を振って呼ぶから成田を先頭に彼女のいる城壁の上・ウォールウィークに走った。

 階段の上からはガルベシアの大自然が見渡せた。

 美しきアースノア。

 連なる峻厳なる山々に、豊かな木々。光を湛える湖に獰猛な海。

 その奇跡としか形容できない光景に目を細める源白夜はまだ知らない。

 彼等『選びし者』達はまさにその世界の果てまで旅をし、笑い泣き、時には得て時には失い、邪悪と対峙し勇気を試されることを。

 彼等の長き旅路は伝説となり、その後遙か時を越え語り継がれることを……。

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「転移教室」選ばれた28人……一クラスそのまま異世界へ、君は生き残れるか? イチカ @0611428

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